第12話 少年からの依頼
「なんだ、あの小僧? なぁんで冒険者ギルドの前で、冒険者に声かけてんだ?」
俺は腕を組み、怪訝そうに目を細めて少年を眺めた。次から次に冒険者へ声を掛けてはあしらわれているようだが、それだけに必死さが見て取れる。
「あー……あれじゃないですか? ギルドに依頼を出すにもお金って掛かるんですよ。その手数料が足りないから、直接冒険者に声をかけてるって感じじゃないですかね?」
「いいのか、それ?」
それがまかり通るなら、わざわざ冒険者ギルドを間に挟む必要がないように思う。
「懇意にしている商人や鍛冶師と直接契約を結ぶのはダメじゃないですよ。冒険者ギルドを間に挟むのは、まぁ、保険ですかね。報酬を先にもらってバックレるヤツも、いないわけじゃありません。もちろん、その逆も」
「はぁ~ん、なるほどね」
「なので、あんな風に誰彼構わず声を掛けるのは悪手としか言いようがありませんね。ただまぁ、子供が必死になってるだけですから、どうせ大した報酬も出ないでしょう。相手にするだけ時間の無駄だと……むむっ」
などと自分で言っておきながら、舌の根も乾かぬうちに少年の方へ近づいていったんだが……ここまで盛大に矛盾した行動を見せられたのは初めてだ。
「ねぇ、キミ? どうしたのかな?」
「あっ、あの! お願いします! 母さんを助けてください!」
「はいはい、大丈夫よ。詳しく話してみなさい」
涙ながらに訴えかける少年に、カンナは詳しく事情を聞き出した。
少年の名前はレオン。ここケテルの街で暮らす商人の息子らしい。
そんなレオンの母親は重い病に倒れており、医師やら治癒術士やらに見てもらったものの、特効薬のキモとなる素材が手に入らなかったようだ。
その素材は、ランドタートルという魔獣の肝らしく、森の奥地に生息しているらしいのだが……。
「ランドタートルって、そんな珍しい魔獣なのか?」
「まぁ、そこいらの森ですぐ出会える魔獣ではないですね」
「はぁ~ん」
それで素材は品薄状態。加えて、森の奥地は深緑の迷宮に近く、件の各国合同演習のせいで狩りにも行けない。父親は必死になってランドタートルの肝を探しているようだが、いまだに入手出来ていないようだ。
だからこそ、レオン少年は藁にもすがる思いで冒険者に直接頼み込んでいた──というのが今の状況である。
「なるほどねぇ」
そんな少年の事情を聞きながら、俺は正直なところ『面倒臭そうだな』とぼんやり考えていた。
親が病気だからって、見ず知らずの冒険者にすがるとは……これが人族の情愛ってヤツなのかね。魔族では考えられない行動だ。
これぞ〝文化の違い〟ってヤツだな。
それにしてもカンナのヤツ、なんだってわざわざ小僧に話しかけたんだ? さっき自分で「時間の無駄」とか言ってたくせに。
「……おい、カンナ。どういうつもりだ? こういうのは大体、引き受けてもロクな報酬が出ないパターンじゃねぇの?」
俺がやれやれと肩をすくめて見せると、カンナはふっと余裕の笑みを浮かべて少年の肩に優しく手を置いた。
「なに言ってるんですか、アルさん。困っている子供を見捨てるなんて、そんな無慈悲な大人はお肌に悪いですよ」
「無慈悲な大人とお肌の善し悪しについて、詳しく説明してくれ」
「それにですね」
カンナは俺に向かって、片目をパチリとウインクしてみせる。
「ランドタートルは森の奥深くに生息してるんです。もしかするとぉ、道に迷ってぇ、入っちゃいけないとこに迷い込むかもしれないですねぇ」
「はぁ?」
なんなんだ、そのわざとらしい言い回し……って、こいつ、まさか――。
「ふっふっふ。母を想う健気な少年のため、心優しいあたしたちはあえて規律を破り、人助けに奔走するのであった……!」
「いや、美談にしてるけど、規律破りの事実は変わらんぞ……?」
そんな俺の真っ当な意見をまるっと無視するカンナの瞳には、純真無垢な子供に見せてはいけない下心と野心が見え隠れしているような気がする。
国が封鎖しているからどうした! と、魔族もびっくりの無法っぷりは、さすが元勇者パーティのバックアップ要員だ。
肝が据わっているというか、単に面白がりたいだけというか……。
「バレた時の言い訳、ちゃんと考えてんだろうな?」
「人聞きが悪いですね。私たちは純粋に、この少年の母親を救うために奔走する心優しい冒険者コンビですよ。結果的に、その過程で偶然にも深緑の迷宮に迷い込むかもしれないってだけの話です」
しれっとした顔でとんでもない暴論を吐くカンナに、俺は思わず呆れたため息を零した。
だが――。
「まあ、いいか」
どうせ当面は禄な仕事もないっぽいし、暇を持て余すよりはマシだろう。
「わかったわ。それなら、あたしたちがランドタートルの肝を取ってきてあげる」
「えっ! ほっ、本当ですか!?」
「ええ、約束するわ。だからあなたは、お母さんの傍に居てあげなさい」
「わかった! ありがとう、お姉ちゃん! おじちゃん!」
手を振りながら笑顔で去って行くのはいいが……何やら最後に不穏当な捨て台詞を残していったな?
「……なぁカンナ。あの小僧、俺の方向いて『おじちゃん』って言わなかったか?」
「言いましたね。バッチリ、ハッキリと」
「嘘だろ……。俺は魔族の年齢で言えばまだ働き盛りの青年だぞ? 人族の数え方に直したって、せいぜい二十代半ばの好青年のはずだ!」
「子供って残酷ですねー」
「ぐぬぬぬっ!」
おーけー、落ち着け俺。
そう、相手は子供なのだ。善悪の分別が付いていないただのクソガキだ。そんな相手の言葉にいちいち怒ってたら余裕のある大人の威厳が消し飛ぼうってもんじゃないか。
ふーふーふー。
「まぁまぁ、おじさん。さっさと深緑の迷宮へ行きましょう」
「誰がおじさんじゃ、ゴルァ!」
「痛っ! 痛いイタイ痛い! 乙女の頭を鷲づかみしないでぇえぇぇえええっ!」
カンナの頭をわしわしと力任せに撫で回してやると、キャンキャンと犬のような悲鳴を上げたので、満足してパッと手を離してやった。
ボサボサになった頭髪を涙目になりながら整えるカンナ。自業自得である。
「しかしおまえ、単なる親切心から依頼を受けたわけじゃないんだろ?」
「おや、気づきましたか」
「そりゃあ、まぁ」
おそらく、カンナは小僧のことを全知検索で調べたんだろう。結果、話を聞くまでもなく、母親の病気のことやランドタートルの肝が必要だということまでわかっていたのだと思う。
「けど、事情がわかっていたにせよ、あんま金になりそうもない依頼だぜ? わざわざ受ける理由はなんだよ。冒険者ギルドを通しての依頼じゃなねぇから、評価の対象にもならない仕事だ。安請け合いの銭失いってことになるんじゃねぇの?」
「甘いですねぇ、アルさん。甘々の甘ちゃんですよ」
「なんだと?」
「あたしがただの善意で動くわけないじゃないですか。ちゃんとお金以上の『見返り』があるから受けたんですよ」
「へぇ、見返りねぇ。例えばどんな?」
「全知検索で調べたところですね、あの少年の家――つまり依頼主の商人は、実は東方からの輸入ルートを持ってる貿易商なんですよ」
「……それが?」
「そのルートでしか手に入らない希少な調味料や食材があるんですよ! 醤油とか、お米とか、味噌とか!」
醤油!? お米!? 味噌!?
なんだその、名前を聞いただけで絶対に美味いとわかる未知の響きは……っ!
「母親の命を救った命の恩人ってことになれば、感謝の印としてその特製調味料を安く譲ってもらえる、あるいはタダで分けてもらえる約束を取り付けられるってワケです! これぞ一石二鳥、至高のご飯への近道ですよ!」
「おおおおおっ……! カンナ、お前……天才かよっ!?」
「ふふん、見直しましたか!」
なるほど、そういうカラクリだったか!
ただの情けで子供を助けるお人好しじゃなく、将来のへの投資だったとは……流石は全知検索を持つ女、考えることが抜け目ない。
「おまけにですね、ランドタートルは甲羅は素材として高級品なんです。あの子が欲しいのは肝なので、甲羅はこっちで頂いちゃいましょう。お金もガッポガッポですよ!」
「そこまで計算していたとは……」
カンナ・キサラギ……恐ろしい女だぜぇ。
「それじゃアルさん、行きましょう! 貴重な調味料とお金のために、深緑の迷宮へ!」
「小僧のためじゃねぇのかよ」
魔族の俺でも、思わず突っ込まずにはいられなかった。




