第16話 乱獲とバーベキュー
件のランドタートルが、まさか軽く小突いただけで死んじまうような脆い魔獣とは夢にも思わなかった。
思わなかったんだよ、マジで。
だから、こんなあっさり倒してしまう結果になったのは俺のせいじゃない。俺のせいじゃないんだ! 相手が脆すぎたのだ。
「アルさん……」
「ちっ、違うんだ! 俺は……俺は悪くない! 軽く払いのけただけなんだ! なのにそいつが……そいつが……そいつが悪いんだ!」
「なんで追い詰められた殺人犯みたいな反応なんですか……」
だってよぅ……〝アダマンタイト級に硬い〟なんて言われてたんだぜ、こちとらはよぅ。
どれほど凄いバケモノなのかと身構えていたのに、蓋を開けてみればこのザマだ。
「別に責めてませんよ。そもそも相手は魔獣ですし、簡単に倒せるならそれに越したことはありません。むしろ、あたしとしてはこんな簡単に倒せて万々歳ですよ。さっさと肝と甲羅を回収して帰りましょう」
「え、もう?」
わざわざケテルの街から馬を乗り継いで二日以上かけてここまで来たんだぞ? それでランドタートルを一匹だけサクッと倒して帰るって……いくらなんでもタイパが悪すぎるじゃないか。
「まだ一匹しか倒してないじゃん。もう少し倒して稼ごうぜ」
「忘れたんですか!? ここには災禍がいるってことを! そんなもの相手にしてらんないですよ」
災禍ねぇ……。
カンナはその存在をかなり危険視して怯えてるってのはわかるけど、何も知らない俺にしてみれば、どれほどの脅威度のある魔獣なのかわからないんだよなぁ。
本当に、そこまで騒ぐほどのもんなのかね?
「それに、ランドタートルの甲羅って大きいじゃないですか。こんなもの、一個でも持ち帰るのが大変なのに、四個も五個も手に入れたって持ち帰る術がありませんよ。かといって、倒して素材を放置するなんて、真っ平ご免です」
ははぁ~ん、なるほど。そっちがカンナの本音だな?
確かに、こんなデカイ甲羅をそのまま持ち帰るのは面倒だ。
けどね?
「俺、異空間収納持ってるぜ?」
「は?」
「あれ、知らない? 異空間収納ってのは──」
「てか知ってますよ! 魔力で作った空間に、魔力量に応じてなんでも収納できるヤツですよね!? そういうのがあるんだったら、最初に言ってくださいよ!」
なんで怒られてんだ、俺?
「だって、アルさん。最初に教えてくれれば、食べ物とか調味料とか、旅を楽しくする道具をいろいろ預けられたじゃないですか!」
「……おおっ!」
確かに。
ここまでの移動中、食べたのは味も素っ気も無く、適度に栄養と満腹感だけが味わえる非常食みたいなものだった。
「なるほど。そういう利点があったのか」
「それどころじゃないですよ! 異空間収納があるなら、ランドタートルの甲羅なんて持てるだけ持って帰れば大儲けですよ!」
おやおや、なんだかカンナの目の色が変わったぞ?
「金はあればあるほどいいって言ったでしょ! アルさん、ランドタートルを手当たり次第に狩りましょう!」
「お、おう……急にノリノリだな……」
さっきまでの怯えっぷりはどこへやら、カンナは水辺に群がる他のランドタートルへと獲物を探す目で視線を向けた。
俺としても、サクッと稼げるなら願ったり叶ったりだ。
「んじゃ、やるか」
そこからはまさに作業だった。
近づいてきたランドタートルを俺が手刀で叩いて沈め、そのまま異空間収納の中へ放り込む。今ここで解体するのは手間なので、それはケテルの街に戻ってからだ。
……うむ。自分がやってることを客観的に見ると、カンナは何もしてないな?
「アルさ~ん。何匹くらい狩りました?」
「十八匹くらいか?」
「あら、おつかれでぇ~す」
こ、こいつ……なんかムカつくな!?
「お前、そのうち罰が当たれ!」
「なんでですか! あたしは全知検索でランドタートルの位置を指図するという、超重要な司令塔の役割を果たしてたじゃないですか!」
ドヤ顔で胸を張るカンナだが、指をさしていただけである。
やっぱこいつ、箪笥の角に小指をぶつけて悶絶するくらいの罰が当たればいいと思う。
まあいい。
ランドタートルの甲羅は高く売れると言っていたし、十八個もあれば当分の間は何もせずとも美味いものを食って暮らしていけるはずだ。
……あ、レオンとか名乗ったの小僧の依頼でもある肝も、こんだけあれば十分だろう。
それはそれとして──。
「……腹が減ったな」
美味いもんだけ食ってしばらく暮らせる──なんて考えたせいなのか、途端に腹が鳴った。
「そういえば俺ら、ケテルの街を出てから水とパサパサの不味い携帯食しか食ってねぇな」
「そりゃそうですよ。ダンジョンに潜ってる間は、そういうもんです。前もってアルさんが、異空間収納があるって教えてくれれば、多少の改善はできたんでしょうけどね」
「おいカンナ、このカメって食えるのか?」
「ランドタートルの肉は臭みが強すぎて、ただ焼いただけだと食えたもんじゃないですね。しっかりと下処理しないことには」
「カメ肉はダメか……」
さっきまで気にならなかったが、こうして意識するとダメだな。本格的に腹が減ってきた──その時だ。
ガサガサガサッ! と、茂みが不自然に揺れる。
現れたのは、頭部から巨大な一本の太い角を生やした巨大なイノシシだ。
そうか。ここは別にランドタートルだけの縄張りじゃない。他の魔獣の水飲み場でもあるわけだ。
そのつぶらな瞳が俺たちを捕らえると、フシューッと荒い鼻息を吹き出した。
「えぇっ、バイコーンボア!?」
「旨そうな肉がキターッ!」
俺は歓声を上げると、すっ飛んでいってイノシシの眉間に軽めのパンチを叩き込んだ。
ドゴォン! と盛大な音とともに、巨体が一瞬で崩れ落ちる。
「カンナ、解体頼むわ!」
「本当にここで焼いて食べる気なんですか……?」
「腹が減ってちゃ力が出ねぇだろ。ほら、火を起こせ火を。さっさと食えば、それだけ早く帰れるぞ!」
「うぅ……もう好きにしてください……」
観念したカンナが深々と溜息をつき、腰のナイフを抜いてバイコーンボアの巨体に歩み寄る。
「でもこれ、解体する前にちゃんと血抜きしないと、臭くて食べられたもんじゃないですけど……それでいいんですか?」
「血抜き? 全身から血を抜けばいいのか? 吸血鬼かよ」
「誰が吸血鬼じゃい。こういうボア系の魔獣は、本来なら血抜きして、熟成させてと、いろいろ時間を掛けた方が美味しくなるんですけどね」
「そんなん待ってられるか」
「ですよねー。でも血抜きくらいはしないと、ホント食べられたもんじゃないですよ」
「仕方ねぇなぁ」
少しでも美味しいご飯を食べるためだ。そのためならば、多少の手間は惜しまないぞ!
肉を美味しく食べるための下処理なんて俺にはさっぱり分からないが、指示通り、バイコーンボアの血管内の血を消しておこう。
「はい消えたー」
「えっ……ッホントに? わ、ホントだ……」
カンナが慣れた手つきで皮を剥ぎ、見るからに美味そうな脂の乗った極上の部位の塊肉を、手際よく切り出して、驚きの声を上げた。
なんだい、嘘だと思ったのかい?
美味しいご飯のことならば、俺は嘘なんて吐かんよ。
「一瞬で完全に血抜きができちゃってますけど……これ、絶対神の摂理でやったんですか? 何ですか、その無駄に高度な権能の無駄遣いは」
俺の能力を俺がどんな風に使おうがいいだろ。
「それよりも、早く! 早く!」
「子供みたいにはしゃがないでください! ……はぁ、分かりましたよ。内臓を傷つけないように腹を裂いて……っと」
元一般人を自称する割には、サバイバル技術が無駄に高い。職人の域に達してないか、それ?
そんなカンナの腕前に見蕩れていると、でっかかったバイコーンボアは部位ごとに綺麗に切り分けられた、ここまでくると〝魔獣の死体〟から〝美味しそうな食糧〟になるな。
「はい、解体終わりっと。次は火を起こしましょう。アルさん、異空間収納に薪とかないですか?」
「薪? あったかな……? とりあえず、燃やせるもんならなんでもいいんだろ」
えーと、薪……薪……あ、なんか木があった。いつ、どこで収納した木が知らんけど、まぁ、これでいいだろ。
それを適当に切り分けて、組み上げて火を点ける。
「肉を刺す枝も手頃な太さので用意してくださいね。炙る時は火に近づけすぎないで、じっくりです!」
「任せろ!」
言われた通りに作った枝へ極厚の肉塊を深々と突き刺し、パチパチと燃える炎の上へと掲げた。
じわり──と、熱に乗せた瞬間に分厚い脂肪層が溶け出し、表面を透明な脂の膜が包み込んでいく。
ジュゥゥゥ……ッ!
豪快な音とともに、余分な脂が赤々と燃える薪の上に滴り落ちる。そのたびに「バチッ!」と小さな爆発が起き、肉を燻す香ばしい煙が立ち上った。
赤身と脂身が絶妙な層をなすバイコーンボアの肉は、熱を通すごとにキュッと引き締まり、表面には食欲をそそる見事な狐色の焦げ目がついていく。溢れ出す黄金色の肉汁が、火の光を反射してキラキラと宝石みたいに輝いていた。
「おぉ……無茶苦茶いい匂いが漂ってきたぞ」
鼻孔を暴力的に突き抜ける、野生肉特有の濃厚で野性味あふれる芳香。焦げ肉しか知らなかった俺にとって、この匂いはまさに衝撃だった。
「味付けは塩しかないですけど……って、もう手に持ってるし!」
こんな匂いを浴びせられて、我慢なんてできるもんか!
「熱い熱い! だがそれがいい! んじゃ、いっただっきまーす!」
串を握り締め、黄金色に躍る極厚の肉塊にかぶりつこうとした、まさにその瞬間だった。
ズゴオォォォォォン!
突然、蛇のようにのたうち回る極太の蔦が、俺とカンナの間──正確に言えば、バイコーンボアを焼いている焚き火を押し潰すように降ってきた。
「ふぎゃーっ!」
大袈裟な悲鳴を上げて、カンナがコロコロと転がった。
対して俺は、そんなことになろうはずもなく、けれど叩き潰された焚き火の木片と灰が、盛大に俺の真上に降ってきた。
もうね、なんていうかね、灰だらけですよ。
俺自身もそうだけど、今まさにかぶりつこうとしたバイコーンボアの串焼きも真っ白け。
あ~あ。
これはもうね、食えたもんじゃないね。
「あっ、アルさん! そ、そいつ──ッ!」
吹っ飛ばされたカンナが、何か言っている。
いやいや、いいんだって。わかってる。俺にはわかってるよ。
こんなダンジョンで、しかも災禍とかいうわけのわからないバケモノが出現している場所で、吞気に飯食ってる方が悪いんだろ?
そうだよな。そうなんだよな。
はいはい、俺が悪かったよ……なんて言うと思うか?
「野郎、ぶっ殺してやる!」
激高しちまったぜ、久々によぉ!?




