第20話 それは夢ではありませんのよ(EP.2 完)
ホウウィニの姿を見たのはそれが最後だった。
セバスを見たのは、ウドライェドワの屋敷に入ったときが最後だ。
ジンガルドガルドを斬り捨てたホウウィニは、半壊した屋敷から夜空を歩いてどこかに消えていった。優雅に、淑やかに、舞踏会を辞去する令嬢のように。今でも現実のことだったとは信じられない。まるで夢――それもとびきり破茶滅茶な――でも見ていたかのようだった。
だいたい、なぜ自分が生き残っているのかもわからない。ジンガルドガルドが放った銀の奔流は、確実に自分も巻き込んでいたはずだ。眩しさのあまり目をつむっていたが、たまたま外れたなんてことは考えられない。背後の屋敷は木っ端微塵に吹き飛んでいたのだ。イスグングゲズィだけを避ける……そんな器用な攻撃があってたまるものか。それもまた、一連の出来事が夢だったのではないかと疑ってしまう原因だ。
(……けど、夢じゃなかったんだよなあ)
しかし、部屋を見ればあの夢の残滓がはっきりと残っている。
天蓋付きの小さなベッド、折りたたみのできるパーティション、ティーセットにカトラリーセット、幻投機と名画が詰め合わされた幻晶石――そして、地下室に隠した血まみれの服。何度も洗ったが、こびりついた血糊を完全に落とすことはついに出来なかった。下手に捨てれば誰かに拾われるかもしれないし(古着は布というだけで貴重だ)、燃やしたりすれば人目につくかもしれない。そんなわけで、袋に入れて地下室の片隅に押し込んである。
それから、忘れられない言葉もあった。
――本当のヌ=エンドは、勇者の手にあるべきもの。グング様、これはあなたにこそふさわしいと思いますの
ホウウィニの去り際の言葉。
そう言い残して、少女は空を歩いたのだ。
どれほどだったろうか。座り込んだまま誰もいない星空をぼんやりと見上げていて、やがて外が騒がしくなって、それから慌てて逃げ出した。家に帰るまで誰にも見つからなかったのは幸運だったとしか言いようがないだろう。全身血まみれで一等市民街から逃げ出す者など、巡察に見つかっていたら問答無用で銃撃されても文句は言えない。
壁に立てかけた戦鎚を見る。
薄暗い地下室でぼんやりと光る銀色。高い魔力が込められている証だ。無我夢中で帰って、どうやって持って帰ったのか、どうして持って帰ってしまったのか……覚えていない。だが、これも血で汚れた衣服以上に処分に困るものだ。
いや、銀槌というだけならそこまで珍しいものではないのだ。銀は不浄の怪物に高い効果を発揮する。気の利いた迷宮探索者や遺跡荒らしなら、銀の武器などひとつやふたつ持っていて当たり前だ。だからこそ、ジンガルドガルドもこの槌がヌ=エンドであることを隠せていたわけだが。
――ヌ=エンドは勇者の手に握られて、初めてヌ=エンドになりますの
これは、ジンガルドガルドに向けられた言葉。
だが、イスグングゲズィの胸にも深く突き刺さっていた。
あの夜、俺は勇気を示したのだろうか。俺はホウウィニを守ろうとしていたのだろうか。あるいは最高のご馳走を奪われたくなかっただけなのだろうか。わからない。だが、ホウウィニの顔を思い浮かべても唾は湧いてこない。セバスの顔を思い浮かべると、胃が少しきゅっとなるがたぶんこれは食欲ではない。
壁の銀槌をしばらく見つめて。
それから腰の鉄棒をじっと見つめて。
地下室の隅にある棚から、すっかりくすんでしまった三級探索者の迷宮組合証を取り出して。
「別に子供じみた夢がぶり返したわけじゃない。墓荒らしが儲からなくなったから。そう、新しい肉屋はひどく足元を見やがるんだ。このままじゃ食い詰めちまうから、そう、仕方なくだ」
誰にともなく言い訳をして。
食人巨鬼の若者は、家を出た。
進む道のその先には、迷宮探索者組合がある。
* * *
【★特集★ 新人さん必見! 迷宮探索者組合ってこんなところ】
迷宮都市ウォーカーVol.117
迷宮都市ラビリントゥムが、なぜ迷宮都市と呼ばれているのか、読者諸賢はご存知だろうか。
いや、馬鹿にしているわけではない。この号から読み始める新規読者もいるわけで、そういう層に向けた特集なのだと思っていただきたい。あ、ご存じの方も読み飛ばさないで、復習のつもりでお付き合いいただけるとありがたい。読者アンケートへのご協力もお願いします。評判がいいと稿料が上がるんです。
さて、迷宮都市と呼ばれる由縁だが、それはこの都市の地下に広がる広大な空間から来ている。混沌の残滓とも、自立拡張する古代遺跡などとも言われているが、その真相は定かではなく、また正体などに(一部の学者以外には)意味はないのでここではあまり語らない。
迷宮の意味とは何か――答えは簡単だ。儲かるのである。
怪物の肉は食用に、毛皮は衣服や防具に、内臓や骨は医薬や呪術の素材になる。怪物を狩らずとも、地上では手に入らない植物や鉱物もあり、あるいはそのまま使える道具も落ちている。道具の場合、由来は夢破れた先客の持ち物であった可能性も高いが、いちいち出自を気にしていては迷宮探索者などやっていられない。
そう、迷宮探索者である。
迷宮の探索を日々の糧とする彼らは、迷宮都市の花形だ。底辺から頂点まで隈なく存在し、街の活気と経済を支えている。あるいは、このページをご覧のあなたも迷宮探索者志願者ではないだろうか。いや、間違いなくそうだろう。そうでなければこんな特集号は買ってないよね。
迷宮探索者には夢がある。基本的には深く潜れば潜るほど貴重な素材が手に入る傾向にあるのは間違いないが、浅層にだってお宝が転がっていることがある。つい二年前だったか。新米迷宮探索者が「変な匂いがするな。でもなんか癖になるな」と拾ってきた動物の糞のような石ころが、緋々色金よりも高価な竜涎香の一種だったなんて話もある。田舎から出てきたばかりの新人が、一夜にして大富豪の仲間入りってわけだ。おめでとう。なお彼は、「大金を持っているのに無防備でいると強盗に殺される」という貴重な教訓まで残してくれた。ありがとう。
そんな幸運に恵まれずとも、堅実にやったって迷宮探索者は儲かる。ギャンブルのような仕事だと先入観を持っている者は多いが、案外そんなこともない。真面目にやればちゃんと稼げる仕事なのだ。事故のリスクは否定しないが、馬丁だって馬に蹴られることもあれば、農夫だって落雷に打たれることもある。どんな仕事だって死ぬときは死ぬのだ。(え、お前はどうなんだって? 記事を読んで逆恨みした読者から刺されそうになったことが何度もあるよ。勘弁してほしいよ。ペンは剣より強しなんて、まったくの戯言なんだからさ)
せっかくなので、真面目な仕事でこつこつ評判を高めている新人迷宮探索者をひとり紹介しておこう。その名は「英雄かぶれのイスグングゲズィ」。食人巨鬼の若者。二つ名の由来だが、商店のおばちゃんにぽろっと「いつか銀槌のマコマのような英雄になりたいんだ」と洩らしたことから来ている。かわいいね。それから、おばちゃんという生き物の口はどの種族でも変わりなく、空泳鯨の浮袋よりも軽いものだと決まっているから気をつけよう。
期待の新星イスグングゲズィ君だが、なんと五年ものブランクを挟んでのカムバックだ。一度は迷宮で挫折したものの、身に刻み込まれた恐怖を乗り越えてのリベンジである。かっこいいね。現在の冒険先は浅層から中層。二級探索者にも昇格した。住む物件もワンルームから2DKに昇格だ。なんでも最近付き合い始めた探索者仲間の彼女と同棲しているらしい。うらやましいね。筆者も恋人募集中です。連絡は編集部まで。
【迷宮探索者組合(紙幻画)】
・登録費:10,000ラビ ・年会費:10,000ラビ
・客層:各種族ばらばらと。概ね人口比の通り
・設備:酒場(安いがマズイ)、宿屋(ダニ・ノミ多し)、訓練場(ただの広場)他
・おすすめ度: ★★★☆☆(やっぱりヤクザな稼業だから、手に職ある人は考え直した方がいいよ……って、おすすめ度を考えてたらちょっと冷静になってきた。星2が妥当かも。1は言い過ぎ。まあマジメにこつこつ頑張れば、月に一度は上等な人肉が食べられるくらいにはなるよ)
文責:ソニー・ビーンJr.
(Ep.2「オーガーは人を食べますの」 了)




