第20話 岩窟族の国へ
余裕綽々な態度でランドタートルの甲羅についての取引を持ちかけたカンナだったが、交渉らしい交渉をすることもできずにヴィンセントのおっさんから拒否られ、顔面に貼り付けた胡散臭い笑みも引きつっている。
そりゃあそうだろう。
交渉らしい交渉をする前に、ヴィンセントの方から「受け入れることはできん」ときっぱり断られたんだ。いろいろ考えていただろう交渉術は、すべてご破産にされたんだから、いい面の皮ってもんだよな、うん。
「え、ええっと……一応、理由をお伺いしても?」
表情では必死に笑顔を取り繕いながら、カンナが理由を聞いてみる。
「こちらといたしましては、条件面での相談はもちろんお受けいたします。すべての在庫と言わず、一部だけ卸すこともやぶさかではなく──」
「いや、価格や保管場所の問題ではないのだ」
なんとか説得を試みようとするカンナだったが、ヴィンセントのおっさんは静かに首を横に振る。ランドタートルの甲羅を購入するのが、そこまで嫌なのか。
カンナの話では、ランドタートルの甲羅は素材としてかなり価値が高いということだったが……豪商とまで呼ばれている商人が、買取で首を横に振るというのは話が違ってくるな?
「条件の良し悪し以前に……そもそも、ランドタートルの甲羅という素材の市場価値が、今の市場ではダブついているのだよ」
「ダブついてる……ですか?」
カンナが不審そうに首をかしげる。
おいおい、あんなに「激レア素材! 五億四千万!」とか言って大はしゃぎしていたのに、雲行きが怪しくなってきたぞ。
「周知の通り、ランドタートルの甲羅はそのまま防具加工するのではなく、ミスリル鉱石と練り合わせた合金──アダマンタイトにして初めて真価を発揮する。その加工技術は岩窟族の独占技術というのはご存知かな?」
「ええ、まぁ……」
「その岩窟族ですが……何故かアダマンタイトの生産ラインを完全にストップしてしまったのです」
「えぇ……?」
ヴィンセントの言葉に、カンナは驚きと困惑が入り混じったような声を出した。
「理由は私の耳にも届いておりません。だが、彼らの生産ラインが止まっている以上、どれほど手元に大量の甲羅があろうとも、うちとしては加工もできず、他へ卸すこともできない。ただの過剰在庫になってしまう」
「です……よ、ねぇ~……」
なんだか気の抜けたような言葉を返すカンナ。その視線は、目の前のおっさんではなくどこか別のところを見ているようだ。
大金が手に入ると思っていたのに──と、現実逃避で黄昏れてるわけじゃなさそうだ。
なんとなくわかってきたのだが、たぶんこれ、全知検索で調べてるな?
「もし君たちが甲羅そのままではなく、加工済みのアダマンタイトとして持ち込んできてくれるのであれば……そうだな。五億と言わず、十億でも買い取らせてもらうのだが」
なかなか太っ腹なことを言ってくれるが、それはどこまで本気なんだろうね? 肝心のアダマンタイトに加工できない現状では、どんなに耳障りのいい話でも、ただの絵に書いたご馳走にしかならない。食えなきゃ意味がないんだよなぁ。
「……その話、本当ですね?」
カンナの目が、きら~んと輝いたように見えた。あ、嫌な予感がする。
「もちろんだとも。ダマンタイトであれば王都の騎士団をはじめ、需要は底なしと言ってもいい。ラインが再開されれば、提示された以上の額で即座に買い取らせてもらうが……」
「わっかりました!」
カンナは力強く拳を握りしめ、ガバっと立ち上がった。
「ランドタートルの甲羅の件は、一度持ち帰らせていただきます。本日はご多忙の中、お時間をいただきありがとうございました」
「ああ、こちらこそ。妻のためにランドタートルの肝を持ち帰ってくれたこと、重ねて感謝する」
カンナは優雅に一礼すると、冷めきった紅茶を一滴も残さず飲み干し、さっさと席を立った。
俺も慌ててソファから立ち上がり、カンナのあとを追って応接室を後にした。
たぶんこいつのことだ、何か考えがあるんだろ。
そもそも、ランドタートルの甲羅を──アダマンタイトに加工するひと手間を加えるとはいえ──十億まで値を吊り上げたのも、もしかすると最初から計算通りだったのかもしれない。
何を考えているのかは、知らんけど。
そんなこんなでフォルウェル商会の巨大な鉄門をくぐり、門番の重歩兵たちの視線が届かない目抜き通りまで戻ってきたところで、俺は隣を歩くカンナに声をかけた。
「で? どこからどこまで狙い通りだったんだ?」
「ん? いや、狙いも何もほとんど全部が予想外の出来事でした。なので、ヴィンセントさんと話をしながら必死に全知検索で情報を精査してたんです」
やっぱり、あの時のどこを見ているのかよくわからない視線は全知検索を見てたんだな。
「で?」
「ドワーフがなんでアダマンタイトの精製を止めているのか、その理由も原因もなんとなくわかりました。ただ、解決までの手順が面倒くさいというか、厄介ですね」
「というと?」
「要するにドワーフ秘伝の精錬炉の故障と、それに伴う次期国主の跡目争いです」
「跡目争い……?」
「アダマンタイトを精錬するための炉が、壊れちゃってるみたいなんですよね。で、国主が『この炉を修復できた者を次期国主とする!』とか言い出しちゃったみたいで、候補のドワーフたちが修復の手がかりを巡って猛烈な足の引っ張り合いをしてるんですよ。おかげで現場は大混乱、生産ラインもストップです」
「そんなことで止めてんのかよ?」
はぁ~ん。
ドワーフって奴らは鍛冶が生き甲斐の種族とは聞いていたんだが、権力だのなんだのと、そういうもんにも興味があったんだな。
「で、そんな状況にある岩窟族の国ですが、あたしたちに取れる手段は二つあります」
「権力争いの真っ只中だろ? 二つある選択肢の、どっちも面倒くさそうなんだが?」
「一つは、炉の修理をすること。全知検索で必要な素材と手順はバッチリ調べがついてます。あたしたちの手でその素材を取ってきて、どこかの派閥にサクッと売り込むなり貸しを作るなりすれば、それで終わりです」
「どの派閥でもいいのか?」
「金払いのいいとこですかね」
そうだね、カンナだったらそう言うと思ってた!
「もう一つは、アルさんが絶対神の摂理でランドタートルの甲羅をアダマンタイトにすることです。こっちの方が簡単ですかね?」
「全然簡単じゃないんだが?」
ランドタートルの甲羅をアダマンタイトにしろって、出来る出来ないで言えば……まぁ出来なくはない。絶対神の摂理を使えば一発だ。
けどなぁ……わかるだろ? 量が多すぎるんだよ。
十八トンだぞ、十八トン。
それら全部を? ランドタートルの甲羅からアダマンタイトに概念変化させて? アダマンタイトに概念固定して? 一個一キロほどのサイズにカットして? インゴットの形にしろと?
やってられるか!
「そもそも、岩窟族の国までホントに行くのか? おまえの話だと確実に面倒事に首を突っ込むことになるわけだし、そういうのは御免被りたいんだがなぁ」
「何言ってるんですか! 政争なんて権力者の縄張り争いみたいなもんでしょ? そんなもんにうつつを抜かして、困ってるのは国民ですよ? つまり! あたしらがサクッと問題解決すれば、国民から感謝されるわけです。恩を売れるわけですよ!
「恩を売りに行く……ねぇ。お前が言うと、救世主の面をした強盗にしか聞こえないんだよなぁ」
俺は心底嫌そうな顔を隠しもせず、盛大に溜息を吐き出した。
「いいですかアルさん、恩ってのはお金じゃ買えない価値なんですよ。特に頑固でプライドの高いドワーフどもに貸しを作っておけば、特注の魔導具の製造やらを格安で引き受けさせることができるかもしれません! これ、十億の金貨以上の価値があると思いませんか!?」
「俺は今すぐ十億を手に入れて、美味いもん食って暮らすだけで十分なんだがなぁ」
「かーっ! これだから上昇志向のない人は!」
「いやいや、想像してみろって。権力に目が眩んだドワーフどもが、あーでもないこーでもないと醜い足を引っ張り合っている現場を。そこに外部の人間である俺たちがノコノコ入っていって『炉の直し方知ってまーす』なんて言ってみろ。ろくなことにならないのは火を見るより明らかだ」
「大丈夫ですよ。あたしの全知検索と、アルさんの理不尽なまでのぼうりょ――じゃなかった、圧倒的な武力があれば、政治のドロドロなんて力任せにを踏み荒らして一瞬で解決できますから!」
「今、暴力って言おうとしたろお前」
「気のせいです! ほら、そうと決まれば善は急げです! 岩窟族の国へ向けて出発しますよ!」
「俺の同意はどこに行ったんだよ!?」
カンナは俺の袖をぐいぐい引っ張りながら、ノリノリで目抜き通りを歩き出した。
その瞳は完全に〝十億の金貨〟と〝ドワーフの国に売る巨大な恩〟の二兎を追う肉食獣のそれだった。




