第6話 冒険者ギルドにて
遺跡を後にして半日ほど歩くと、俺はついに人族の街までたどり着くことができた。
「おー、ここが人族の街、ケテルか」
整備された道に、基礎からしっかり作られている家屋。行き交う人々はいきなり襲いかかってくることもなく、ある程度の規律がしっかり遵守されている。
魔族領では一度もお目に掛かったことのない安心安全な街の姿に、俺の感動もひとしおだ。
「魔族の街って、そんな殺伐としてるんですか……」
辺りをキョロキョロ見渡す俺に、カンナから呆れたような声が飛んできた。
「人生勉強も兼ねて、一度は行ってみるか?」
「謹んで辞退させていただきます。それよりも、本当に冒険者登録するつもりですか?」
「その方が何かと便利なんだろ?」
ケテルまでの道中、俺が人族の街で魔族とバレないようにどうやって過ごすべきか、いろいろ話し合ったのである。
■□■
「世の中はすべて金ですよ、お・か・ね」
開口一番、カンナは力強く断言した。
「お金があればなんでもできる。逆に、お金がなければゴミカス以下です。それが、人族の絶対的なルールだと思ってください」
「金ねぇ……」
魔族社会で生きてきた身としては、いまいち金の有り難みっつーか大事さがわからん。
いちおう、人族の社会の中では必要不可欠で大事なものってのは理解してるんだけど、そこまで固執するもんなのか? と、思わなくもないんだよなぁ。
「アルさんにもわかりやすく言えば……そうですね、人族にとってのお金とは、魔族で言うところの武力みたいなもんです。貨幣という武器の量で、優劣が決まる場面が多いんですよ」
「そうなん?」
「そうですよ。多くを持っていれば強くて、少ないと弱い。すべて失ったら首をくくるか奴隷に身を落とすわけですからね」
なるほどねぇ……。
つまり今現在、無一文の俺は人族の社会だと最底辺の弱さってことか。それは由々しき事態だ。
「極端な話、アルさんが大金を持っていれば、万が一にも正体がバレたって、金の力で相手を黙らせることができる……かもしれません。逆に、金がなければ正体がバレたらすぐにでも世間に広まり、もう二度と、人族の街には近づけなくなるでしょうねぇ」
「そこまでなのか……」
うーん、こりゃちょっとは本気で金策に励んだ方がいいかもしれんな。
「じゃあ……俺も冒険者ってのになるか」
「え、冒険者になるんですか?」
さも意外だ、とばかりにカンナが声をあげた。
「いやだって、おまえの手伝いをするって言っただろ? だったら同じ冒険者の方が都合もいいじゃん」
「それはそうなんですけど、問題はアルさんの見た目なんですよねぇ」
「あー」
カンナが言いたいのは、俺が確かに、魔族の身体的特徴をいくつも持っている、ってことなんだろうな。確かに、人族と魔族には見た目に微妙な差があるのだよ。
体の大きさや指の数とか目鼻口の数は同じだし、魔族だからって角や翼が生えているわけでもない。そういうのが生えているのは、魔族でも人族でもない、別の種族な。
そういう意味で言えば、人族と魔族の外見的特徴はかなり類似している。
違うのは、魔族の方が肌の色は若干浅黒く、毛の色が極彩色であることだ。赤とか青とか緑とか、そういう色が地毛なのは、大抵魔族か魔族の血が混じってる。
俺の場合、髪の色は赤毛──それも、燃えさかる炎のように真っ赤な赤毛なんだが、そういうところで魔族と気づかれる可能性は極めて高い。
「けどさ、そんな言うほど人族と魔族って見た目が違うか? さっきの遺跡でも、あのトーマスとか言う人族は、俺が魔族だって気づいてなかっただろ」
「それはそうなんですが……うーん、大丈夫かな? 大丈夫ですかね。うん、まぁ、大丈夫でしょう!」
「おいおい、そんな自分に言い聞かせるようなこと言うなって。なんかの前振りみたいに聞こえるぞ」
「何を言ってるんですか。そんな物語じゃないんですから、自分たちに都合が悪いことなんて早々起きるわけないじゃないですか。はっはっは」
「そりゃそうか。はっはっは」
■□■
──なんて感じに笑い合ったのがついさっきのこと。
今、俺とカンナは冒険者ギルドに来ていた。念のため、俺は顔を隠すように目深くフードを被っている。もちろん、正体を隠すためだ。
幸い、冒険者ギルドは魔獣と戦うような屈強な荒くれどもが集う場所。目立つ髪色さえ見られなければ、周りもガタイのいい野郎どもの集まりだ、うまく埋もれてバレやしない。
そう思っていたのだが──。
「──ッ! まっ、まぞ……っ!?」
「はいっ! はい、そこまで! それで十分! だからちょっと待って落ち着いて!」
受付嬢が顔色を変えた直後、カンナが間髪入れずに受付カウンターから身を乗り出して、逃げ出さないように腕を掴んだ。
「大丈夫、大丈夫だから! この人は……そう、私の下僕! 奴隷なの! 不躾で失礼な喧嘩を売る真似をしなければ無害だから!」
「おいこらちょっと待て」
なんだか今、カンナから不躾で失礼な喧嘩を売ってるような暴言が聞こえてきた気がするんだが?
「いだっ! いだだだっ! ちょっ、まっ! アルさん、頭ギチギチ絞めるのやめてえぇぇっ!」
「誰が誰の下僕で奴隷だって?」
「ちっ、ちが……! 違うの! 今のは方便! 表向きの言い訳ってヤツ! そういうことにでもしとかないと、みんな怖がっちゃうから!」
「だったら先に言っとけ」
「きゃーっ!」
なんだかカンナに任せておくと、俺の立場が家畜以下になっちまいそうだ。
なので交代。
カンナをポイッと横に放り投げて、俺が直接話を通そうと思う。
「そういうわけで、冒険者登録したいんだけど?」
「………………」
少しフードをあげて、受付嬢の目を見ながら笑顔で申し出たわけだが、何故か青い顔をして長い耳を下げられた。
なんだこいつ、エルフか。エルフが冒険者ギルドの受付をやってるとはね。魔術の扱いに長けてるが、プライドも高い種族じゃなかったかな?
そんな受付嬢が、俺の笑顔を前にして目尻に涙を溜め込んでいるのは気のせい……ってわけじゃなさそうだな……。
なんというか、初めてカンナと会った時と同じ反応である。
何故だ……俺の笑顔はそんなに怖いんだろうか?
ちょっと傷つくぜェ……。
「だから! 私に任せてくださいって言ったじゃないですか! アルさんじゃダメなんです。自分の立場を理解してくださいよ!」
俺が軽くヘコんでいると、復活してきたカンナが噛みついてきた。
「なんだよ、立場って。おまえに任せておくと、俺の立場が下僕で奴隷になっちまうじゃねえか!」
「だからそれは方便だって言ってるでしょ! 表向きの理由なんだから、そのくらいは我慢してください!」
「それがダメだって気づけ、アホタレ! 俺に対する世間の認識を下げてどうすんだ!? むしろ上げてけよ!」
「世間の目なんて気にしたって意味ないでしょ! もともと最底辺なんですから、そこから挽回するなんて無理ですよ!」
「おっ、なんだコノヤロ! そういうおまえは世間の目を気にしないってか? だったらこうだ!」
「んぎゃーっ!?」
ぎゃんぎゃんうるさいカンナを山賊担ぎにしてやったぜ。
山賊担ぎってのはあれだ、重い荷物を肩に乗せる担ぎ方だ。砂袋とかでよくやるな。
これを人にやると、なんというか、だらーんとみっともない見た目になる気がする。特に女子の場合、お尻が視線の高さにまで上がるので、たぶん恥ずかしいと思う。
「ちょっ、やだ! 降ろしてください!」
「はっはっは。ほーれ、ほーれ」
「げっふ! おふっ!」
肩に乗せたまま跳ねさせてみたら、お腹を圧迫されるようで、着地のたびにカンナの口から変な声が出た。
はっはっは、愉快愉快。
「まったく恥ずかしい奴だな。俺だったら、もう表を出歩けないわ。ああ、でもおまえって世間の目は気にしないんだっけ? じゃあ、まぁ、いっか!」
「うわぁぁん! 良くない! 良くないですぅっ! 良くないから降ろしてくださぁい!」
むぅ……なんだかガン泣きされてしまった。
さすがに反省しただろうし、このくらいで勘弁してやろう。
「うぅ……。もう、お嫁に行けない……!」
「……ぷっ」
山賊担ぎからカンナを降ろすと、吹き出す笑い声が聞こえた。
「くく……あっははは! ちょっとカンナ、あなた何やってるのよ! ぷっくくく……!」
さっきまで怯えきっていた態度から一転、リコリス嬢はエルフらしからぬ笑い声を転がした。
「ちょっ、ちょっとリコリス! そんなに笑うことないでしょ!?」
気位の高いエルフに大爆笑されて、カンナは顔を真っ赤にさせている。
ほらみろ、真っ赤になるってことは世間の目を気にしてるってことじゃないか。本当に無関心で無頓着なら、どんなに笑われても気にならないだろ。
「あー……こんなに笑ったのは生まれて初めてかも」
ひとしきり笑って、エルフの受付嬢リコリスは表情を引き締めた。
「先ほどは失礼いたしました。当冒険者ギルドの副長を務めておりますリコリス・エーデルワイスと申します。ご用件は承りました。事情が事情ですので、カンナが申しましたように後は別室にてお話を伺えればと思います。よろしいですか?」
さっきの態度から一変、リコリス嬢は堂に入った態度で応対してみせた。
てか、ギルドの副長? 副長って言い方をするってことは、このギルドで二番目に偉い人ってことだろう?
そんな人が新人冒険者の受付嬢をしてるなんて、冒険者ギルドの職員はそれだけ人手不足ってことか?
なんだかいろいろ気になるが、まぁその手の話も今ここで聞くことじゃないだろう。
今は、カンナが騒いだおかげで無駄に注目を集めている。さっさと場所を移動した方がよさそうだ。




