第6話 ペルシア風の名前ですのよ
ヴァズラ・スルクズィールは赤鱗党の頭目だ。
竜鱗の裔ばかりで構成された盗賊団で、五年ほど前までこの迷宮都市ラビリントゥムで悪名を轟かせていた。
しかし、ある仕事をきっかけに星教団の大物と敵対してしまい、迷宮都市を挙げてのお尋ね者となってしまった。いかに強力な一党を率いているとはいえ、国家レベルの武力には敵わない。盗賊とは逃げ足もその実力の内である。スルクズィールはラビリントゥムを逃れ、ほとぼりが冷めるまで自由都市連合に潜伏した。
自由都市連合の政体は複雑怪奇で、いつも身内で争っていると思えば、外敵が現れると一丸となって反抗したりする。連合を称してはいるものの統一された外交チャネルは存在しないと言ってよく(一応、連合名義での大使館が各国に存在してはいるのだが)、犯罪人引渡し条約の締結など夢のまた夢、汎国家刑事警察機構の捜査権すら及ばない。
まあ、要するに国家ぐるみで犯罪者御用達の潜伏先なのである。
5年ほどして、スルクズィールは帰ってきた。
別にラビリントゥムに特別な愛着があったわけではない。
ただ、やりかけの仕事を済ませに来たのだ。
その仕事とは、王墓の盗掘である。ラビリントゥムの郊外には、王家代々の墓があるのだ。大崩壊以前の古代遺跡を造営し直したものだという。二十代余り続いた王たちの副葬品はもちろん、秘蔵の遺物も眠っているらしい。
――王家に不当に囲われた美女の寝室を、指をくわえて見ているだけなど、盗賊の一分が立たない。
スルクズィールは気取った言い回しで王墓を狙う理由を語ったが、本音は金銀財宝を欲しているだけである。まあ、そのついでに竜鱗の裔でもないのに偉そうに君臨している王家の鼻を明かしてやれるのは爽快だが。こういう名目を立ててやると、一党の士気が高まるという狙いもある。
手口は決まっている。
王墓の地下には、大崩壊時代に作られた地下通路が無数に走っていることを知ったのだ。おそらく、元々は要人が籠もる要塞か何かだったのだろう。緊急時の脱出用に作られたと思われる通路は、10km以上先まで広がっている。なお、この情報をもたらした情報屋は迷宮で怪物の餌となった。情報とは独占してこそ価値がある。
その通路の一本が、竜鱗街に伸びていた。
本来、地下深くにある通路は特殊な重機でもなければ掘り抜けるものではない。また、出口はそれぞれ王家の直轄領内にあり、こちらも手出しができない。
しかし、竜鱗街が窪地にあること、通路が硬い岩盤を避けて上方に蛇行していたことから、そこだけは人力で掘り抜ける深さになっていた。
手頃な廃屋を見つけ、秘密裏に掘削を進めた。
もう数メートルも掘ればたどり着く――そのタイミングで、スルクズィールは潜伏を余儀なくされたのだ。
5年の雌伏に耐え、帰ってきたスルクズィールは驚いた。
例の廃屋が酒場になっているではないか。
しかも、最悪の立地にも関わらず、そこそこに繁盛している。
閑古鳥が鳴いているなら簡単だったのだ。
ひっそりと殺してしまえばいい。
周囲の住人も夜逃げと考えて、巡察に通報などしないだろう。
しかし、流行ってしまっていてはそうはいかない。
突然店が閉まれば不審がられる。
巡察がやってきて、地下室に隠した坑道が見つかってしまうかもしれない。
そうなれば計画は水の泡だ。
そこで、スルクズィールは一計を案じた。
人を使って嫌がらせをし、廃業に追い込もうと考えたのだ。
おあつらえ向きに、店の主人は劣等種族の人間だ。そのへんで燻っている破落戸に小銭を握らせたら喜んで嫌がらせを始めた。プライドだけは一丁前のクズどもにとって、もともと人間の酒場など目障りでしかなかったのだ。スルクズィールが何もせずとも、きっかけさえあればいつでも同じ状況になったと思われる。
もうすぐ夜逃げでもするだろう……そういう頃合いに、奇妙な二人組が現れた。そいつは破落戸どもを一蹴し、以前に増して店を繁盛させてしまった。嫌がらせで追い出すのはもう無理だ。小遣いで動くクズはほとんどいなくなった。大金を使えば噂が立つし、手下を直接使えば足がつく。
人間ごときが竜鱗の裔を。
仮にも竜鱗の裔ともあろう者が人間ごときに。
――何より、このヴァズラ・スルクズィール様の計画を邪魔しやがって。
スルクズィールのはらわたは煮えくり返っていた。それこそ火嚢に火がつきそうなほどに。そして頭の中の冷静な部分が判断を下す。時間をかけても無駄だ。むしろ時間をかけるほど状況が悪化しうる。
ならば。
自由都市連合の闇市で仕入れた武器を手下に配り、スルクズィール自身も一番のお気に入りを手に取った。
円筒状に並んだ6本の銃身。雷晶石で銃身を回転させる機構。瞬きごとに50発の鉛玉を吐き出す連射力。激しい弾薬消費を支える魔導圧縮弾帯。それを支える銃架は不要。竜鱗の裔の中でも一頭地を抜く膂力を誇る、ヴァズラ・スルクズィールの肉体が代わりとなる。
ミニガン。
武器商人曰く、そんなふざけた名称らしい。奈落鍛冶真正継承帝国陸軍からの横流し品で、開発した当の陸軍が「殺しすぎる」としまい込んでいた代物だと聞いている。殺したくないのなら戦争などするなと言いたいが、継承帝国各国はその正統を巡って争っている。敵国とはいえ同じ奈落鍛冶。問答無用で挽肉に変えるような兵器は使いづらいのだとかなんとか。
だがそれは、スルクズィールにとっては当然歯止めにはなり得ない。
使うのは優等種たる竜鱗の裔で、挽肉になるのは劣等種たる人間。なんら問題はない。
回りくどい真似はもうやめだ。
10人ほどの手下を引き連れ、例の酒場を封鎖する。
腰だめに構え、安全装置を解除し、躊躇なく引き金を引く。
跳ね上がった薬莢の雨が、湿った土に降り注いで湯気を立ち上らせる。
鋼鉄の獣が兇猛な雄叫びを上げ、薄っぺらなシャッターを易々と喰いちぎる。
店内に踏み込む。
コンバットブーツの底が、出自不明の破片を踏んでじゃりじゃりと不快な音を立てる。
黄緑色の眼光が、店の奥に注がれる。
穴だらけのカウンターにもたれるように倒れた人間の女の死体。
「ちっ、武器商人の野郎、嘘きやがったな。挽肉にゃ全然遠いじゃねえかよ」
蜂の巣になった人間女の死体をつまらなそうに見やる。
これは誤解で、実際のところミニガンには人間を粉微塵にするのに十分な威力がある。だが、装填されていたのが対竜鱗の裔仕様の徹甲弾で、しかも本来の射程からすれば至近と言える距離だったため、弾丸がその運動エネルギーの多くを破壊に転化できぬまま、貫通してしまっていただけだった。
ともあれ、スルクズィールは穴だらけの店内を見渡して、
「鱗なしがあと二匹いるんだろ? てめえら、探してぶっ殺してこい」
手下の竜鱗の裔たちから三人、武器を構えて階段を駆け上っていく。大口径の拳銃。一粒弾が装填された切り詰めた散弾銃。指よりも厚い魔鋼製の山刀……etc。思い思いの得物だが、すべて竜鱗の裔に通用する性能となっている。つまり、脆弱な人間など羽虫よりも容易く叩き潰せる。
二股に裂けた暗緑色の舌で、唇をべろりと舐める。
さあ、地下に急がねば。
とっておきを使って坑道をぶち抜き、地下通路に入る。騒ぎを聞きつけた巡察が来るだろうが、関係ない。王墓の財宝を手当たり次第に奪ったら、そのまま地上から脱出する。堅牢な王墓の警備も、内臓から食い破られればひとたまりもあるまい。当初の予定からは変わっているが、スルクズィールには逃げ切れる算段が十分に立っていた。立っていたはずなのだ。
たったいま起きた、計算違いを除けば。
「グアああああっ」
「ひギャああああアっ」
「グぶっ……ぐウううう……」
階段を転げ落ちる手下ども。
その四肢はあらぬ方向に曲がり、鼻面がひしゃげめり込んでいる。
こつ、
こつ、
こつ。
軽い足音が降りてくる。
顔が映りそうなほど磨かれた黒い革靴、一直線の折り目のついた黒いスラックス、柔らかく揺れるテールコートの黒い裾、皺ひとつない黒い中衣、白襟から伸びる黒いナロータイ、白蝋じみた額にかかる艷やかな黒い髪。そして――
「お嬢様の安眠を妨げる不届き者は、あなた方ですか?」
黒い瞳が、スルクズィールを冷たく射抜いた。




