第29話 再臨の時が参りましたの
数日後、公開処刑の日が訪れた。
アルドールが処刑対象に選んだ異端は三名。鉄釘を打ち込んだ女、それから七歳の子供と足の弱った老人。いずれも人間で、再臨派の中枢に迫る情報は持っていない末端の信者だ。だが、同胞の同情は存分に買えるだろう。
謝肉派寺院前の広場に設けられた処刑台に、三名が磔にされている。手足は針金でくくりつけられ、口には鉄の猿ぐつわ。余計なことを喋られないようにするため、ではない。罪状の読み上げと説教を邪魔されないようにしているだけである。
「この者たちは聖なる教えを裏切り、混沌の甘言に心を囚われた。彼らは愚かにも神と神の遣わせし勇者を疑い、その永遠を否定し、神の慈悲を拒絶し続けたのである――」
新古樹族の公証人が罪状を読み上げ、広場に集った観衆にざわめきが拡がる。罪状に絡めて語られる説教に心を打たれたわけではない。「説教はいいから早く処刑をしろよ」と急かす声がほとんどだ。
場所柄もあって観衆の多くは食人巨鬼で、彼らは処刑そのものへの興味は薄く、執行後の食肉の施しを期待しているだけだ。罪人の埋葬は禁じられているため、「墓荒らし」という余計な一手間が挟まらない。滅多に手に入らない新鮮な人肉にありつく貴重な機会なのである。
その他には緑肌矮人、竜鱗の裔、新古樹族、次いで人間が多い。比率としては食人巨鬼ーを十とすると、他の三種族が一から二ずつと言ったところか。同種族ごとでなんとなく集まっているので数えやすい。
「哀れな罪人たちの罪を清める舎利の配布を開始します。神の愛し子たちよ、ぜひ手を貸していただきたい。哀れな魂が死後に混沌に飲み込まれず、大樹の糧となって汚穢を浄化し、再び実を結ばんことを」
新古樹族の侍祭たちが募金箱を捧げ持って観衆の間を回る。刑の執行場所こそ謝肉派寺院の前だが、今日の仕切りは真樹派が中心となっていた。公証人の祈りの言葉が真樹派のものだったのもそのためである。
観衆たちは小銭を募金箱に入れ、代わりに小石と贖宥符を受け取る。贖宥符は教団への寄進と引き換えに手に入れられる紙製の護符で、所有する量に応じて現世での罪が減じられるとされている。実質的には紙幣として流通しており、公開処刑や祭礼などの機会には割引で配布されるので、貧民はそれが目当てで集まってくる。教団としては布教と信者の慰撫を兼ねた慈善事業でもあった。
小石は緑肌矮人の手の中にもすっぽり収まる程度の大きさで、破邪顕正を意味する聖文字が刻まれている。これを使って罪人の浄化に一役買えということだ。
「では、これより浄化の儀式を開始します」
公証人が宣言すると、布の覆面ですっぽりと顔を隠した処刑人たちが磔台の罪人たちの猿ぐつわを取って処刑台から降りていく。罪人の女は金切り声で叫び、子供は泣き喚き、老人は何事かをぼそぼそと呟き始めた。
「神と勇者に栄光あれ!」
公証人の掛け声とともに、「わあっ」という歓声が広場に響き渡る。無数の小石が空を舞い、放物線を描いて処刑台に殺到。ひどい土砂降りが屋根を打つような音が大気を震わせ、罪人の悲鳴も、呪いの言葉もまとめて飲み込んだ。
アルドールは寺院のバルコニーに設けられた貴賓席から、その様子を見下ろしていた。
しかし、視線は処刑台には向けられていない。灰色の瞳は隣席に座る招待客の姿を映していた。紫紺の学帽とローブに身を包んだ粘体生物――リンネである。
助手だとかいう少女と青年は来ていない。身なりのよい彼女らが再臨派の一味である可能性は低いと見ているが、油断はできない。リンネの屋敷に教団の人間をつけ、まとめて監視をしている。
「リンネ先生から見て、再臨派の教えはどう思われますかな? 私などは彼らにも同情すべき点があるのではないかと思うのですが」
「同情?」
「再臨派の信者はほとんどが貧しい人間で、日々の生活や差別的扱いに喘いでいる。彼らにとって、人間の勇者が再び降臨するという教えはさぞ魅力的に映るのでしょう。彼らはいわば、その甘い囁きに誑かされた被害者だとも思えるのです」
そう続けると、リンネは学帽を載せた頭をゆっくりと左右に振った。
「とんでもない。自分の都合で真理を捻じ曲げようなんて、不遜にもほどがありますよ。学者にも自説の正当性を示すために実験結果を改竄する手合いがおりますが、言語道断にして本末転倒としか言いようがありませんね。我々は真理を作り出す者ではなく、探求する者でなければならないというのに」
そこで言葉を切り、「おっと失礼。つい仕事の愚痴になってしまいました」と肩を竦めて、
「それにしても、この街にも異端が紛れ込んでいたとは思いもよりませんでしたよ。しかし、邪教が広まる前に手を打てたのは幸いでした。さすがはアルドール殿だ」
様子見の質問だったが、粘体生物の学者はこともなげに応じるのみだ。粘体生物の内心を読むのは難しい。ましてやこのリンネという個体は感情を偽る術に長けている。
(まあ、そもそもこんなことで尻尾を掴めるとは思っていないが)
アルドールの視線が広場の一角、人間が多く集まっている辺りに移る。公開処刑の狙いは再臨派信者の暴発だ。仲間を助けに来る者がいればよし。そして、その中にリンネと繋がった者がいれば、貴賓席のリンネに気が付き何らかの反応を見せるかもしれない。そうなれば、本格的にリンネを捜査するきっかけが得られるだろう。
注意深く観察していると、人混みが一層ざわめいた。誰かが強引に人波をかき分けて進んでいるのだ。アルドールは密かに魔力を練り、視力を強化する。異端の探索を専らとする彼にとっては手慣れたものだった。
人間。口元に白い髭を蓄えた壮年の男だ。目を真っ赤に血走らせ、獣のように歯を剥いて、涎を撒き散らしながら何やら叫んでいる。男の異様な様子に、辺りの人間たちは悪態をつきつつも距離を置こうとしているらしい。病気や憑き物を警戒したのか、いち早く逃げ出す者もあった。
続けて聴覚を強化すると、男が叫んでいる言葉が聞き取れた。
「教団の欺瞞を許すなッ! 真の勇者に栄光あれッ!!」
再臨派だ。動きかけていた警備の僧兵たちに、まだ動かぬよう合図を送る。他の異端が隠れている可能性がある。どうせなら全員が動き出してから一網打尽にしたいし、貴賓席がはっきり見える距離まで引き寄せてリンネへの反応も確認したい。
男が広場の半ばまで進んだ頃だった。
男は貴賓席のリンネに目を留めると、旧知に出会ったかのように手を振ってきた。その顔には法悦めいた笑みが張り付いている。間違いない。リンネと繋がっている。しかし、このあからさまな態度は何だ。何を狙っている? すぐに取り押さえるべきか、もう少し泳がせて見極めるべきか。
ほんの一瞬の逡巡。振られている手に、ガラス瓶が握られていることに気がつく。中には赤い液体が満たされていた。
「再臨の時は来たれりぃぃィいいいイいイイッ!!」
男が叫ぶ。
ガラス瓶が弾ける。
赤い液体が飛散し、空中で沸騰、蒸発。
濃密な赤黒い霧が広がり、男の姿を――否、辺りを覆い隠していく。
そして霧の中からは、
痛い痛いやめろ痛い何しやがる痛い痛い助けて痛いてめえか痛い離せよ痛いふざけんなよ痛い痛いやめろ痛い何も見えない痛い痛いうちの子は痛いどうなってるんだ痛い痛いぎゃあああぶっ殺すぞ痛い無理痛いどいて痛い痛いちくしょう痛い邪魔だ痛いどこなの痛いやめて痛い痛い苦しい痛いどけよ痛い助けて痛い痛い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
数十人、数百人の阿鼻叫喚がどっと溢れ出す。
処刑見物に集まっていた群衆にも瞬く間にパニックが広がり、そこかしこで怒号と悲鳴が飛び交った。
赤い霧の中から触手のような何かが伸び、一人の食人巨鬼に襲いかかる。触手は全体としては蜈蚣に似たシルエットで、よくよく見れば何人もの異種族が融け合わさるように数珠つなぎになっていた。それは何十もの手をでたらめに蠢かせて食人巨鬼を絡め取ると、その巨体を易々と霧の中へと引き込んで見えなくなった。
「何が起こった!?」
アルドールはバルコニーに身を乗り出し、叫んでいた。
再臨派らしきあの男が何かをしたのは間違いない。しかし、何をしたのかがまったく見当もつかない。そうだ、やつは直前にリンネに手を振っていた。リンネならば何か知っているはず。隣の粘体生物を振り返ると、
「さあ、勇者でも再臨したんじゃないですかね?」
せせら笑うように、肩を竦めていた。




