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魔王様は『もっと!』美味しいご飯を食べて暮らしたい  作者: にのまえあゆむ


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閑話 侵蝕する緑

 先日の世界会議にて、人族の王マルシュタットの呼びかけに応じた各氏族は、勇者シヲリ率いる本隊が到着するまでの事前準備として、各種族からなる連合の先遣隊を現地へ派遣することで合意した。


 目的の地は深緑の迷宮。そこに即席で築かれたのは、各種族から集められた先遣隊の調査警戒拠点である。


 岩窟族の土木技術による簡易的な石造りの砦。

 耳長族が施した索敵・防衛用の結界魔術陣。

 そして、前線で周囲を警戒するのは、鬼人族の部隊と人族の兵士たちであった。


「……ふぁ~あ。やってらんねえなぁ」


 仮設天幕の前で、先遣隊の隊長を務める人族の男は、退屈そうにあくびを噛み殺した。

 上からの命令で急遽こんな辺境へ送られてきたものの、現場は拍子抜けするほど静かだ。


「隊長、あんまり露骨に欠伸しないでくださいよ。エルフの連中が白い目で見てますから」


 副官の男が苦言を呈するが、その表情は緩みきっている。彼もまた、今回の遠征に懐疑的な気持ちを隠せずにいた。


「おまえだって不抜けてるじゃないか」

「まぁ……実際、何にも起きていませんからね」


 ここ、深緑の迷宮で災禍の存在が確認されたと上は言っていたが、実際に現場に赴いてみれば、低級ランクの冒険者向けダンジョンという、従来通りの空気感しか漂っていない。


 人類種の連合部隊に加わるような兵士であれば、低級者向けダンジョンなんぞで緊張感を保てという方が難しい。


「……なあ、上は災禍がどうとか言ってたが、お前、そんなもん見たことあるか?」

「あるわけないでしょう。数百年前に現れたとかいうお伽話ですよ。だいたい、災禍なんて言葉自体、俺たち現場の兵士にしてみりゃピンと来ねぇですし」


「だろ? どうせ上が大げさに騒いでるだけだ。『勇者様が出張るほどの凄まじい魔物が現れた』なんて言ってるが……本当かねぇ? 政治的なパフォーマンスの匂いしかせんよ」


 隊長がつまらなさそうに吐き捨てると、周囲の兵士たちからも同意の苦笑が漏れた。


 鬼人族の兵はあからさまに暇そうに刀を砥ぎ、耳長族の魔術師たちもどこか集中を欠いた様子で世間話に花を咲かせている。

 各種族から集められた先遣隊とはいえ、実態は本隊が来るまでの形ばかりの留守番だ。緊迫感など、ハナから存在するはずもなかった。


「まあ、本隊と勇者様が到着して『やっぱり何もいませんでした』で終わってくれりゃ、俺たちの手柄にもなる。気楽にいこうぜ」


 隊長が部下の肩を叩き、笑い飛ばした――まさにその時だった。


 ――ズズズ、と。


 大気を震わせるような、不気味な重低音が足元から響いた。


 風が止む。


 鳥の囀りも、虫の鳴き声すらも、一切の音が森から消え失せた。


「ん? 地鳴りか……?」

「まさか……本当に魔獣が?」


 兵士が怪訝な表情を浮かべた、その直後。

 拠点の前線から凄惨な絶叫と狂乱の悲鳴が上がった。


「ぎゃああああああああああっ!」

「なっ、なんだこれ? なんなんだ、これは!? う、うわぁぁぁぁぁぁっ!」


 あちこちから悲鳴と怒号が響き渡る。

 体調を含め、天幕にいた全員が外へ飛び出せば、そこは景色が一変していた。


 植物だ。


 世界が、一瞬にして植物に塗り潰されていく。

 深緑の迷宮から溢れ出したのは、魔獣でもなければ、通常の植物でもなかった。

 生命エネルギーが異常なまでに極限加速した深緑の浸食――自然そのものが意思を持ったかのような、植物の暴走だった。


「な……なんだ、これは……!?」


 隊長の目が点になる。目の前で起きている惨劇を、脳が理解を拒絶していた。

 岩窟族が自慢の技術で組み上げ、大砲の直撃すら耐えるはずの頑丈な石砦が、地面から爆発的に伸びた太い根によって内側から紙屑のように易々と破砕されていく。


 石造物は樹木の養分として瞬く間に分解され、跡形もなく崩れていく。

 さらに恐ろしいのは、その植物たちの侵食の速度だった。


 兵士たちが構えていた鉄製の武器、身に着けていた頑丈な鋼の鎧、陣地を囲む木柵――それらすべてから、恐ろしい速度で芽が吹き出し、太い蔦や樹木へと急成長を遂げる。


「ぐあぁぁぁっ! 鎧が、鎧が締め上げてくるっ!」

「槍を捨てろ! 武器が植物に――ひぐギャァァっ!」


 金属すら養分に変えて暴走する植物は、それらを身に着けている兵士ごと全身を締め上げ、骨を砕き、肉を喰らっていった。


「退避! 全員、後方へ退却せよ!」

「だ、駄目です! かっ、身体が……俺の身体が、植物に――」


 耳菜が族が張った結界魔術すら、何の意味もなさなかった。

 魔術の波長すら養分にするかのように、芽吹いた大樹が魔力を吸い上げ、一瞬で結晶化させて砕いてしまう。


 鬼人族の兵たちが慌てて振り下ろした刃も、肉体を驚異的な速度で再生・巨大化させる無制限の〝植物〟の前にはただの微風に過ぎない。


 上からの命で集められた各種族の技術や道具、そして兵士たち――それら文明の産物のことごとくが、巨大な樹木の養分として急速に分解され、自然のサイクルへリサイクルされていく。


「災禍って……こんな……こんなの、どうしろって……っ!」


 勇者が出張るほどの魔物――そんな生ぬるい認識は、一瞬で打ち砕かれた。

 これは戦闘ではない。ただの蹂躙だ。

 緑が──植物が、生命を、文明を飲み込んでいく。


「う、あ……あ……」


 腰を抜かした隊長の目の前で、油断しきっていた先遣隊の拠点は、わずか数分で跡形もなく消滅した。

 あとに残されたのは、かつてそこに人がいたことすら誰も信じられないような、鬱蒼と生い茂る原始の巨木群のみ。


 世界を塗り替える災禍の一つ、深緑の浸食が、本隊の到着を待たず、静かに、しかし確実にその領域を拡大し始めていた。

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