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最強無敵のお嬢様、魔剣の執事とポストアポカリプスを往く  作者: 瘴気領域
Ep.1 クズのお肉はおいしくってよ

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第8話 舞踏会は終わりましたの(EP.1完)

「な、なんだてめえは……」


 スルクズィールの声が震えていた。


 少女の容姿に、脅威を感じる要素は皆無である。人間(ヒューマン)としても小柄な身体。首も手足も腰周りさえも、指先で手折れそうなほどか弱く、華奢を通り過ぎて繊細だ。

 ただ1点、見た目の通りであれば、大剣とそれを操る膂力(りょりょく)は脅威かもしれない。しかし、大剣の正体が粘体生物(スライム)の一種、擬態族(シェイプシフター)だと考えれば腹に落ちる。細腕では到底支えられようはずもない重量も、浮遊魔術や軽量化魔術を応用すれば羽毛より軽くできる。


 そういうことでは、ないのだ。


 スクラズィールには、少女が天に聳(そび)える銀嶺(ぎんれい)に見えた。

 急峻(きゅうしゅん)を駆け下る氷風に晒されているかのように心が凍(こご)えていた。


 油断をすると、手が震えて山刀(マチェット)を取り落としそうになる。それどころか膝が笑って、立ってさえいられなくなる気さえする。あるいは伝説の飛天鱗甲(ドラゴン)が一柱、氷雪嵐神(イルルヤンカシュ)と対峙すればこんな気分になるのかもしれない。すぐさまひれ伏し、許しを請いたくなるほどのプレッシャー。


 スルクズィールは己でも知らぬ間に、舌を激しく出し入れしていた。竜鱗の裔(ドラゴニュート)に汗腺はない。舌の出し入れは人間(ヒューマン)でいう発汗現象。すなわち、百戦錬磨の大盗賊が、か弱い少女の前にして滝のような冷や汗をかいているということ。


「馬鹿なッ!」


 己の舌の動きに気付いたスルクズィールが吐き捨てる。

 そんな馬鹿げた話があるか。このヴァズラ・スルクズィールが人間(ヒューマン)の、しかも小娘如きに。何かの詐術に違いない。新古樹族(デミアールヴ)の魔法薬か、あるいは緑肌矮人(ゴブリン)の小賢しい呪具か。何かそういうたぐいのイカサマだ。この俺様が、このヴァズラ・スルクズィール様が、人間(ヒューマン)などに気圧されてなどなるものか!


「おォおオおォォぉおおオ!」


 絶叫。

 そして、少女に向けて山刀(マチェット)を構える。

 威嚇なのか、あるいは虚勢か。双刀を剣舞のように激しく振り回し――琥珀色の閃きが二条、少女に伸びた。柄に隠していた仕掛けを使い、刀身を発射したのだ。これもまた、スルクズィールの切り札だった。


 だが、少女の表情は揺るがない。

 神像のような穏やかな笑みを浮かべたまま、大剣を扇のように軽やかに振る。

 甲高い金属音が二回響いて、叩き落された山刀(マチェット)が床に突き立った。


 渾身の奇襲はあえなく失敗したのか――否。


「おォぉォオオォォぉォォオおォォぉォォオオッ!!」


 雄叫び。

 それとともに、鋼鉄の獣が咆哮する。

 ミニガン。

 投擲で作った隙をつき、先ほど捨てた火力の怪物を再び手にしていたのだ。


 6本の銃身が回転し、銃口が絶え間なく火を吹く。

 雨粒のひとつひとつが竜鱗の裔(ドラゴニュート)の鱗さえ容易く貫く鉛の豪雨。

 叫びながら、魔導圧縮弾帯が空になるまで、幾千幾万の弾丸を撃ち尽くす。


「かひゅっ……かひゅっ……」


 ミニガンがからからと音を立てて空回りしている。

 スルクズィールの喉が枯れ、破れ窓を抜ける風のような音を発している。

 硝煙。

 視界は硝煙で真っ白に染まっていた。

 それが、


 豪(ごう)


 風が吹いた。

 風とともに、硝煙が真っ二つに断ち切られた。

 不自然なまでに、直線的に切り取られた空間。

 それはさながら大理石で築かれた宮殿の回廊。

 その回廊を、大剣を携えた少女がゆると進む。

 緋毛氈(ひもうせん)の絨毯を往くが如く、優美な足取りで。

 その足取りは、スルクズィールまで迷いなく。


「ああアああぁぁあアァあッ!!」


 スルクズィールはミニガンを少女に投げつけ、店の外へと転がり出た。そして背中の翼を開き、飛翔した。真っ直ぐ、真っ直ぐ、上へ、上へ。鱗なしには空は飛べない。空を飛ぶには大掛かりな魔道具がいる。空に逃げれば手の出しようはないはずだ。勝てる。勝てる。勝てる。俺様は勝てる。赤鱗党頭目ヴァズラ・スルクズィール様なら必ず勝てる。勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる


 夜空を羽ばたきながら、竜聖骸(りゅうせいがい)を噛み砕く。仕掛け柄に残っていた分、すべてをだ。薬を買った新古樹族(デミアールヴ)の薬師は「一錠で冠絶(かんぜつ)。二錠で超絶。三錠飲めば抜山蓋世(ばつざんがいせい)。それ以上なら神になれる。つまり、樹楽園(ユグドラシル)行きってことさ」と下手な冗談を飛ばしていた。樹楽園(ユグドラシル)はてめえら腐れデミのあの世だろう。誇り高き竜鱗の裔(ドラゴニュート)の逝く世界じゃねえ。


 否。


 十錠余りの竜聖骸(りゅうせいがい)から解き放たれた祖神の力の奔流が、スルクズィールの全身を駆け巡る。血液がそっくり溶岩に取り替えられたようだ。腹の奥が太陽を呑んだように熱い。火嚢(かのう)が高炉の如く燃え盛っている。魔素が紅炎(こうえん)となって体中を暴れ回っている。


 俺様は、死なねえ。


 黄緑色に燃える眼光を地上に向ける。高さは百メートル余りか。酒場の屋根が小さく見える。屋根の上にはあの少女が立っていた。大剣を片手に提げ、スルクズィールを見上げている。


 普通の竜鱗の裔(ドラゴニュート)ならばこのあたりが限界だ。竜鱗の裔(ドラゴニュート)が飛べると言っても、鳥のようにはいかない。大きく重い体が災いし、それほど高くも長くも飛べないのだ。


 だが、いまのスルクズィールならまだまだ翔べる。力が有り余って身体が弾けそうだ。思うさま空を駆けたい欲望に一瞬心が囚われかけるが、いまその力を使うべきは飛行ではない。


 死ね。死ね。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね。


 胸を膨らませ、背筋を仰け反らせ、夜気を限界一杯まで肺に溜める。体内で暴れる魔素を強引にねじ伏せ、火嚢(かのう)に向けて注ぎ込む。量も濃度も先ほどとは桁違いの、致死の気体が爆発的に生成される。


 これならば。あの化け物も。


 裂けよとばかりに大口を開け、溜め込んだ圧力を解放する。噴き出すそれはさながら紅蓮の瀑布。灼熱にして猛毒の濁流が、酒場の屋根に向けて、屋根に立つ少女に向けて降り注ぐ。


 ――神代の(アハルマン・)赤錆の吐息(ザング・エ・マルグ)


 みなぎる力はもはや竜鱗の裔(ドラゴニュート)の――いや、常世の域を超えていた。伝説に聞く大崩壊時代。世界すべてを蝕む混沌。それすらも焼き尽くした我らが偉大なる神祖(アハルマン)飛天鱗甲(ドラゴン)の領域。


 この一吹きで、一帯は錆に沈むだろう。何百、何千の民が死ぬだろう。巡察どころか領軍も動く事態となるだろう。神殿騎士団、一攫千金を狙う傭兵ども、英雄志望の遺跡荒らし(スカベンジャー)や迷宮探索者(サルベージャー)も集まるかもしれない。この竜王ヴァズラ・スルクズィールの討伐のために。


 そう、竜王だ。


 竜聖骸(りゅうせいがい)のために混濁しながら加速する思考の中で、スルクズィールは新たな自己認識を得る。もはやちんけな盗賊団の頭目などではない。俺様は世界を蹂躙する力を得た魔王だ。王墓の財宝などどうでもいい。軍も騎士団も知ったことか。邪魔者はすべてねじ伏せ、望みのものを望むがままに――否、望まぬものさえ含んだこの世のすべてを我が物としてくれる。


「幸せな夢を続きは、地獄でゆっくりご覧なさい」


 少女の声。

 頭上から。

 なぜ上に。

 上を向く。

 向けない。

 高度が落ちる。

 世界がゆっくり回る。

 上が下になった。下に少女がいた。

 赤錆色の竜鱗の裔(ドラゴニュート)の胸を大剣が貫いている。

 その竜鱗の裔(ドラゴニュート)には、頸(くび)が、無い。


 スルクズィールの幸せな夢はそこで途絶えた。

 地獄で続きが見られたかは、誰も知らない。


 少女は大剣を振るってスルクズィールの胴体を天に向かって放り投げた。

 そして何事か呟くと、大剣から溢れる光が強くなる。

 天に向かってもう一振り。

 スルクズィールの胴体が消え去る。

 地に向かってもう一振り。

 辺りにわだかまっていた毒の吐息の残滓が消え去る。


 少女は空に立ったまま、筋引き月の寒々しい輝きに大剣を掲げて、


「舞踏会は終わったわ。帰りますわよ、セバス」


 寂しげに呟いた。 


 * * *


【★特集★竜鱗街の外れで出逢った、種族を越える新機軸店!】

                迷宮都市ウォーカーVol.94


 竜鱗の裔(ドラゴニュート)の街区は、人間(ヒューマン)にはやや(・・)住みづらい。


 主な住民である竜鱗の裔(ドラゴニュート)のほとんどは人間(ヒューマン)を見下していて、それを隠すつもりもないからだ。飲食店では人間(ヒューマン)というだけで入店を断られるのも珍しくないし、たまたま入店を許されても案内されるのは奥まって薄暗い席だと相場が決まっている。(ただし、椅子の背もたれがやけに細いのは嫌がらせではない。翼のある竜鱗の裔(ドラゴニュート)にとって、幅広な背もたれは邪魔なのだ)


 しかし、そんな竜鱗街にも人間(ヒューマン)が行きやすい、人気の店がある。

 名を『飛竜の翼(・)亭』と言い、四阿(ガゼーボ)のような開放的な店作りと、貴族の執事のような黒服のスタッフたちによる接客が魅力である。


 この店を開いたのは美食家にして事業家として高名なユージーン・カイハラ氏。氏によると、この斬新な営業スタイルは、もともとこの土地にあった店を参考にしたのだという。悪質な盗賊の襲撃により主人(人間(ヒューマン)の女性だったそうだ)は死亡し、店は全面的な建て直しを余儀なくされた。そこで手を挙げたのがカイハラ氏で、女主人に敬意を表し随所にその名残を残したわけだ。


 では店の雰囲気にそぐわない、ふたつの看板メニューもその店――飛竜の巣穴亭の名残かと言うと、そういうわけでもないらしい。


 ある日、少し独特な(婉曲表現である)少女とその従者が訪れ、どうしても食べたいと我儘を言い、根負けした……もとい、ほだされたシェフが特別に振る舞ったのがはじまりである。その気持ちのよい(婉曲表現である)食いっぷりに興味を引かれた常連客が我も我もと注文し、以来看板メニューとなったという冗談みたいなエピソードだ。


 読者諸賢も竜鱗街に御用の際には、ぜひ飛竜の翼亭に足を伸ばしてみてほしい。

 ユニークな接客と美味しい料理に、きっと虜になるはずだ。


【クズニク煮込(紙幻画)】

  :500ラビ パゲット付:+200ラビ

【バケツプリン(紙幻画)】

  :5,000ラビ ※20人前相当


・予算目安:ランチ 1,500ラビ〜/ディナー 3,000ラビ〜

・客層: 人間半数(他、各種族多し。出勤ウェイターの種族により変動)

・設備: テラス席あり

・おすすめ度: ★★★★☆(男性は居心地が悪いかも)


                 文責:ジロー・ヤマオカ


(Ep.1「クズのお肉はおいしくってよ」 了)

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