第18話 冒険者ギルド副長との交渉
ケテルの街に戻ってきた俺たちは、その足で冒険者ギルドへ向かった。
俺たちは別にギルドで依頼を受けたわけでなく、レオンとかいう小僧から直接、ランドタートルの肝を取ってきてほしいとお願いされたので、ギルドは無関係だ。
にもかかわらず冒険者ギルドへ直行したのには理由がある。
解体だ。
レオンから頼まれたのはランドタートルの肝である。どうやらそれは薬になるらしく、生肝を持っていっても意味が無い。カンナが言うには、解体して乾燥させてから使う物らしい。
その点、冒険者ギルドに生肝を持っていった場合、こちらから要望すれば薬として使える乾燥させた肝と交換してくれるらしい。それはとても有り難い。
けれど、それ以上に有り難いのは、解体作業も行ってくれることだ。
俺たちが持ち帰ったランドタートルの総数は十八匹。
これらすべてをアレしてコレしてなんやかんやするのは、誰がどう考えても面倒くさい。
だったら、多生の金銭が掛かろうとも、専用の解体業者に頼んだ方がまだマシ──というのが、カンナの弁だった。
そういうわけで、俺たちは冒険者ギルドに向かったわけだ……が。
「……で? これだけの数のランドタートルを、いったいどこでどうやって狩って来たのかしら?」
ギルドの解体作業場でランドタートルの死骸をずらりと並べるや否や、冒険者ギルド副所長のリコリス嬢が、額に青筋を浮かべながら冷たい笑顔でカンナに詰め寄った。
「これだけの数のランドタートルが生息しているのは、近辺だと深緑の迷宮しかないわ。私、言ったわよね? 人族が主体になって各国合同の演習を深緑の迷宮で行っているから、しばらくの間は立ち入り禁止だって。そんなところへ勝手に忍び込んでランドタートルを乱獲って……どんだけ規律違反を犯してるの!?」
話してる間にどんどん感情が昂ぶって来たのか、バンバン机を叩いて声を荒らげている。
こういう所は、エルフも魔族も変わらんねぇ。魔大陸にも、こんな風にす~ぐ怒鳴る奴がいたっけ。
「まぁまぁまぁまぁ」
対してカンナは、激高しているリコリス嬢の肩を抱いて、ヘラヘラと笑いかけている。
なんかこう……見た目だけの話をすれば、箱入り娘の深窓の令嬢を誑かす悪女のように見えるのは何故だろう。
……うん、カンナの日頃の行いだな。
「落ち着きなさいって、リコリス。確かにあたしたちは深緑の迷宮に行ったけど、おっかしいなぁ。各国共同の部隊なんてどこにもいなかったのよねぇ」
「えっ?」
「あたしとアルさんは、豪商フォルウェル商会のご子息レオンくんから直接依頼を受けて、ランドタートルの肝を必要としてたわけ。なので、ランドタートルを狩れるなら深緑の迷宮じゃなくても良かったんだけど、やっぱりあそこが一番効率いいでしょ?」
「ランドタートルだったら……まぁ、そうね」
「だから、あたしたちは野良のランドタートルを探す前に深緑の迷宮を覗いてみたってわけ。そしたらさ、迷宮の入口から浅層にかけて、人の気配なんて影も形もなかったの。演習してるどころか、なんの設営もされていなかったわ。なので、演習はもう終わったのかな? って思ったんだけど?」
人の気配が影も形もなかった……?
あっれれ~? おっかしいぞー。
深緑の迷宮入口付近に、ひしゃげた胸当ての破片とか、人族の王家の紋章が付いた野営具が放置されていたりとか、なんかロクでもないことが起きていた痕跡が山のようにあったはずなんだがなぁ。
「だから、あたしたちは実質、誰も迷惑してないってわけ。なのに規律違反だなんて言われてペナルティ取られたら、あたしたちの二日間の労力が泣いちゃうわ」
「だからと言って、ギルドの通達を無視して勝手に入った事実は変わりません! ……はぁぁぁぁ……」
リコリス嬢は深々と溜息を吐き、痛むこめかみを指で押さえた。
「でも、本当に軍の姿が一切なかったというのなら……国の方は一体何を考えているのかしら?」
まぁ……カンナの話を鵜呑みにするなら、そう思うわな。
冒険者ギルドは国営じゃない。ただ国からの強い要請に従って、冒険者へ封鎖の通達を出していただけだ。
ダンジョンが封鎖されれば素材の流通が滞り、ギルドの利益だってガタ落ちする。
ギルドからすれば、ただでさえ迷惑な要請を受け入れてやってたわけだ。
その程度のことなら俺にだってわかる。 ちゃ~んと人族の経済とやらは勉強してるからな!
「演習を理由にダンジョンを抑えておいて、実際には何もしていなかった……? うちの営業妨害をしておいて、何をして遊んでいるのよ、あの連中は……!」
バンッ! と再び作業場の机を叩く音が響く。今度の怒りは俺たちではなく、完全に国軍へ向けられたものだ。
「ね? だからあたしたちは誰の邪魔もしてないし、実害はゼロ! むしろ国が勝手にサボってただけでしょ? そんなのでペナルティなんて取らないわよね?」
「調子のいいことばかり言わないの。通達を無視して勝手に立ち入ったこと自体は、ギルドの規律違反よ。……でも」
リコリス嬢はカンナを鋭く睨みつけたが、すぐに疲れたように眉間を寄せた。
「通達のあった軍の演習が実際には行われておらず、他者への実害が発生していないのよね? だったら、本来なら資格停止処分相当だけど……今回のところは私の裁量で軽度の過失扱いにしといてあげる」
「さすがリコリス、話が解るわぁ」
「感謝するなら、外で勝手に依頼を受けないで。相手はフォルウェル商会の御曹司なんでしょう? ギルドの依頼料だって払えるんだろうし、受付でちゃんと手続きをするように伝えておいてちょうだい」
リコリス嬢は心底疲れ切った顔で、カンナの抱きつきを冷たくあしらった。
「で、最終的なペナルティとして、あなたたちが持ち込んだランドタートル、その買取額から制裁金として一割半徴収します。文句はないわね?」
「まぁ……そのくらいならいっか。ただ、素材はこっちで全部回収するから、お金で払うわ」
「わかりました。それじゃ、この話はこれで終わり! ……しっかし、エンデ国も人騒がせな……迷宮を封鎖しといて何もしないとか……いっったい何が……」
ブツブツと恨み言を呟きながら、リコリス嬢は解体作業場を後にしていった。
「ふふん……チョロいわね、リコリス」
リコリス嬢が去って後、カンナがニヤリと笑みを浮かべている。
「おまえも大概、性格悪いよなぁ」
「なんですか、人聞きの悪い。自分たちの利益を守るためですよ。それに、あたしはただ、自分たちの利益優先で何をどう言えばいいのか、全知検索で調べたとおりに喋っただけですもん」
「マジかよ……」
これがいわゆる、全知検索による未来誘導の片鱗ってヤツか……。
実際に目の前で見せられると、自分の意思とは関係なくカンナの望む未来になっちまう能力に、背筋が薄ら寒くなるほどだ。
「そんで、これからどうすんだ? 肝はレオンの小僧に届けるとして、甲羅はここで換金するんじゃねぇの?」
「してもいいんですけど、今回はギルドを通して受けた依頼じゃないんで、こっちの裁量で好きにしていいんですよ」
「つっても、結局換金だろ?」
「それなんですけどー……ちょっと武器や防具を作りたいなぁとも考えてまして」
「ほう?」
唐突なカンナの提案に、俺は片眉を跳ね上げた。
「おいおい、素材を武具にするなら手に入る金が減るじゃないか。俺の飯代が消えてなくなっちまうぞ」
「いや、さすがに全部は使いませんよ。十八匹分もあるんですから、防具の材料なんて一部で足りますって。残りはちゃんと換金して、あたしたちパーティの運用資金かつ生活費にしますってば」
「おぉう……まぁ、それならそうと先に言ってくれ」
俺が胸を撫で下ろすと、カンナは解体台に転がるランドタートルの巨大な甲羅をペチペチと叩いた。
「ランドタートルの甲羅って固くて頑丈だし、加工もしやすいんですよ。それに、さすがにアルさんの絶対神の摂理は無茶苦茶すぎますって。これからも冒険者を続けて行くなら、もっともらしい武器を持って誤魔化す必要があると思うんですよね」
「もっともらしい武器、ねぇ……」
俺は腕を組み、解体台の巨大な甲羅をまじまじと見つめた。
まあ、カンナの言うことにも一理ある。
俺の技能は概念ごとぶち壊す能力だ。だが、素手一発で迷宮の魔物をなぎ倒す冒険者ってのも悪目立ちするだろう。
そうなると、余計なトラブルを引き寄せるのは目に見えている。
「なるほどな。世間の目をごまかすための飾りってわけだ」
「そゆこと~。それに、これだけ質のいい甲羅なら、あたしの防具も軽くて頑丈な良品が作れそうです。あたしの身の安全のためにも、欲しいところですし」
「おう、そりゃ重要だな。おまえが真っ先にくたばられたら困る」
「言い方はアレですけど、理解してもらえたなら何よりです」
それに、カンナの飯も悪くないんだよな。
俺が魔王だということを知っていて、料理もできる。その上で、こうして一緒に行動してくれる希有な存在は、今後二度と見つからない可能性も高い。
……あれ? こうして考えると、俺ってば真っ先にカンナと出会えて幸運だった?
「というわけで! アルさん、解体してもらったランドタートルの肉や甲羅は、まるごと異空間収納にしまっといてください」
「……おまえ、俺を便利な物持ちとかと勘違いしてないか?」




