第13話 深緑の迷宮へ
冒険者ギルドを介さず、レオン少年から直接依頼を受けた俺たちは、携帯食や傷薬といった迷宮探索に必要な荷物をまとめると、貸し馬を借りてさっそく出発した。
どうやら人族の世界では。長距離移動に貸し馬を使うのが一般的らしい。
そんなもん使わずに短距離転移で移動した方が速いだろ、とカンナに提案してみたら、しおしおした顔で拒否られた。
うん、まぁ、仕方ない。
そういうわけで馬で移動することになったのだが、深緑の迷宮はケテルの街から南西に百二十キロほど離れた場所にあるという。
かなり遠い。そんな距離を一頭の馬で立て続けに走り続けたら潰してしまう。
というわけで、街道で二十キロ間隔くらいに貸し馬屋があるとのこと。
そういう店は冒険者ギルドのように〝運行ギルド〟とやらが取りまとめているようで、陸路のみならず海路も管轄らしい。
旅人とかはそういう運行ギルドで馬を借り、先を急ぐなら乗り継いだりできる。いちおう、宿を借りたり旅の必需品とかも購入できる施設もあるみたいだ。
そういう話をカンナから聞いて、俺は「へー」って素直に感心してしまった。
さすが、他人との繋がりが種族の強味と言われてる人族だ。面白い方法を考えつくもんだね。魔族からは絶対に出てこない発想だよ。
そんな運行ギルドの馬を借りた俺たちの目指す深緑の迷宮は、移動でだいたい二日はかかる距離らしい。
それでも、ちと遠い。
「そんなに時間を掛けて、あの小僧の母親は大丈夫なのか?」
深緑の迷宮への移動がてら、俺が話す話題で選んだのはそのことだった。
だってねぇ、片道で二日、往復だと四日だぜ? 何より、目当てのランドタートルが見つからなければ何日かかるかわからない。すぐに見つかったとしても、まぁ……五日以上は掛かると見て間違いない。
「たぶん、大丈夫ですよ。調べてみたら、レオンくんのお母さんが罹っているのって魔素熱らしいので」
「まそねつ?」
「体内の魔力バランスが崩れて体調を崩す病気らしくて。普通の解熱剤や治癒魔法じゃ根本解決にならないんです。それを中和できるのが、高い魔力浄化作用を持つランドタートルの肝から作られる特効薬なんですよ」
「ほほう、そんな病気があるのか。てか、よく知ってるな?」
「全知検索で、レオンくんの母親のことを検索したら出てきました」
「そんなことまで調べられるのかよ」
あまりにも規格外な検索能力にちょっとドン引きしてしまうが、よくよく考えたら俺のこともあっさり調べ上げてたな……。
改めて、とんでもない固有技能を持ってるなぁ。
「じゃあ、その出歯亀技能で、なんで深緑の迷宮が封鎖されてるのかもわかってたりするのか?」
「あー……まぁ、一応」
「ほう?」
おやおや、何かな? その奥歯に物が挟まったような、絶妙に言葉を濁すような反応は。
「おい、何を隠してる?」
「や、別に隠してるわけじゃないですけど……どうやら、数百年ぶりに〝災禍〟が出現した可能性がある──と」
「災禍?」
「知りません? なんか意思ある自然災害みたいな位置づけで、ひとたび出現すると世界に大きな損害と不幸をもたらすって言われてるんですよ」
「ははは。魔族に数百年前の歴史なんて残ってるわけねぇだろ」
利己主義で刹那主義な魔族だぞ。わざわざ魔族全体の歴史を残そうとする酔狂な奴はいないし、仮にいたとしても、後に続く奴がいなけりゃ時間の流れに埋もれるわ。
なので、当然のことながら数百年に一度現れるかどうかっていう災禍とやらを知ってるわけがない。
「歴史も残せないのに、なんでそんな自慢げなんですか……」
すっかり呆れられてるが、事実そうなんだから開き直るしかないじゃないか。
「ともかく、そういうヤバいのが出現したらしいから、魔族以外のみんなで力を合わせて倒すってことになってるらしいです。そこにはどうも、勇者も参加するみたいで……」
ふーん、あいつがねぇ……だったらまぁ、なんとかなるんじゃないですかね?
なのにカンナは、どこか浮かない顔をしている。
「なんだよ。もしかして、勇者がいてもヤバそうな相手なのか?」
「や、どうでしょう。全知検索で調べてみたら、シヲリちゃんと災禍は互角の強さらしいですけど、そこには相性もありますからなんとも」
「ふむ……さすがに全知検索でも、将来の安否までは調べられないか」
「え? できますよ?」
「えっ?」
「ただ、未来の結果は情報量が膨大すぎて把握しづらいんですよ。未来の出来事には〝揺らぎ〟ってのがあるらしく、例えばアルさんの将来を調べたりしたら、実現する確率が、高い順から何億項目にも分かれて表示されちゃうんです」
「マジかよ……」
「ええ、まあ。でも、そんなのをいちいち読んでられませんよ」
カンナはそう言って笑うが、いやいやそういうことではなくて。
それってつまり、カンナの全知検索には、良い未来、悪い未来に分岐していくポイントさえ調べられるってことだろ?
しかもそれが、自分だけじゃなくて他人の未来でも把握できる?
何それ反則じゃん……。
いちいち読んでられないって言うけど、読み切れないわけじゃないんだよな?
だったら、他人の行く末を全知検索で調べ、悪い方向に導くこともできなくはないってことだろ?
ひょえー……。
ちょっと洒落にならないので、カンナには黙っとこう。変に自覚を持たれると、俺でも手が付けられなくなりそうだ。
冗談で言ってないよ?
だってさ、俺がどんな行動を取ったとしても──それこそカンナに敵対したとしても、そうさせることが俺に都合が悪い未来を選ばせた結果かもしれないし。
誰にも見ることのできない未来の結果を事前に知ってる相手に、いったい誰が勝てるって言うんだよ……。世界の運命さえ自在に操る〝運命の神〟ってのに、喧嘩を売るようなものじゃないか。
「カンナ……頼むから俺の未来は調べないでくれよな」
「だからやりませんて、そんなこと」
できれば一生、そうしていただけると有り難い。
「まぁ、なんだ。今日、明日でどうにかなる病気じゃないのなら、俺らは俺らの仕事の心配でもするべきか」
「ですねぇ。ランドタートルが首尾良く見つかればいいんですけど」
自覚を持たせないように全知検索の話題から話を逸らしてみれば、カンナは簡単に乗ってきた。
もしかすると、こいつには存外、チョロいのかもしれない……。




