第31話 ゴブリンの使用人Kさん(31)の証言
【巡察官による捜査資料より抜粋】
◯氏名:チュユ氏族のキリリ
◯性別:女性
◯種族:緑肌矮人
◯爵位・階級:二等市民
◯備考:重要参考人(カール・フォン・リンネ 粘体生物)の隣家の使用人。副業で占い師
◯聴取内容(録音ママ):
ええ、はい。ちょうどお勤めが終わりまして、二等市民街の家に帰るところでした。ああ、あたしは通いでしてね。洗濯だの掃除だの、一通りの用事が済んだら帰るんですよ。
最初はね、地震だと思ったんです。
ぶるぶるぶるぶるって、地面が細かく揺れる感じで。
でも、驚くじゃありませんか。
どおおおおおーーーーーん!
って、急に突き上げるような揺れが。
それで、隣のリンネ先生……
いや、もう呼び捨ての方がいいんですかね?
異端が起こしたテロに関わっていたんでしょう?
時々頼まれごとなんかされてたんですよ。
ああ、恐ろしい恐ろしい。
あんな人の好さそうな顔してねえ……。
あ、いえ、言葉のアヤですよ。
粘体生物に顔つきも何もありませんって。
ほんと、よくわからなくて不気味な連中ですよねえ。
あ、すみません。話を戻しますね。
それで、リンネの屋敷がどどどどどどって崩れ落ちましてね。
いやあ、仰天しましたよ。
思わず腰を抜かしちゃって、持って帰ろうとしてた卵がみんな割れちゃいましたからね。
あれ、嫌ですよう。盗んだわけじゃありませんって。
古くなった食材を持ち帰って処分しようとしてただけですからね。
ご主人様にお話しなさっちゃ嫌ですよ。
それで、リンネの屋敷が崩れて、もうもうっと土煙が上がって。
そこから何がでてきたと思います?
怪物ですよ、怪物。
迷宮の深層に住んでいるようなでっかくて醜いやつが、たーくさん。
え? 迷宮に潜ったことがあるのかって?
嫌ですよう、こんなおばさんを捕まえて。
あるわけないじゃないですか。
でも、怪物なら幻画や新聞でよく知ってますよ。
地下に潜れば潜るほど、大きくって強くって、不細工なやつが出てくるんでしょう?
それから考えたら、あの怪物たちはどう考えたって最下層レベルですよ。
ひょっとしたら深淵から来たのかも?
深淵、知りません?
迷宮の最奥を迷宮探索者たちはそう呼ぶって言うじゃありませんか。
まだ誰もたどり着いたことはないらしいですけど。
迷宮ってのもよくわかんないですよね。
時々、新しい出口が見つかるじゃないですか。
あれだって混沌が新しく開けているとかなんとか……。
あっ、すみませんね。脱線ばっかりしちゃって。
出てきたのは蜘蛛みたいなやつです。
蜘蛛と言っても、大雑把な形がですよ。
乗合馬車よりずっと大きくて、あんなバカでかい蜘蛛がいてたまるもんですかって。
頭は口が耳まで裂けた人間のおばあさんみたいで、目はまん丸で、真っ黒なんですよ。どこを見ているのかさっぱりわからない。
で、胴体は……なんて言えばいいんですかねえ。挽肉と粘土をこね合わせたような感じで、触っちゃいませんけど、ねばねばしてそうな気持ち悪い感じで。腹は小山みたいにでっかく膨らんでましたね。
それから手足は……何本あったんですかねえ。
八本? いや、八本以上は間違いなくありましたよ。
体はでっかいのに、手足は萎びた老人みたいに細くってねえ。
でも、やたらに長くって。
地べたに手をついても、肘の高さは二階の屋根くらいあって。
それが何本も何本も……。
生えている場所?
さあ、たぶん胸のあたりから生えてた気がしますけどねえ。腹から唐突に生えているのもあったと思いますよ。
長さは結構でたらめでね。揃ってはなかったです。
地面まで届かないでぶらぶらしてるのも何本もあったと思います。
ああ、思い出すだけで気持ちが悪い。
それがねえ、カサカサ手足――あっ、手足って言いましたけどね、たぶん全部手でしたよ。手をカサカサと動かして、ちょうどゲジゲジみたいな感じで、こっちに近づいてくるんですよ。もう恐ろしいったらなくって。
すぐに逃げ出そうとしたんですけど、情けないことに腰が抜けて立てなくってねえ。
もう何が何だかわからなくなっちゃって。
許して、助けて、命だけは、ごめんなさい、お金ならあげますからとか言って財布を投げつけちゃったりしてね。いやあ、我ながらパニックになると何をするかわからないもんですねえ。
あれがゆっくりと近づいてくるところ、今でも夢に見ますよ。
こう、細長い手をカサカサ動かしてね。
馬より大きいのに、カサカサですよ。
嫌に軽い音がしてね。
カサカサって、足だけ動かして、幻画のカメラがズームアップしてくみたいにすうっと迫ってくるんですよ。
婆の顔が目の前で。
皺くちゃな口から緑色の涎がだらだら垂れててね。
生臭い息をしゅうしゅう吐きながらね。
口の中がね、嫌にはっきり見えたのを覚えてますよ。
歯がね、びっしり生えているんですよ。
いや、牙じゃありません。
四角で薄い歯がね、牡丹の花びらみたいに口の中から喉奥までびっしりと。
噛みつかれたらどうなってたんでしょうねえ。
いやもう、想像するだけで鳥肌が立ちますよ。
でもね、不思議なんですよねえ。
そのときは怖いとか怖くないとかじゃなくて。
とにかく、臭いなあ、どっか行ってくれないかなあって思ってて。
ぺたんと座ったまま、嫌だなあ、臭いなあ、梅雨時の食人巨鬼よりもひどいなあって、そんなことばっかり頭に浮かんで。
こつ、て。
こつって、おでこがぶつかって。
婆とあたしのおでこですよ。ここ、ここ、ちょうどここが。
乾いてて、木の皮みたいにがさがさなのに、ぶよぶよに柔らかくって。
真っ黒な目が、目の前にあって。
それが斜めに傾いて。
あ、首を噛まれるんだなって、思いました。
そのときですよ。
ずるり。
婆の顔が落ちていったんですね。
どしゃ。
首が地面に落ちて。
は、は、は。
三回くらい、息をしましたかね。
びしゃ。
あたしの顔に、生ぬるくて、粘っこい汁がかかって。
ええ、血ですよ、血。
あの蜘蛛婆の血です。
蜘蛛婆の首がすっぱり切り落とされてたんですよ。
断面。
首の断面って、ああなってるんですねえ。
は、は、は、の間だけですけど、はっきり見えるものなんですねえ。
魚の頭を落としたのとあんまり変わらないんだな、なんて思いましたよ。
――お怪我などございませんこと?
上から声がして。
女の子が、蜘蛛の胴体に立っていて。
ええ、人間の女の子ですよ。
金色の髪をドリルみたいに巻いて。
ふりふりのドレスを着て。
なのに、黒い、馬鹿でっかい剣を持ってて。
きれいだな。
って思いましたよ。
見惚れちゃいました。
口なんか半開きになってたんじゃないですかね。
その子はあたしを見て微笑むと、ぱっとどこかに消えちゃいました。
いや、のんびり歩いていったんですかね。
わかりません。
あとから知ったんですけどねえ、他にも怪物がたくさん出たそうじゃないですか。
でも、ぜんぶ殺されてたんでしょう?
馬鹿でかい刃物で切りつけられて。
あの黒い剣みたいな。
えっ、見覚えはあるかって?
そりゃ見たんですから見覚えが……あ、それより前にってことですか?
どうでしょうねえ、あたしは人相見はやってなくて。
他種族の顔の違いなんてよくわかんないんですよ。
リンネの屋敷に泊まっていた二人組?
ああ、そんな人たちもいましたねえ。死んでなけりゃいいですけどねえ。
その女の子と似ているかって?
うーん、どうなんでしょうねえ。
服も髪型は似てましたけど、雰囲気がねえ。
若い子の言葉で言うと、いわゆる「アホの子」って感じでねえ。
昼行灯は世を忍ぶ仮の姿で、実は凄腕の剣士様だった!
なんて、幻画ならよくありますけど。
ほら、あるでしょ、『暴れん坊祭祀』とか、『呪殺仕事人』とか。
時代劇はあまり見ない?
まあ、お兄さん新古樹族ですもんねえ。
緑肌矮人には流行ってるんですけどね、時代劇。
主演の俳優がまた格好よくって。苦み走ったいい男なんですよ。額に傷のある緑肌矮人でね。ブーメランみたいな形の。
あ、こんなもんでいいんですか?
おすすめの幻画とか、まだまだありますけど。
それにあたしは人相見こそやりませんけど、甲卜は専門でね。
殻占いですよ。
屍奪蟲の殻をね、ぱっとばらまいて、それで運勢を見るんです。
お巡りさんの運勢も……あら、いりませんか。
最近は不思議な運勢の人が増えてねえ。
旅の人なんかは関係ないんですけど、この街に住んでる人がみんなね。
今回のことじゃないですけど、これからも色々あるんじゃないかって占い師の間じゃ……あっ、引き止めちゃってすみませんね。お仕事おつかれさまです。
あ、くれぐれもご主人様には卵の件は内密に……。




