第4話 仕事は最後まで責任を持ちましょう
俺と対等な関係で契約を結んだというのに、カンナは何やら二日酔いのような青い顔で黄昏れている。
いったい何をそんな青い顔をしているのやら……冒険者を生業にしているようだが、やはり魔族とは体力の差があるのかもしれない。
「おい、カンナ」
「ひゃいっ!?」
普通に呼びかけただけなのに、喉がひっくり返った返事をされたぞ……?
「……なんでそんなガチガチに緊張してるんだ。もしかしてあれか? 俺が元魔王だったことで緊張してるのか? まぁ、気持ちはわからなくもないぞ。俺のように高貴な存在を前にすると、庶民は緊張するもんだよな」
「あぁ?」
「その蔑むような目を向けるの、マジやめて!」
ホントこいつ、睨む時の目つきはマジでおっかねぇ。あのゴミムシを見るような冷徹な眼差し、魔族の猛者さえ竦み上がる眼力だ。俺でさえブルっちまうってもんだぜぇ。
「あたしの目つきは生まれつきです。ほっといてください。……それで、なんですか?」
「いや、これからどうしようか? って相談を──ね?」
「あー……」
おぉう、そこで何故悩む? 俺としては、さっさと街なり村なりに行こうぜ──ってことを言いたかっただけなのだが、カンナは腕を組んで眉間に皺を寄せている。
「そうですねぇ……まずは元気な挨拶と、お礼が言えるようになること……ですかね?」
「おい……」
こいつめ……俺のことをいったい何だと思ってるんだ。そんな常識すらないと思われているとは心外だ。
「挨拶や礼なんてナンボでも言えらぁ! 子供の道徳授業じゃねぇんだから、そんくらいの常識さえないと思われるのは心外だぞ!」
「じゃあ、あたしに挨拶してみてくださいよ」
「オッス、オラ魔王! 有り金は全部置いてってくれ!」
「帰れ!」
遠慮のないツッコミが物理的に襲ってきた。石を投げてくるのはやめてください!
「冗談だよ、ジョーダン。こっちは人族の領土で美味しいご飯を食べようって思ってるんだぞ? いきなり襲いかかったり奪ったりしねぇよ」
「ホントやめてくださいよ。そんなことしたら、一緒にいるあたしもお尋ね者になっちゃうんですからね」
「わかったわかった。それよりも、そろそろ日が暮れそうだし早いとこ街に行こうぜ。案内よろしく!」
「やー……それなんですけどね」
お、なんだなんだ。何故にここにきて、今再び渋い顔をするんだ? 今さら俺を街に連れて行けないとか言い出さないよな?
「それが出来ればどれほどいいか……って、そういうことじゃなくて。あたし、仕事中なんですよ」
「仕事?」
「実はあたし、冒険者ギルドで調査依頼を受けてまして──」
「ほほう」
カンナ曰く、なんでも古代遺跡らしきものの調査を行っていたらしい。
その古代遺跡とやらは、いつの時代のどんな目的で作られたのかも判明していない、調査が始まったばかりの代物だそうだ。
それらは崩れかけの住居や神殿だったらしいが、その中に妙な術式が組まれた扉? 門? みたいなものがあったようだ。
術式が組まれていたということは、つまりそれは、なんらかの魔術的効果を発動させる可能性が高い。
「あたしって魔獣討伐とかそういう類いのものは苦手なんですけど、調査関係の仕事は得意なんです。〝全知検索〟があるので。それで門を調べてみたんですけど……」
「調べてみて? どうなったんだ?」
「気づけば空高くに放り出されてました」
「おまえが空から降ってきたのは、そういうことかよ!?」
イマドキの人類は空から落ちてくるのがトレンドなのかと思ってたが、 実際のところ、自分のうっかりミスでドジっただけじゃん。ぷぷぷ。
「何笑ってるんですかぁ!」
「そりゃだって、あまりにも迂闊すぎるだろ。全知検索で何を調べたんだ? なんで触る前に調べなかったんだよ」
「調べましたよ。調べたら『特定座標への転移術式です』って出たから、じゃあ、触っても繋がってる別の場所に出るだけだと思ったんです。そしたら、なぁ~んもない空の上だったんですよ。とんでもない罠だと思いません?」
「罠っていうか……」
やっぱり、今の話をじっくり考えてみても、カンナがおマヌケさんなだけなんじゃないか……?
「まぁ、おまえのポンコツ具合は十分理解できたが……それで? 街に戻れない理由ってなんだよ? ギルドの依頼は達成してんだろ? 空に放りだされるトラップ転移でした、で済む話だろ?」
「まぁ、それでもいいんですけど……問題はですね、場所です」
「場所?」
「ここ、あたしが拠点にしてる街から百キロほど離れた場所なんですよ」
「えぇ~……」
無茶苦茶遠いじゃん。歩いて向かって何日かかるんだ?
いや、距離だけの問題じゃなく、街に戻るまでの食い物とかはどうすんだよ。飲まず食わずで百キロ歩けってか? 冗談だろ。
「うん、まぁ……カンナくん、キミとの付き合いはここまでのようだ。それじゃ」
「見捨てないでぇぇぇぇ~~~~っ!」
華麗にフェードアウトしようとしたら失敗した。泣いて縋ってくるんだもん。
「ええい、離せ! おまえも人族の領土で迷子になってたなんて聞いてねぇぞ!」
「迷子じゃありません! ちゃんと今居る場所もわかってるし、街までの方角だってわかってるんですから! 単に移動手段がないだけなんですよぅ! 知ってますよ? アルさんはあれでしょ、転移魔術とか使えるんでしょう? 街までパパッと移動しちゃいましょうよ!」
ああ、なるほど。全知検索で俺の能力は把握済みだったっけね。
しかし、こいつは大事なことを理解してない。
「あのなぁ、転移魔術が使えるっつっても、俺はその場所を知らねぇんだよ。知らない場所に転移して、壁とか地面とかにめり込んだらどうすんだ?」
いちおう、相手の記憶を読み取る術も心得ているが、脳に直接干渉するからな。扱いを間違えれば、脳にダメージを負って廃人コース一直線なんだよ。
「なんて使えない! それでも魔王なんですか!?」
「魔王とか関係なくない!?」
俺にだって出来ることと出来ないこともあるんだよ。
しかし……これは困ったな。
カンナは俺の正体を知った上で協力関係を結んだ運命共同体だ。こいつを見捨てて他の誰かを協力者に仕立て上げるにしても、アテがあるわけじゃない。
「仕方ねぇなぁ」
確かに街へ直接転移するわけにもいかないが、だからといって他に方法がないわけでもないのだよ。なんせ俺は元魔王! 不可能などないのだ!
「いきなり街中への転移はできないが、目視できる範囲での短距離転移を繰り返して移動するか。その方が、歩くより何倍も速いだろ」
「えっ、そんなことできるんですか?」
「ふっ……なんせ俺は魔王だからね!」
どやぁ。
「あ、それならアルさん、街ではなく遺跡の方へ向かってもらえませんか?」
ドヤってたら、なんだか厚かましいことを言われたぞ?
「なんで?」
「依頼主から、遺跡調査終了の確認書にサインをもらってないんですよ。それがないと、依頼失敗ってことで報酬がもらえないんです」
「いいじゃん、そんなの。人生、失敗から学ぶものもある!」
「ダメです! 冒険者なんて信用商売なんですからね? 信用を失った冒険者は悲惨ですよぉ。ロクな仕事を回してもらえず、ドブさらいとか生ゴミの収集って仕事しか来なくなるんですからね? それでいて薄給なんですよ?」
「えー……」
それは確かにヤだな。
元魔王がドブさらいとか生ゴミの収集をするのは、想像しただけでももの悲しくなってしまう……。
「それに、しっかりとサインを貰って街に帰れば、冒険者ギルドで報酬がもらえますよ。チャリンチャリンがいっぱいですよ。その分、美味しいご飯もいっぱいです!」
「よし、すぐに遺跡へ向かうぞ」
手のひら返し?
バカを言っちゃいけない。
いたいけな少女が涙ながらにお願いしてるんだ。その願いを無碍にするほど、俺の心は荒んじゃいないぜっ!
「んで、その遺跡ってのはどっち方面だ?」
「だいたい街と同じ方角です。距離にして……九十キロくらい?」
「よし、任せろ」
そうと決まれば、善は急げである。
カンナを抱きかかえ、俺は目指すべき遺跡の方角へ向かって転移した。




