第15話 探索開始
「状況を整理しよう」
なんだかカンナがハワワワってるし、ここはいったん冷静になるためにも、俺はそんな提案をしてみた。
すでにわかりきってることでも、あえて言葉にすることで冷静になれたり、あるいは状況を打破する画期的な考えが浮かんだりするものじゃないか。知らんけど。
「ええと、まず……この深緑の迷宮には〝災禍〟と呼ばれるバケモノがいるらしい」
「そ、そうみたいですね。私も今、全知検索で確認してみました。十日くらい前に発生したみたいです」
十日前……かなり最近だな。てか、俺が人族の領土に足を踏み入れたのと同じくらいじゃないか? なんでそんな厄介なのが──って、まぁそれはいいや。
「で、その〝災禍〟を討伐しようと各国合同で、勇者も交えて動き出している──ってことで間違いないか?」
確認するような俺の言葉に、カンナがうんうんと何度も頷く。
「それで、〝災禍〟と勇者はまぁ互角ぐらいって言ってたよな?」
「そうですね、そうらしいです」
それも全知検索から引っ張ってきた情報なので、カンナは〝らしい〟と自信なさげだが、それも信じて良い話だと思う。
「んで、俺らの目的はレオンってガキから依頼されたランドタートルの肝と、ついでに金策も兼ねて甲羅を手に入れること……」
「あの、その、ランドタートルは別に、深緑の迷宮じゃなきゃいないわけじゃないですよ。なので、場所を変えてもまぁ、なんとかなると思います」
「ほほう、そうなのか」
情報を整理してみたおかげで、俺が知らなかった話も出てきたな。
よしよし、いい傾向だ。
「そういうことなら、俺たちが取るべき行動は一つだな」
「そうですね。早くここから──」
「さっさとランドタートルを狩りに行こうぜ!」
「逃げ──エエェェェェッ!?」
あれ? 同じ情報を共有してるはずなのに、俺とカンナの結論に著しい隔たりがあるっぽいぞ?
「ナンデーッ!? アルさん、ナンデェェェっ!?」
「おいおい、なんでそんな獣人族の猫人みたいな喋り方になってるんだ?」
「なるわ! なるに決まってるでしょ! なんで〝災禍〟が出現した場所でのんびり狩りしなきゃならないのよ!?」
「いやいや、別にのんびりとは言ってない。さっさと狩りに行こうって言ったんだぜ?」
「危機感の欠如……!」
カンナはどういうわけか『参ったねこりゃ~』みたいな顔をしてるけどさ、何をそんな、怯えなくちゃいけないというのかね?
「違うでしょ、アルさん! 違いますよ! 重要視するのは急ぐ、急がないってことじゃないですからね! 今っ! ここにっ! 〝災禍〟っていうバケモノが出現しているってことですよっ!」
あー、はいはい。わかってるわかってる。〝災禍〟ね。うん、この深緑の迷宮にね、いるよね。
大丈夫、俺ちゃんはちゃんとわかってる。
「ぱーっと行って、さーっと狩って、だーっと帰れば平気じゃね?」
「この人、絶対に川が増水したら田んぼの様子を見に行くタイプだ」
「大丈夫、大丈夫。意味はわからないけど大丈夫。何かあっても、俺が絶対におまえのこと守ってやるゼ!」
「なんだろう……なんだろうなぁ。一般的に、女子が男の人に言われたら胸がときめくセリフのベストテンに入ってるだろう言葉なのに、アルさんが同じこと言っても殺意しかわいてこないなぁ!」
ええいっ! ああだこうだと文句ばっかり言うのはやめていただきたい。
そもそも、いったいなんのために二日もかけてこんな場所までやってきたと思ってるんだ。予定とちょっと違うからって、すごすごと逃げ帰れるかってんだ。
「ほら、〝災禍〟が出てくる前にさっさと行くぞ」
「いーやーっ! 離してえぇぇぇぇっ!」
ジタバタと暴れるカンナを小脇に抱えて、俺は深緑の迷宮の〝迷宮〟らしい領域へとついに足を踏み入れた。
■□■
「……なるほど、まさに深緑の迷宮だな」
迷宮の入口と言われているアーチ状の穴をくぐった先は、どこに目を向けても緑に覆われたダンジョンだった。
足下は芝に覆われて柔らかく、壁は表面を平らに整えられた生け垣っぽい植物でできている。
上を見上げれば、背の高い木々に覆われて空が見えない。それだと日の光が届かずに暗いのかと言えば、生け垣自体がぼんやり光っているのでそういうわけでもなかった。
昔、魔族領で拾った人族の庭園様式が描かれた本に、生け垣で作った迷路とやらがあるらしいが、ここはその迷路の規模を大きくしたような場所だった。
「な……何よ、これ……?」
俺が迷宮の様子に感心していると、小脇に抱えたカンナが唖然とした声を漏らした。
「どうした?」
「以前にも私、深緑の迷宮に来たことがあるんですけど……入口からこんなに緑が深くはなかったんです。これじゃ中層域──ううん、深層域に近い雰囲気ですよ」
ほう……。
ということは、この一面の緑は深緑の迷宮本来の姿と違うってことかな?
「もしかして、これも〝災禍〟が出現した影響とか?」
「かもしれません……って、ちょっと降ろしてください!」
「わかったわかった、逃げるなよ」
ジタバタと暴れられて煩わしいので、俺はポイッとカンナを地面に降ろした。
いくらなんでも、迷宮の中に足を踏み入れたんだ。今さら逃げ出したりはしないだろう。
「それで、ランドタートルはどの辺りにいるんだ?」
「水棲の魔物なんで、川とか沼、泉みたいな水辺にいるはずです──って、ホントに行くんですか?」
「今さら後込みすんなよ。そうやって躊躇った分だけ危なくなるんじゃねぇの?」
「うぅ~……」
その一言で、ようやくカンナも覚悟を決めたらしい。渋々といった態度はそのままだが、ようやく前に進み出した。
「こうなったら仕方ない。あたしも覚悟決めました! とっととランドタートルを狩って帰りましょう!」
「そう来なくっちゃな。で、水辺ってのはどっちだ?」
「ええと確か……ランドタートルが生息してる水辺は、ここからだと左手側の奥へ行った場所ですかね。大きめの池があります」
「よし、行くぞ」
ダンジョンと言えば聞こえはいいが、ここはなんというか、道なき道のジャングルだ。
頭上を埋め尽くす巨大な葉や太い枝のせいで日の光は届かず、昼なのか夜なのかも分からなくなる。だが、暗闇というわけではなく、周囲の植物や苔自体がぼんやりとした緑色の光を放っている。
静寂が満ちているかと思いきや、時折遠くから「ギチギチ……」と不気味な葉擦れの音が聞こえてきた。
覚悟を決めたカンナではあるものの、時折ビクッと肩を揺らし、蔓や枝を押し分けながら周囲を警戒している。
もっとも、俺の絶対神の摂理の領域内に入ってくるものは何ひとつない。
たまに何か小さな害虫やら不気味なツルやらが迫ってきたような気もするが、触れる前に霧散しているので気にするだけ無駄だ。
「あ、見えましたよアルさん。あそこです」
視界がふっと開けた。
うっとうしいジャングルを抜けた先には、広大な池が広がっていた。
水面は不気味なほど澄み渡っているが、その岸辺には大きな岩のようなものがゴロゴロと転がって……いや、岩じゃねぇな。
「あれがランドタートルか?」
「ええ、あの岩みたいな甲羅を持ったのがランドタートルです。本来なら前衛が攻撃を誘導して、硬い甲羅に閉じこもったところを後衛が魔法でじわじわ焼き殺すのが定石なんですよ」
「おぉう……丸焼きにしちまうのか……」
それはそれは……なかなか過激な倒し方だな。
「なんせ甲羅がむちゃくちゃ硬いですからね。アダマンタイト級の堅さがあるって言われてます。そんな防御力に加えて、あの巨体でしょ? 下手に近づくと巨体から繰り出される体当たりや、鋭い嘴の噛みつきで、こっちが死んじゃいます。パーティを組んだ四等級冒険者でも、しっかり連携を取らないと倒せない相手なんですけど……」
「そんな硬いのか」
試しに近づいてみれば、俺の気配に気づいたランドタートルの群れが一斉に睨みつけてきた。中でも一番デカい個体が、嘴をカチカチと鳴らしながら俺の首元へ喰らいつこうと巨体に似合わぬ素早さで巨頭を伸ばしてきた。
「うおっ、危ねぇ!」
反射的にぶったたいたら、ランドタートルの頭が変な方向へねじ切れた。
ズズ……ン! と、大きな音を立てて巨体が沈む。そしてそのまま動かなくなった。事切れたらしい。
「脆すぎだろ!」
なんだか巨大で無害なドンくさい亀を一方的にいじめて殺してしまったかのような、底はかとない罪悪感を覚えてしまった。
なんだか、とてもいたたまれないぜ……。




