第17話 絶対神の摂理
ナメ腐ってんじゃねぇぞコラァ!? 俺のメシにケチつけやがってゴラァ!? いい度胸してんじゃねぇかワレェ!?
「あ、あの、アルさん? なんが往年のヤンキー漫画みたいに語尾に『!?』が付いてるように感じますけど、落ち着いてください!」
「これが落ち着いていられるか!」
灰まみれになったバイコーンボアの串焼きを握り締め、俺はカンナに怒鳴り返した。
じっくり絶妙な火加減で焼き上げた極上の肉だぞ?
その肉に、今まさにかぶりつこうとした瞬間にこれだ。
やってられるか!
「なんでそこまでキレてるんですか!? いくらご飯が食べられなかったからって……」
「おまえこそ何言ってンだ!? いいか! 飯ってのは魔族だろうと人類種だろうと、獣や魔獣でさえ生きてく上で必要不可欠なことだろ! それを邪魔するってのは、つまるところ相手はこっちを殺しに罹ってきてるってことだ!」
人様の食い物をダメにするって行為は、明確な敵対行為だ。行動で『おまえを殺す、死んでもかまわない』って言ってるようなものだ。
上等だワレェッ!
「オラァッ!」
せっかくの料理を台無しにしてくれやがった丸太のように太い蔦を鷲づかみ、力任せに引き摺り出せば、なんだか妙な魔獣が現れた。
大きさとしては熊くらいだろか。饅頭みたいな丸い体に細くて長い足が四本付いている。
強いて近い格好をした生物を上げるとすれば、蜘蛛だろうか。でも足が四本だし、正しく〝蜘蛛〟とも言えない。
何より、その全身──つま先に至るまで蔦に包まれている。動物なのか植物なのか、よくわからん相手だ。
名前はわからんから、ひとまず蔦蜘蛛と名付けよう。
その蔦蜘蛛が生け垣を突き破って現れ、迫りながら全身を覆う蔦の一部を触手のように伸ばしてきた。
「ちょっ、ちょっとアルさん……! そいつがなんなのか──」
「わかってる」
引っ張り出すのに蔦を掴んで気づいた。
こいつ、魔法を使ってるな。魔術じゃない、魔法の方だ。
この世界には、三つの魔の力が干渉してると言われている。
すなわち、魔導、魔術、魔法だ。これらはすべて、その名が示すとおりのものだ。
魔導とは、魔の力を導くもの。魔道具とかそういうものを起動させる……いわば、単に魔力を操る力だ。
魔術とは術──技術とか手術でも使われる〝術〟の文字が示すように、手順と必要な魔力量さえ足りていれば、誰でも使えるものを指す。
そして魔法とは、法──すなわち現象や事象などが生起する理に干渉するものだ。法則、理法という言葉があるように、この世の摂理に干渉する力である。
つまり、〝魔法〟というのは万物不変と思われている事象、現象をねじ曲げるものなのだ。
そしてこの蔦蜘蛛は、掴んでみた感じ、魔法を使ってるな?
であれば、考えつく結論はただ一つ!
「こいつ、あれだろ? 災禍の眷属的なヤツ。そこまで強くないから、カンナはそこを動くなよ」
「はぁ!?」
なんだかカンナが変な声を上げた。
もしかして……こいつが〝災禍〟だったり?
いやいや、そんな馬鹿な。
こいつを掴んだ時、確かに魔法を使っている気配を感じた。
けれどそれは、世の中の理を変える力を垂れ流しているだけだ。触ってみた感じ、植物以外のものを植物に変える魔法だな?
けど、それだけなのだ。こいつは認知の変化をしていない。いや、していないのではなく、できないのだろう。
その程度のヤツが、カンナがあれだけ怯え、勇者やら騎士団やらが集まって討伐に来る伝説のバケモノなわけがない。間違いなく、災禍が生み出した手下か何かだろう。
「ザッ! ザザッ、ザザザザザッ!」
不快な葉擦れの音を響かせ、蔦蜘蛛は全身を覆う蔦の一部を鋭く素早く伸ばしてきた。
大気を裂いて伸びた赤黒い蔦が、俺の首元を狙っている。が、そんな簡単に狙い通りに食らうわけがない。右腕で絡み取った。
ギリギリと嫌な音を立てて腕を締め上げてくる。
「ええい、ウザってぇっ!」
腕に巻き付いた蔦を力任せに引っ張れば、蔦蜘蛛がギャグみたいな勢いでこっちに飛んできた。少しは踏ん張ってもらいたい。
「オラァッ!」
迫る蔦蜘蛛に、俺は右手の拳を合わせて放った。
ボヒュッ! と、なんだか拳を叩き付けた音とは違うような音を響かせて、なんと蔦蜘蛛の胴体に風穴を開けてしまった。
ひえ~っ、なんだこれ!? 絶対神の摂理を発動させて放った一撃ならともかく、能力なしで風穴開けるってどういうことよ!?
相手が植物の体だからか? もしかして、穴が空くくらいはなんともない? それはそれで気持ち悪いな。
しかもこの蔦蜘蛛、土手っ腹の風穴を開けられたにも関わらず、俺の腕を締め上げる力を緩めようとはしない。
……ってか、こいつ──ッ!
「効かねぇよ!」
腕に巻き付いた蔦を使って相手を地面に叩きつければ、思ったより効果的だったのか、蔦を外して後ろへ下がった。
蔦が巻きついていた腕を見てみれば、表面は赤緑色の魔力がジュワりと滲み出て、俺の肌へと染み込んでいく。俺を植物へと変貌させようって腹づもりらしいが、彼我の差がまるでわかってない。
「あっ、アルさん! そいつはあらゆるものを植物に変える侵食能力を持ってます! 腕、大丈夫ですか?」
「問題ない」
蔦に絡まれた右腕を軽く振るえば、ご覧の通り元通り。
「食い物を台無しにするようなボケナスに、魔法のなんたるかを教えてやろう」
魔法とは世の中の理──すなわち摂理そのものに干渉する力を指す。だが、この世に魔法を使える者など存在しない。
人類種の偉大な賢者だろうが、人族よりも高度な魔術を使う魔族だろうが、使っているのは所詮、手順と魔力で現象を引き起こす魔術止まりだ。理そのものに直接干渉して捏ね繰り回す〝魔法〟など、誰も到達できていない。
──俺を除いてな。
「……我が一撃は至上の一撃」
俺の持つ絶対神の摂理は神が定めた条理を奪取する。
火は熱い、氷は冷たいといったように、万物不変の理を定めた条理さえねじ曲げる。
「抗うこと叶わず、避けること認めず、防ぐこと許されず」
「ザザッ……!?」
胴体に風穴を開けられ、侵食も全く効かないこちらの異常性にようやく気づいたのか、蔦蜘蛛は身を翻して周囲のジャングルの木々や蔦を一斉に急成長させ始めた。
無数の巨大な枝や根が、うねりを上げて俺とカンナを丸呑みにしようと押し寄せてくる。
「きゃああっ! 飲み込まれるぅぅ!」
カンナが広がる植物から悲鳴を上げて逃げてるが、あれはまぁ、ほっといて大丈夫だろ。
すぐに終わらせる。
「くたばれ」
何もない空間へ向けて、俺はシンプルに右の拳を振り抜いた。
空気が軋むような重低音が響き、俺たちを丸呑みにしようと押し寄せていた植物が、まるで潮が引くように急速に枯れ果て、一瞬で塵となって崩れ去った。
さらに、逃げ出す暇すら与えられなかった蔦蜘蛛の巨体が、その場に縫い付けられたように静止する。
次の瞬間、蔦蜘蛛の全身が凄まじい密度の凍気によって氷結し、閉ざされた氷の中で燃えさかる。
冷気は物質を燃やす炎となり、燃えさかる炎は凍てつく氷となる。
ほどなくして蔦蜘蛛は、跡形もなく散り失せ、粉塵となって風に吹き飛ばされていく。
既存の〝現象〟が従来通りの結果にならない──これこそが、本当の〝魔法〟ってヤツだ。覚えとけ。
「……てか、跡形もなく消えるのかよ!」
マジかよ……完全に殴り損じゃないか!
金になるわけでもない、イノシシ肉の代わりになるわけでもない。ただ、俺のメシを邪魔して炭になって消えただけである。
「……はぁ、ダンジョンに出る魔獣ってのは、ホント厄介だな。あーあ、せっかくのボア肉が……」
「い、いや……あの、アルさん……? 今の魔獣は──」
ガックリと肩を落とす俺の横で、カンナが歯の根も合わないとばかりに声を震わせながら何か言っている。
「なんだよ。今のはあれだろ、ここに入る前に言ってた……なんだっけ? 災禍? とか言う、バケモノの眷属的なヤツだろ?」
「いや、そうじゃなくて!」
「え、違うの? じゃあ、まさか……」
なんだかんだ言って、こっちも絶対神の摂理を使って倒してるからな。そう考えると、思わぬ難敵だったのかもしれない。
災禍の手下かなんかだと思ったんだが……。
てことは、まさか──。
「え、あれってダンジョンに出る普通の魔獣だったりするのか? マジかよ……ダンジョン、パネェな」
ふむ……そう考えたら、絶対神の摂理を使ったのは早計だったか。ダンジョン入口の魔獣相手に大人げなかったかもしれん。
「……もう、それでいいですよ……」
「いや、よくないだろ。まさかダンジョン入口付近で出くわす魔獣が、あんな厄介だとは思わなかった。カンナ、ランドタートルはしこたま倒したし、とっとと撤収しようぜ」
「いやいや……ははは……アルさんに任せておけば、迷宮最深部にあるらしいパンデモニウムの核だって取りにいけるでしょうね……」
「え? いやいや、そりゃ無理だろ」
入口付近の魔獣相手に、俺の切り札とも言える絶対神の摂理を使ってるんだぜ? ここよりさらなる深層へ進んだら、どうなるかわかったもんじゃない。
期待されすぎても、ちょっと困る。




