第11話 依頼がない!
俺らが冒険者ギルドにたどり着くと、依頼が張り出される掲示板の前には多くの冒険者が集まっていた。おそらく、少しでも割の良い依頼を手にしようとしている連中だろう。
そりゃあ誰だって、簡単で報酬の高い仕事を選びたいもんな。
「うげ……出遅れちゃったかも」
その人山の多さに、カンナがげんなりした表情を見せる。
「……俺が歩いたせいとか言わないよな?」
「そこまで性格悪くありませんよ。ただ、今日はちょっと人の数が多い気がします。何かあったんですかね?」
そこまでじゃないにしても、性格悪い自覚あったんだ……?
まぁ、余計なことは言うまい。
それよりも、なんだってこんな賑わってるんだ? なんか美味い話でもあるのかね? ちびっ子のカンナじゃ、この人混みの多さでは依頼内容の確認もできなさそうだ。
「おまえ、ちっちゃいんだから潰されるなよ? 俺が探してみるから、ちょっと下がってろ。あ、ダンジョンの名前ってなんかあるのか?」
「あ、はい。深緑の迷宮です」
「深緑の迷宮ね。どれどれ……」
依頼書の内容にザッと目を通してみたが、深緑の迷宮とかダンジョンとか、そういう場所に出向かなくちゃいけないような依頼は見当たらない。
「なさそうだぞ?」
「えぇ? そんなバカな。ダンジョンは素材の宝庫ですよ。難易度の差はあれど、一件もないのはおかしいです。探すんだったら、ちゃんと探してください」
人を背後からバンバン叩きながら抗議するのはやめてほしい。地味に痛いぞ?
「いや、ないものはないぞ。おまえも見てみろ」
「見てみろって言われても見えないですし」
「ったく、しゃーねぇなぁ」
これだから、ちびっ子は。
「ほら、これで見えるだろ」
「わっ! ちょっ!?」
カンナの両脇を抱えて持ち上げてやれば、嫌がる猫みたいに暴れ出した。
「ええい! 暴れんな!」
「だっ……あれ? 確かにダンジョン関連の依頼はないですね」
宙吊りにされたまま掲示板を覗き込んだカンナは、ジタバタと足を暴れさせるのをやめて、目を丸くした。
「だろ? 俺の言うことに嘘はねぇよ」
床に下ろしてやると、カンナは自分の服の裾をパタパタと払いながら、ジト目で俺を睨みつけてきた。
「その前にですね? アルさんは年頃のレディに対する扱いが雑すぎやしませんかね?」
「え、年頃のレディ?」
「そうですよ! 毎度毎度あたしのことを荷物みたいに扱ってぇ~っ! 持ち上げるにしても、やり方ってもんがあるでしょうが! 腕に座らせるようにして持ち上げるとかさ。エスコートの精神はどこいった!」
「重量オーバーの荷物を運ぶような持ち方しかできねぇよ」
ぺしぺしと俺の腕を叩いて抗議してくるが、魔族の俺からすれば、人族の二十代そこそこの小娘なんて子供以下なんだが。
「それにしても、深緑の迷宮に関する依頼だけがごっそり抜けてましたね」
「そもそも、ダンジョン関係の依頼って、普段はどんだけあるんだ?」
「難易度の差はあれど、消えるってことはないですね。魔獣の素材は産業の根幹ですから、誰も彼もが欲しがるものですし。……ちょっと、受付で聞いてみますか」
カンナが受付へスタスタ歩き出したので、俺もその後を追う。
今日も受付にいるのはリコリス嬢だ。カンナが……というよりも、俺の方か? どちらにしろ、近づけば近づくほど心底嫌そうに眉間の皺が深くなっていく。失敬な。
「ねぇねぇ、リコリス。ちょっと聞きたいんだけど」
そんなリコリス嬢の態度に気づいているのかいないのか、カンナが受付カウンターからずいっと身を乗り出して声を掛けた。
「……なんですか?」
リコリス嬢も、ギルドの受付嬢として冒険者からの問いかけを無視するわけにもいかない。渋々ながらも応じざるを得ないようだ。
うーん、こういうのを人族はなんて言ってたっけか。理不尽な圧力? それともただの言いがかりか?
「深緑の迷宮に関する依頼が一件もないようだけど、なんかあった?」
「え? あなた、ダンジョンに行くの? 今までずっと調査や採集ばっかりの依頼を受けてたのに?」
「あたし一人だったらそうだけど、今はアルさんもいるからさ。討伐依頼もいけるんじゃないかなぁって」
「まぁ……そうでしょうけど」
リコリス嬢がチラッと俺を見るので笑顔で手を振ってみたら、怯えた顔して視線を逸らされた。ひどい。
「今、深緑の迷宮は国からの圧力があって、冒険者の立ち入りを禁じられてるのよ」
「国からの圧力ぅ?」
リコリス嬢は呆れたような、しかしどこか面倒くさそうに肩をすくめた。
「なんでも、人族が主体になって各国合同の演習を、深緑の迷宮で行うらしいの。その間、冒険者による立ち入りは禁止なんですって」
「えぇっ、何それ?」
「仕方ないわ。いくら独立機関の冒険者ギルドだって、各国から連名で通知されたら無視できないもの。なので、しばらくの間は深緑の迷宮への立ち入りは禁止よ」
「しばらくって、どのくらい?」
「現状では二週間。状況によっては伸びる可能性もある──と、聞いてるわ」
「えぇー……その間、冒険者の収入が激減するんじゃない? どうすんのよ」
「依頼は何も、ダンジョンの案件だけじゃないでしょ。選り好みしなければ大丈夫でしょう? そもそも、あなたはダンジョンに潜ってなかったんだし」
「そりゃそうだけどー……」
「ほら、早く他の依頼を探さないと、割のいい仕事は全部取られちゃうわよ」
しっしっ、と小バエでも追い払うかのように手を振って、カンナを追いやるリコリス嬢。
親切そうに諭すフリをして、体よく追い払われてるわけだが……この二人、親友とか友人とか言ってた気がするけど、もしかして俺の幻聴だったのかな?
「そういうわけでアルさん、ダンジョン関係の依頼は当分出てきそうにないです。どうしましょ?」
「どうしましょって、おま……」
そんなん、俺に言われてもわからんがな。冒険者としてはカンナの方が先輩なんだから、もっとしっかりしてくれ、としか言い様がない。
「ダンジョンに行けないなら、他の依頼を受けるしかないんじゃないか?」
「そうなんですけどー……」
なんだか冴えない顔をして、依頼張りだしの掲示板に戻るカンナ。まぁ、勝手がわからない俺としては、その後を付いていくことしかできない。
掲示板前は、リコリス嬢が言っていたように、すでにめぼしい依頼が根こそぎ取られて閑散としている。後に残っているのは、近隣の出没する魔獣の討伐(ただし、三等級以上が対象)とか、街道のパトロールなど、どれもこれも面倒くさそうなヤツばっかりだ。
「こんなんだったら、カンナ一人でできるだろ?」
「アルさん? あたし一人に働かせて、自分だけ休んでようとか考えてません?」
はっはっは。これだから、君のような勘のいいガキは以下略ってもんだ。
「いやいやちょっと待て。そんなこと言うなんて、おまえも同じこと考えてるってことじゃねぇの?」
「何言ってんですか。あたしたちはパーティを組んでるんですよ? パーティを組んでいるのなら、それは一蓮托生なんです。誰か一人が勝手に受けた依頼でも、成功や失敗の評価はパーティ全体で受けるものなんです……とは言っても」
カンナは残っている依頼をつつがなく見渡してため息をついた。
「ホント、ロクなの残ってないですね。今日は諦めましょうか」
「おっ、マジで? だったら美味いもん食いに行こうぜ!」
「ンな金あるかーっ!」
建設的な意見を出したつもりだが、何故か怒鳴られた。解せぬ。
「今日のご飯は、芋の塩スープにパン一切れです」
「芋? 芋が食えるの? しかも塩を使って? ご馳走じゃん」
腐ってないし調味料も使ってるってことだもんな。魔族の食糧事情と比べたら、確実に豪華な食事だ。
豪華な食事なんだが、どういうわけかカンナに可哀想な子を見るような目を向けられた。
「ごめんね、アルさん……もうちょっとあたし、頑張るから……」
本気で同情したような目を向けて俺の肩を優しく叩くカンナに、なんかちょっとイラッとするんだが?
やっぱり今日は、もっといいもの食わせてもらおうか──そんなことを考えて冒険者ギルドの外へ出た時だった。
「あの、すみません! 誰かお願いします!」
小さな子供が必死の形相で、冒険者ギルドを行き来する冒険者たちに声をかけている姿が、妙に俺たちの目を惹いたのだった。




