第19話 豪商との商談
解体されたランドタートルの甲羅、肉、臓器に血液と、細かく分割された素材は、そりゃもう結構な量があった。
さすがにそれを手に持って街中を歩くのは現実的じゃないので、俺の異空間収納に全部ぶち込んでおいた。カンナの言うとおりにするのは癪だったが。
何はともあれ、そんな感じで手ぶらの身軽なスタイルで俺とカンナはレオンの小僧の実家らしいフォルウェル商会に向かっていた。
「というか、俺はフォルウェル商会とやらを知らんのだが……結構な金持ちなのか?」
「そうですね……あたしたちの戦闘力を五とするならば、フォルウェル商会の戦闘力は五十三万って感じですかね」
「圧倒的戦力差……!」
なんという絶望的な差だ!
カンナが出した数字の喩えはよくわからないが、彼我の差が圧倒的というのはなんとなくわかる。
俺達は果たして生きて帰ってこれるのか……!
「ふふふ。安心してください、アルさん。それは無策で挑んだ場合の話です。けれどあたしたちは、御子息から直々に依頼を受けた冒険者。経済的な戦力には圧倒的な差がありますが、決して勝負にならないわけではありません! がっぽり搾り取ってやりますよ!」
おお……カンナが頼もしく見える。
「まず、あたしたちがレオンくんに頼まれたのはランドタートルの肝です。けど、肝はまぁ、それなりに値は張りますが、たかが知れてます」
「いくらくらい?」
「十万か……まぁ、よくて二十万くらいでしょうか。二人で分ければ十万です。質素に暮らせば一ヶ月くらいは過ごせますけど、あたしたちは冒険者ですからね。冒険に出かけるのにいろいろ入り用ですから、冒険の準備をしつつ普通に生活を送っていれば、二週間でなくなっちゃいそうですね」
「にしゅうかん……」
そんなん、あってないようなものじゃないか。さすがの俺でも、肌感覚でそのくらいはわかるぞ。
「なので、本命はランドタートルの甲羅です。こっちは個数ではなく、キロ単価なんです」
「一キロでいくら?」
「三万くらいですかね?」
「ほほう!」
なんとなく歓声に近い声を上げたが、キロ単価だとわかりにくいな。
実際、俺たちは今、ランドタートルの甲羅を何キロぐらい持ってるんだ? 異空間収納に放り込んでも、具体的にどんだけの量が入ってるのかわかってねぇんだよな、俺。
「大丈夫、あたしが把握してます。全知検索で調べたところ、あたしたちが手に入れたランドタートルの甲羅は全部で十七トン九百八十二キロ……まぁ、だいたい十八トンですね。それがキロ単価三万だとすれば……なんとっ! 五億四千万になりますよ!」
「ごおく……!」
マジかよ。五億って幾らだ? 五億だよ!
そんだけあったら、美味いものを好きなだけ食って悠々自適に暮らせちゃうんじゃないの!? うひょう!
「そういうことなら、さっさとフォルウェル商会に行こうぜ!」
「行きましょう!」
俺とカンナは拳を突き上げ、意気揚々と街の目抜き通りを進んで行った。
庶民的な露店が立ち並ぶエリアを抜けると、周囲の建物が石造りの豪奢な造りへと変わっていく。
行き交う人々の身なりも一気に上等になり、辿り着いたのは、ちょっとした城かと見紛うほどの巨大な屋敷――フォルウェル商会の本邸だった。
「ここですね。さすが、門番まで意匠の凝った重装備ですよ」
「というか、あんなガチガチの重装備でいいのかね? 動く間もなく仕留められて終わりじゃね?」
そもそも、重歩兵って真正面から敵の攻撃を引き受ける役だろう? 着込んでいるのが魔術耐性の高いミスリル製とかならともかく、単なる分厚い鋼の鎧じゃワンパンでぶち抜かれたりするんじゃないか?
「ああいう重装備は強そうに見せるためですよ。商人にとっての門番の装備は、自分のとこの財力と格式を誇示する看板みたいな側面もありますからね。実用性より、見栄え重視なんです」
「なるほど」
「まぁ、あたしらにとっては『うちにはお金がいっぱいありますよ』ってアピールしてくれてるようなもんですから、大歓迎ですけどね」
カンナはニヤリと悪企みするような笑みを浮かべると、胸を張って豪奢な鉄門へと歩き出した。
門の前に立つ二人の重歩兵は、俺たちの姿を認めると同時に一歩前へ踏み出し、カチャンと重厚な金属音を響かせて行く手を塞いだ。
「止まれ。ここはフォルウェル商会本邸である。何者だ」
兜の隙間から、なかなか鋭い視線を飛ばしてきた。ガン付けだけは一丁前だ。
けれどカンナに、その鋭い視線はあまり効果が無い。威厳に満ちた声で制止されても臆する素振りすら見せず、ヘラヘラとした笑みを貼り付けたまま手を振ってる。
こいつの図太さも大概だと思うんだ。
「ごくろうさまです! あたしたち、こちらの御曹司のレオンくんから依頼された品を持ってきたんですが、取次をお願いできます?」
「名を聞こう」
「あたしはカンナ。こっちは……えーと、相棒? の、アルさんです」
「カンナとアル、だな? しばし待たれよ」
重歩兵の一人がそう言うと、もう一人が屋敷の方へ向かって行った。
てっきり門前払いを食らうかと思ったが、いちおう確認してくれるらしい。なかなか良心的な対応をしてくれるじゃないか。
そうして門前で待たされること数分。屋敷の重厚な扉が勢いよく開き、見覚えのある小僧と小洒落た身なりのおっさんが現れた
「お姉ちゃん! おじちゃん!」
「やっほー。元気にしてた?」
……う、うむ……まぁいい。今はまぁ、俺のことをおっさん呼びするのは許してやろう。
というか、おまえの隣にいる人物こそおっさんじゃねぇの?
「まさか本当に……ランドタートルの肝を取ってきてくれたの!?」
「そりゃ依頼されたからね。ランドタートルの肝なんて薬でしか使わないでしょうし、ちゃんと乾燥させたものを持ってきたわよ」
「ああ……っ! お、お父さん!」
カンナがランドタートルの干し肝を手渡すと、小僧はパァッと顔を輝かせ、隣のおっさん──父親らしい男に向けて目を輝かせた。
「ああ……これで母さんは助かる。すぐに魔術医のところへ持っていきなさい」
「はいっ!」
小僧が弾むような足取りで屋敷の奥へ駆け去っていくのを見送ると、残されたおっさんがゆっくりと俺たちに向き直った。
「失礼した。まずは、愚息の願いを聞き入れ、ランドタートルの肝を持ち帰ってくれたことに深く感謝を申し上げたい」
男は身に纏う上質な衣服に負けない、実に堂々とした所作で深く頭を下げた。
うむうむ。どんな立場であろうとも、礼を尽くす時、素直に頭を下げることができるのは。なかなか良い姿勢だと思うぞ。元魔王の俺が言うんだから間違いない。
「いえいえ。あたしたちは依頼を受けた冒険者として、当然のことをしたまでですから」
カンナが実に人当たりの良い、猫をかぶった笑みで返答する。
おいおい、さっきまで「五億四千万! がっぽり搾り取ってやりますよ!」とか言って拳を突き上げていた奴と同一人物とは思えん顔だ。
相変わらず、化けるのが上手い女である。
「いや、ランドタートルは硬い甲羅に覆われた魔獣。甲羅を得るだけであれば穴に落として焼き殺す等の手段はありましょうが、肝を得るには硬い甲羅を攻略した上で倒さねばならないと聞き及んでおりますぞ。それを、こうも速やかに、完璧な状態で手に入れてくるとは……お二人の腕前、感服いたしました。立ち話もなんです、どうぞ中へ」
「えぇ? そうですか? それでしたらおこt場に甘えさせていただきます」
お、おぉう……猫を被るカンナの態度があまりにもあんまりで、ちょっと背筋がヒヤッとしたぞ。
兎にも角にもおっさんの案内に促され、俺たちはフォルウェル商会本邸の重厚な扉を潜り抜けた。
内装は予想通りというか何というか、やたらと天井が高く、足元にはフカフカの絨毯が敷き詰められている。壁に掛かっている絵画やら壺やらも、一目見て「高そうだな」と分かるものばかりだ。
「……なぁ、カンナ」
「なんですか、アルさん。急にヒソヒソ声になって」
「あの壁に飾ってある壺ひとつで、俺たち何年遊んで暮らせると思う?」
「……アルさん、顔に出てますよ。お願いですから、今すぐその品のない泥棒みたいな目つきをやめてください」
カンナにジト目で小突きかれながら階段を上り、俺たちは二階にある広々とした応接室へと通された。
上質な革張りのソファに腰を下ろすと、すぐに女メイドが人数分の紅茶と見たこともないような高級菓子を運んでくる。
「改めまして……私はフォルウェル商会の当主、ヴィンセント・フォルウェルと申します」
ヴィンセントと名乗ったおっさんは対面のソファに腰を下ろすと、静かだが重みのある視線を俺たちに向けてきた。
「息子が先走った依頼ではありますが、フォルウェル商会の名に懸けて、約束通りの報酬はお支払いします。ランドタートルの肝の代金として、四十万。これでいかがでしょうか」
(ほう……いきなり最高値を叩き出してくるとは、太っ腹なおっさんじゃねぇか)
四十万とはね。
カンナが事前に言っていた最高額は二十万。その倍を出してくるとは、破格の対応と言っていいだろう。
俺が心の中で感心していると、隣のカンナが優雅に紅茶のカップを傾け、フッと怪しげな笑みを深めた。
「別格のご提案、恐れ入ります。ですが、ランドタートルの肝は定価通り、二十万で構いません」
「おまえは何を言ってるんだ?」
思わず素でツッコんじまったよ。けど、そんな俺を誰が責められようか。
だってそうだろ? 相手が相場よりも倍額を出してくれるって言うのに、それを断るなんて正気の沙汰とは思えないぞ。
「アルさぁ~ん、ちょ~っと静かにしててくださいねぇ」
あ、はい。すいません。
「ヴィンセントさん、ランドタートルの肝に関しては、ご子息のレオンくんから依頼されたもの。適正価格の二十万で結構です。ただ……肝を取るついでに、手に入るものがあることはご存知でしょう?」
カンナは言葉を一度切り、ゆっくりと人差し指を立てた。
「いかがでしょう。ランドタートルの甲羅、お買い求めいただけませんか?」
「……なるほど」
ヴィンセントはかすか眉を動かし、考え込むように腕を組んだ。
「ランドタートルの甲羅といえば、ミスリスと掛け合わせた合金アダマンタイトが有名ですよね? 強靭性に優れ、魔力の伝導率も高い。その素材となるのがランドタートルの甲羅です。今、あたしたちの手元には、そんな甲羅が総数で、約十八トンあります」
「なんと……!」
「その十八トンのランドタートルの甲羅、フォルウェル商会に優先的に卸しましょう」
カンナの言葉に、ヴィンセントは驚愕に目を見開いた。
さすがの俺でも、人族の間でランドタートルの甲羅がどれだけ流通していてどの程度の希少性があるのかわ知らんけれど、それでも十八トンという量は単純に考えても多い。
それを一手に独占できるとすれば……まぁ、悪い話じゃないとは思う。
「……大変魅力的な提案だとは思う。しかし……残念ながら、その提案を受け入れることはできんのだ」
おぉう……このおっさん、あっさり断ってきたぞ?




