第21話 わたくしは幽霊ではございませんの
遺跡荒らしという職がある。
屍肉食とはひどい言われようだが、古代文明の遺した屍体を食い扶持にしているのだから、これほどぴったりの呼び名もないだろう。
遺跡荒らしは、迷宮探索者に次ぐラビリントゥムの花形だ。混沌との決戦の地とされるラビリントゥム周辺は、その際に建設された砦や要塞の遺跡がいくつも残されている。最も有名なのは統一王国の王墓だろう。郊外にある統一王家代々の墓は、古代の要塞跡を修築したものであり、その始まりから数えれば千年以上の歴史の重みを抱えている。
異説もあれど、地下に拡がる大構造が混沌由来。周辺に点在する遺跡も混沌に対抗すべく作られたものが大部分。迷宮都市ラビリントゥムは、成り立ちから言えば「混沌都市」とでも云うべき街でもあった。
そのラビリントゥムを臨む丘のひとつ。
先日の地震で地崩れを起こし、赤茶けた断面を晒している。
そこに群がる人々がいた。食人巨鬼、竜鱗の裔、新古樹族、奈落鍛冶に緑肌矮人と種族は雑多だ。屍肉食の徒党だろう。地崩れで出来た崖には直線的な構造物が露出しており、そこに古代遺跡が眠っていることは明らかだった。
その一団にひとり、毛色の違う者がいる。
形は大雑把に言えば人間の女。しかし、学帽の下の肌色は一定せず、さざめく水面のように色が変わる。紫紺の長衣の襟や裾から伸びた半透明の触手が書物や紙束を抱え、また別の触手が万年筆を握って何かをしきりに書きつけている。
粘体生物の学者だった。
それ自体は珍しいことでもない。この種族には文字や記録に執着する者が多く、自然、学問や研究を生業にする者も増える。本来は不定形の生物なのだが、その嗜好ゆえに好んで人型を模す。多くの書物や筆記具は人型種族向けに作られているからだ。しかし、肉体的にはそれほど強靭ではなく、危険を伴う実地調査に赴く者は稀であった。
「リンネ先生、また掘り出してきやしたが、お宝はありやすか?」
牛飼い帽を被った緑肌矮人の男がひとり、猫車を押してやってきた。リンネと呼ばれた粘体生物は学帽のつばを触手で押さえ、積荷を覗き込む。律儀にも顔面に(当たる位置に)、光受容細胞を集めていたようだ。
「あはは、僕にとってはぜんぶお宝だけどね」
リンネは苦笑いを返す。こちらも律儀なことに、喉に当たる部分を震わせ、さらに口腔を再現した空洞を通して発声していたため、人間の自然な声に聞こえた。大抵の粘体生物はこの手間を惜しんで簡易な振動器官を作るだけなので、自動機械じみた平板な発音になることが多い。
「残念ながら、君らが思うような意味のお宝は混ざってないかな。材質もよくある石油化合物や普通の金属で、特殊な合金なんかはなさそうだ」
「そんなぁ……」
情けない声で肩を落とす緑肌矮人に、リンネは苦笑いを返しながら(これまた律儀にも顔面に当たる箇所を動かして表情を再現している)、
「発掘補助の報酬はきちんと支払うんだから、赤字ってことはないだろう? 怪物も守護兵器もいない遺跡で安全に稼げるんだ。そう残念がることもないんじゃないかな?」
遺跡荒らしたちは、リンネがこの発掘のために雇い入れた徒党だ。状態の良い装飾品や調度品など、学術的な価値は低く、しかし金銭的には価値が高いものが出たときには、彼らの取り分としてよいと契約で決めている。そういう値打ち物は彼ら自身でも判別がつくはずなのだが、一縷の望みにかけたいのだろう、ガラクタにしか見えない物もわざわざリンネに見せに来ていた。
「それはそうなんですがね……」
緑肌矮人の男は、腰のベルトに束ねた鞭の柄に触れて苦笑いしながら、諦めきれない様子で「やっぱり先を越されちまったのかなあ」とこぼした。
「先を越された?」
聞き捨てならない言葉に、リンネは思わず聞き返してしまう。
この遺跡の第一発見者はリンネだ。領主府への届け出も、発掘隊の準備も誰よりも先んじたはずだ。正規の手続きを踏まない遺跡荒らしは珍しくもないが、いち早く見張りも立てている。盗掘に来た者がいれば気がつくはずで、そんな報告など受けていなかった。
「しかしですね、先生」
リンネの反論に、緑肌矮人も言葉を返す。
「こじあけたような扉がいくつもあるんすよ。こっち側からじゃなく、内側……反対側から開けたような感じの」
「大昔にできた形跡じゃないのか? 遺跡が埋もれる前の時代に」
「いやいや、それなら先客なんて疑いやせんよ。こじ開けた跡はごく最近のもんでさ。たぶん出入り口はここだけじゃなかったんじゃないっすかねえ」
古代遺跡には複数の出入り口や、地下通路が張り巡らされていることが珍しくない。その多くが軍事施設だったためである。有名なのは王墓で、最大では十キロ以上も伸びる地下通路があり、まだ見つかっていない経路がいくつもあるのではないかと噂されている。
「他の出入り口か……」
リンネは学帽の鍔をいじりながら独りごちる。
可能性は否定できない――というか、一般論で言えば可能性は高い。
しかし、リンネの感覚の話にはなってしまうが、この遺跡は規模こそ大きいが、軍事施設という感じがしないのだ。もちろん千年の時を超えて残るほど頑丈に出来てはいる。いるのだが、軍事施設に特有の武張った気配がない。むしろ居住性に重きを置いた、貴人をもてなす大別荘のような印象を受ける。
そんな場所にいくつも出入り口を設けるだろうか?
いや、それこそ一般論では、そういう場所だからこそ秘密の脱出路のひとつやふたつはあるものだろう。理性はそう告げてくるのだが、感性はこの遺跡に漂う雅びやかな雰囲気に脱出路などそぐわないと訴えてくる。
「あ、あと最近まで生きてたんじゃねえかって装置がありやして。いや、何の装置かまでは見当もつかないんですがね、人間の棺桶くらいの大きさの箱がふたつ。そいつもこじ開けられてたんすよ。ひょっとして、お宝を収めてた金庫だったんじゃねえかって」
ほう、とリンネは顎(に当たる位置)を掻く。
用途不明の謎の装置。そういうものこそ学者にとっては価値がある。そして、領主府に認められた占有発掘権の期限も、もうすぐ尽きる。そうなれば、噂を聞きつけた遺跡荒らしたちが群がり、貴重な物もそうでない物も区別なく滅茶苦茶にされてしまうだろう。急がなければならない。
「僕も中に入ろう。その装置の場所まで案内してくれるかい?」
「へい、承知しました」
リンネは携帯用の魔術灯を触手の一本にぶら下げると、緑肌矮人の背を追って真っ暗な口を開ける遺跡へと吸い込まれていった。
* * *
激しい雨の降りしきる夜だった。
リンネは一等市民街にある自分の屋敷で己の研究に没頭していた。
例の遺跡発掘の収穫は予想以上に豊富で、その整理だけでもう何か月にもわたっている。発掘品の目録を作るだけで一苦労だった。もっとも、並行して本来の研究テーマを進めることを優先しているのが原因でもあるのだが。
「色々落ち着いてきたし、助手でも雇うべきなのかもなあ」
リンネはううんと背筋を伸ばし、短くため息をつく。実際には背骨どころか腱も筋肉も存在しない身体なので、ただの気分だ。
「しかし、助手となるとな。誰にも見せたくない秘密の研究もあることだし」
リンネは独り言が多い。言語というものを愛する粘体生物種族の一般的な傾向ではあるのだが、その中でもリンネは特に独り言が多い性質と言えた。今は広い家に引っ越したからいいが、壁の薄い集合住宅に住んでいた頃は「夜な夜な不浄霊と話している住人がいる」と巡察を呼ばれてしまったこともあるほどである。
「不浄霊か。不浄霊でもかまわないから古代の叡智を教えてくれたりしないかな。千年前の霊が眠っている遺跡でも見つかったらいいのに」
と、思いついたらこんな物騒なことまで口にする。
星教団の司祭に聞かれたら、下手をすれば異端審問ものの発言である。星教団では祖霊信仰を認める教派がいくつもあるが、地上を彷徨い人に害なす不浄霊の類は共通して悪とされている。それを歓迎するなどと、酒場の軽口であっても慎まれるべきことだった。
「だいたいなあ。魔素が邪魔なんだよ。魔素が。大崩壊前の魔素が存在しない宇宙……。人間が支配していた世界とはどんなものだったのだろう。何の設備もなく特殊物理化学の実験ができるなんて、チートだよチート」
大崩壊がいくつもの宇宙の衝突によって発生したことは、学者の間ではもはや定説である。リンネはその中でも人間が文明の支配者であったという宇宙に強い興味を抱いていた。魔素はあらゆる物質・空間に偏在する粒子だが、人間の宇宙にはなんとそれが存在しなかったらしい。そのため、兎角予測不能な挙動を見せる魔素抜き環境での実験や観察が常に可能で、他の宇宙とは異なる方向性の科学の進歩を遂げていたらしい。
「ま、無い物ねだりをしてもしょうがないんだけどね」
首をこきこきと鳴らすふりをし(骨がないのでさすがに音は鳴らない)、実験台に置いた小型シャーレに再び視線を落とす。今日の作業は例の遺跡から採取したカビの一種を寒天培地に植え付けるというものだった。遺跡は千年の長きにわたり土中で封印されており、外部はおろか各部屋ごとに隔離された環境となっていた。ほとんど完全な独立環境である。
それぞれの部屋からサンプルを採取し、培養して観察する。そうすれば、千年の間に起きた生命進化の謎を解き明かす鍵が得られるのではないか、というのが実験の目的だ。狙いは壮大だが、やることは地味。自分で始めたこととは言え、実験台に並んだシャーレの数を見ればリンネでなくともうんざりしてしまうだろう。
「奈落鍛冶も兵器ばっかり作ってないで、こういうのを自動化してくれればいいのに……」
と作業を再開しようとしたときだった。
こつ、こつ、こつ
と階下から玄関戸を叩く音が聞こえる。
雨が強くなったのだろうと無視していると、
こつ、こつ、こつ こつ、こつ、こつ
とまた聞こえてきた。
どうやら来客らしい。しかし二階から降りるのは面倒だ。無視してしまおうか。誰が訪ねてきたか知らないが、後日言い訳しなければならなくなったとしても、この時間なら眠っていたと言えば通じるはずだ。
こつ、こつ、こつ こつ、こつ、こつ こつ、こつ、こつ
しつこい。これで本当に巡察や異端審問官だったらどうしようか。という不安が一瞬脳裏をよぎる。まさかそんなことはないだろうが、万が一ということもある。居留守程度で目をつけられてはつまらない。ふうと大きくため息を吐き、実験室を出て玄関へと向かう。
ドアを開けて飛び込んできた光景に、リンネは己の光受容細胞を疑った。
雨の降りしきる闇の中、白いドレスを身にまとった人間の少女の姿がぼんやりと浮かび上がっていたからだ。不自然なまでに整った金の巻き髪。非生命的なまでに美しい碧の瞳が妖しく輝いている。
「不浄霊……?」
思わず、呟いてしまう。
少女の不浄霊は不思議そうに首を傾げ、それからスカートの裾を指先でつまみ、優雅に膝を折った。
「いいえ、わたくしは幽霊ではございませんわ。わたくしはホウオウイン・レイカと申しますの」
雷光が閃いて、少女の背後に控える黒い執事服の青年と、その傍らにうずくまる銀毛の巨大な狼の姿が浮かび上がった。




