第14話 蹂躙の気配
なだらかな草原を進んでいると、遠くの方に盛り上がった緑の景色が見えてきた。
「あっ! アルさん、見えてきましたよ。あの森が深緑の迷宮です」
「森じゃん」
声に出してみたら、ますます単なる森にしか見えなくなった。少なくとも、〝深緑の迷宮〟なんぞと仰々しく語られるような、ご立派なダンジョンには見えない。
「そういえば、アルさんはダンジョンを見るのは初めてなんでしたっけ」
俺が率直な感想を口にすれば、カンナからそんな言葉が返ってきた。
「どうやら迷宮ってのは、成長するらしいんです」
おやおや? なんだか妙なことを言い出したぞ。
「えーっと、迷宮の正体がパンデモニウムっていう、神様になり損なった怪物ってことはお話しましたよね? 怪物──つまり生物ですから、そりゃ成長しますよね?」
「あー……つまり迷宮ってのは、日々拡大し続けてるってこと?」
その通りと言わんばかりに、カンナは頷いた。
「地中に広がる迷宮なら地下へ向かって拡大していくんですが、ここは深緑の迷宮。鬱蒼と茂る木々が行く手を阻むダンジョンです。木々を生やして自分の領地を広げていくみたいですよ」
「それだったら、いずれは地上すべてが深緑の迷宮になっちまうんじゃねぇの?」
「外輪部は人間で言うところの爪や髪だと思ってください。放置してればどんどん伸びていきますけど、切っても痛みは感じないでしょう? 人間は生活の場を開拓する生き物ですから、深緑の迷宮が侵食しきる前に木々を伐採しちゃうんです。だから地下へ広がる迷宮とは違って、そこまで拡大はしません」
なんともまぁ、上手くできてるもんだ。
「世間的に言われている深緑の迷宮は、もう少し先です」
カンナに案内される形で、深緑の迷宮と称される森へと近づいていく。周囲の景色が、草原から背の高い木々が目立つようになってきた。
「……ん?」
なんか今、変わったな。
「どうかしましたか?」
俺が小さく声を漏らしたからか、カンナが声を掛けてきた。
「今そこで、何かが俺の領域に触れて消えたっぽいんだよな」
「あー、そっか。アルさんには絶対神の摂理がありましたっけ。たぶん、その〝何かが触れた〟って場所が、深緑の迷宮の入口だったんだと思います」
「えっ、そうなの?」
それはまた、なんというか……もの凄く奇妙だな。
普通、どこかの場所に行っただけで俺の領域が反応することなんてないし、何より〝迷宮〟と名が付く割には、目の前に広がってる景色は普通の森──いや、林道って感じしかしない。
「まぁ、実際の入口は一目で『入口だ』ってわかる形になってますよ」
カンナが言うように、足を前へ進めるごとに緑がどんどん深くなってきた。それに合わせて道も整備されたものから踏み固められただけのもの、そして獣道みたいに伸びた草木をかき分けただけのものに変わってきた。
そして──。
「……あ、見えてきました」
──そこだけ、不自然に整地された広場みたいになっていた。
広さとしては、なんだか闘技場の舞台くらいだろうか。周囲は鬱蒼とした木々に囲まれているのに、そこだけは地面の土が剥き出しになっている。
そして、正面には樹木で作られたアーチがあった。
「あそこのアーチから先が、世間一般で深緑の迷宮と呼ばれているところになります。この場所は迷宮に入る前の準備場っておtこですかね? 幾人もの先人達が、ここで準備したり、あるいは拠点にしたりていたせいで、草木が生えてこなくなったって言われてます……けど、おかしいですね?」
なんのことやらよく分らないが、周囲をキョロキョロと見渡すカンナは首を傾げている。
「何がだ?」
「いや、冒険者ギルドで言ってたじゃないですか。人族が主体になって各国合同の演習を、深緑の迷宮で行うって。なのに、その兵隊さんたちが一人もいないし、拠点も築いてない」
「まだ来てないんじゃないか?」
「えぇ~……そうかなぁ?」
カンナは首を傾げながら、土が剥き出しになった広場をそぞろ歩き、周囲をキョロキョロと見渡している。そんな気にするもんかね?
「国を挙げた合同演習って言ったら、それなりに大掛かりなはずですよね? 立ち入り禁止の立て札の一つくらいあってもおかしくないのに……」
「おい、カンナ。これ見てみろよ」
俺は広場の端、鬱蒼とした大樹の根元を指差した。
「ん? なんですかこれ……金属の屑?」
カンナが屈み込んでそれを拾い上げる。
歪にねじ切られた、頑丈そうな胸当ての破片だ。なんだってまた、こんなところで防具を脱ぎ散らかしてんだか。
しかも、表面から青々とした草の芽が突き出しる。
なんだなんだ、最近の冒険者は防具をお洒落に飾るのが流行ってるのか?
「壊れた防具を捨てて行ったのか? こっちにも何かあるぞ」
足元を踏みしめると、カツンと嫌な感触が足裏に届いた。
なんだなんだと落ち葉を足で退けてみれば、切り出された石材の欠片やら、真っ二つに折れた長槍の柄やらがゴロゴロと散乱している。
「ここ、深緑の迷宮の入口なんだよな? ここで戦闘でもあったってことか?」
「どうなんでしょう……?」
俺の疑問に、カンナも首を傾げている。
「んー……ん?」
何かに気づいたのか、カンナが放置されてた野営具の一つに駆け寄った。
「んんっ!?」
「どした?」
後を追いかけて声を掛けると、カンナが調べていた野営具には樹木をモチーフにした紋章らしき刺繍が施されてあった。
「これ、人族の王家の紋章ですよ。……あっ! あっちの荷物にも描かれてる」
王家の紋章? へぇ、そんなものがあるんだ。……俺が魔王だった頃には、そんなの作ってなかったな。
うぅ~ん、作っときゃよかった。
だって、格好いいじゃん?
「で、その紋章が描かれてるってことは、つまりこの野営具の持ち主は人族の王家にゆかりがある奴だったってことか?」
俺の考えは正しかったらしく、カンナは頷いた。
「普通の冒険者は、王家の紋章入りの荷物なんて持っていません。たぶんこれは王家直轄の騎士団とか、そういう人たちの荷物なんじゃないでしょうか」
騎士ねぇ……。
なんとなく、カンナが言いたいことがわかってきたぞ。
「つまり、自分が仕える主君の家紋入りの道具を放置してるのはおかしいと、そう言いたいわけだな?」
「ええ、まぁ……」
「気にしたって仕方ないんじゃねぇの?」
深刻そうな顔をしているカンナに、俺はそう言った。
「なんか理由があったのかもしれないし、そもそも俺らには関係ないし」
「そう言われちゃうとその通りなんですが……」
カンナはそれでも難しい表情を浮かべたまま、さらに「うーん」と唸った。
「ちょっと調べてみます」
「調べるって、そんな面倒な……って、おまえの場合はすぐにわかるのか」
全知検索で一発だもんな。
とは言え、物好きってことには変わりないけど……ん?
「……ぅえっ!? あっ、アルさん! ここ──」
「ああ、うん。俺にもわかった──おっと」
「うきゃっ!」
カンナが悲鳴を上げる。
そりゃあ全知検索を見てたらしいところから、現実に視線を戻した直後、目の前にウネウネとうねる丸太くらいの太さがある触手が猛スピードで迫ってくれば、驚くよな。
もっとも、何かする前に俺の絶対神の摂理の領域内に入ったもんだから消し飛んだけど。
……消し飛んだってことは、こっちに敵意や悪意があったってことか?
「あー……つまり、あれか」
今のはなんか、魔獣って感じがしなかった。魔獣以外のバケモノかなんかだろう。
そしてこの場所には、王家の紋章が刻まれた荷物が放置されたまま。
おまけに……ええと、なんだっけ? 魔族以外の種族が集まって、勇者の力も借りて倒す災禍とか言うのが出現してたんだっけ?
答えは考えるまでもないね。
「こりゃマジで災禍ってバケモノが、ダンジョンにいる……のか?」
なんだか面倒なとこに足を踏み入れちまったなぁ……。




