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最強無敵のお嬢様、魔剣の執事とポストアポカリプスを往く  作者: 瘴気領域
Ep.2 オーガーは人を食べますの

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第18話 オーガー一匹、魂の叫びですのよ

「オげぇぇェええエ…………!!」


 イスグングゲズィは反射的に吐いていた。

 食卓にぶちまけられた吐瀉物が、美食を汚す。

 胃酸が鼻を刺し、頭の奥の鋭い痛みで涙がこぼれる。

 こんなことが許されるわけがない。許してよいわけがない。


 食人巨鬼(オーガー)は同族を食う。だがそれは、家族や親しい友人を弔うときや、決闘で倒した好敵手にすることだ。哀惜か、敬意か、あるいはその両方か。そういう気持ちを込めた神聖な行いなのだ。美食だか嗜虐だか知らないが、こんな風に、いたずらに残忍に行ってはならないことなのだ。


(ああ……)


 今更になって、ホウウィニに人間(ヒューマン)肉入りの皮無しソーセージ(ブルウォルス)を食べさせたくなかった理由がわかった。わかってしまった。それは許されざる行為なのだ。魂を後戻りできないほどに穢してしまう行為なのだ。


 ホウウィニの無垢な笑顔が脳裏をよぎる。いずれ食われるために飼われているなどとは微塵も疑わない笑顔。イスグングゲズィが作った不器用な料理に舌鼓を打つ笑顔。セバスに隠れてお菓子を食べるときの笑顔。繰り返し見た幻画の展開にいちいち一喜一憂し、ハッピーエンドで咲かせる笑顔。自分は、あの笑顔を、穢したくなかったのだ。


「ふうむ、参ったね。君ならばこの趣向も理解してくれると思ったのだが。しかし、これでわかったろう? 儂だって死体を増やすのが趣味というわけではないのだ。大人しく儂の提案を――」

「逃げろッ!! ホウウィニ! セバス! 逃げろッ! 殺されるぞぉぉぉおおおおおおッッ!!」

「なっ!?」


 叫んだ。

 叫ぼうなどとは思っていなかった。

 いっそ頷いてしまおうかとさえ考えていた。

 だが、叫んでいた。

 吐瀉物の残滓を、胃液を、唾を吐き散らかしながら、叫んでいた。


「おっ、お前らは動くな! 動いたら、このヌ=エンドで頭をかち割ってやる!」


 自分でも何をしているかわからなかった。

 椅子を蹴って、腰から鉄棒(ヌ=エンド)を抜き、ウドライェドワとジンガルドガルドに交互に向けていた。


「ひゃはははは! 大した頑固者じゃねえか! おまけにクソ度胸もある! 気に入ったぜ! なあ、大将、こっからは俺の仕事でいいよなあ? あんたが撒いた種なんだから、護衛じゃねえぜ。報酬は別口でもらうからな」

「……ふう、致し方がない。ただし生け捕りだ。なるべく可食部位を残してくれ」

「ひゃはははは! あんたもブレねえなあ! 承知したッ! 指先とつま先だけ潰してやりゃあ十分だろ! 悪りぃな、兄ちゃん。雇い主様からのご要望だ。どこを潰すか、選ばせてやることはできなくなったぜ」


 ジンガルドガルドが腕組みを解き、壁にもたれかけていた身体を一歩前に出す。

 それに付き従うように魔狼も身を起こし、低い唸り声を上げる。


「おっと、銀狼。今回はてめえの出番はなしだ。てめえがかぶりつくと食えるところが減っちまうからな。大将に怒られちまうわ」


 ジンガルドガルドが片手で制すると、魔狼は切なげに「くん」と鳴き、尻尾を巻いてうずくまった。

 侮られている。しかし、かまわない。相手の数が減る分には助かる。鉄棒で牽制しながら、ホウウィニたちへと叫び続ける。


「あー、うるせえなあ。ガキどもなんて別室に入れた時点で閉じ込めてるに決まってんじゃねえか。鉄格子付きで防音もばっちりの貴賓室にご案内済みだよ。おっと、たぶん怪我はさせてねえから安心しろよ。皮肉じゃなく、丁重に扱ってるはずだ。暴れられると肉質が落ちるってんでな。大将がうるせえのよ、そこんところは」


 せせら笑いながら、ジンガルドガルドが一歩ずつ近づいてくる。

 ゆっくり散歩をしているような、警戒心のまるでない歩様。


「そうそう、それからお前のその鉄棒がヌ=エンドだって? 英雄マコマの伝説の武器だな。俺もガキの頃は憧れたぜ。マコマみてえに強くなって、英雄になって、きれいな女も美味い飯も、美味い酒も思うがままにしてえってな。大将の護衛になってだいたい叶ったが――美味い飯だけはちょいと趣味が合わねえところがあるな」


 ジンガルドガルドがちらりと目をやると、ウドライェドワは片頬を歪めて苦笑いした。


「で、話が逸れちまったけどよ、それがヌ=エンドだって? おいおい、こいつぁ奇遇だなあ。見てくれよ、俺の自慢の得物を」


 背負った得物を抜き、イスグングゲズィに見せつけるように掲げる。

 銀に輝く長柄の鉄槌。何かの骨を削ったのだろうか。握りだけが象牙質の乳白色の素材で覆われている。槌頭は片方が方形で、反対が猛獣の爪を模したような鉤型。柄にも槌頭にも、複雑な文様がびっしりと刻みつけられている。


「俺の得物も、ヌ=エンドっつうんだ。混沌の軍勢をぶっ潰しまくったって曰く付きのな。迷宮深層で手に入れた逸品だ。こいつを売れば三代遊んで暮らせるってぇ話だが、ガキの頃からの憧れだ。金の亡者の俺様も、さすがに売れずに手元にあるってわけよ」


 本物のヌ=エンドだという鉄槌を、片手で軽々と素振りする。鋭い風切音。空中に銀色の軌跡が残り、空気の焦げる臭いが漂う。膨大な魔力が大気を変質させたときに起きる現象だ。


「あ、これがヌ=エンドってのはここだけの秘密な。バレるとあちこちから狙われて、うるせえからよ」


 ジンガルドガルドは人差し指を唇に添え、にやりと嗤った。


 * * *


「おいおい、あんまり逃げ回るんじゃねえよ。追いかけるのが面倒じゃねえか」


 ジンガルドガルドは愉しんでいた。弱者を甚振るのは強者の特権だ。

 人間(ヒューマン)の名前を呼びながら逃げる食人巨鬼(オーガー)の若造を、ヌ=エンドをぷらぷらと振り回しながら悠々と追いかける。


 ウドライェドワの屋敷は広い。もともと大きく作られているが、新古樹族(デミアールヴ)の魔術士に空間を弄くらせているため、見た目以上に広大になっている。この屋敷に限らず、金持ちの家にはしばしば施される仕掛けだ。一等市民や貴族が住む迷宮都市の高級住宅街は、代々の所有者がいるために、いくら金があっても土地を手に入れるのが困難なためだ。


 加えて、ウドライェドワには敵が多く、それに応じた警戒心も持っている。自分のような特級探索者を護衛として雇い入れているのもそうだし、屋敷の構造を迷路のように複雑にしているのもその現れだ。護衛となりこの屋敷に一室を与えられているジンガルドガルドであっても、知らない通路がいくつもあるほどに。


「あんま逃げ回られっとさあ、俺はよくとも大将がくたばっちまうんだよ。少しは逃げ足を加減してくんねえかなあ。まあ、ちょうどいい運動になってるかもしんねえけどよ」

「はあ……はあ……、軽口を叩いている暇があったら、少しは足止めの手段でも考えたまえよ」


 背後からはウドライェドワの重い足音が追いかけてくる。

 たっぷり重ね着をした脂肪をゆさゆさと揺らし、お付きの新古樹族(デミアールヴ)がつま先立ちで額や顔に浮いた汗を拭いてやっている。まったく、ご苦労なことだ。お高く止まった新古樹族(デミアールヴ)を使うのが上流階級のステータスだというのは知っているが、食人巨鬼(オーガー)とでは体格が違いすぎる。さすがに不便だろう。


 それでもウドライェドワが追跡に同行しているのは、やつもまた愉しんでいるからだ。狩りは食人巨鬼(オーガー)の男にとって本能のようなものだ。しかし、ウドライェドワ自身にそれをする力はない。だから、金を力を通じてジンガドラガドラに狩りをさせ、それを眺める。そうやって、己の狩猟本能を満足させているのだ。


 ともあれ、そろそろ追いかけっこが面倒になってきたのには同意する。

 イスグングゲズィとかいう若造は、存外に逃げ足が早い。通路のあちこちに飾られた調度品を片っ端から床に投げ落とすものだから、それをいちいち避けて歩かなければならないのも鬱陶しい。ついでに苛つかせるのは――


「なあ、ガルドさん。片足ぐらいはもらっちまってもいいんじゃないですかい? あの野郎、一発わからせてやんねえとあっしの気も収まらねえんで」

「へえ、お前の気がねえ」


 ――部下の一人である。

 上手いこと通路の反対に回り込ませたというのに、鉄棒を一発食らって目を回し、むざむざ取り逃した無能だ。ウドライェドワの護衛団の中で、直接契約関係があるのは隊長のジンガルドガルドだけだ。残りの護衛はジンガルドガルドが給料を払って雇っている。基本的には一級から二級の迷宮探索者(サルベージャー)から使えそうな者に声をかけているのだが。


「そうだな。お前の気が収まらねえのは大問題だ。俺たちゃ男を売る家業だからな。舐められたらおしまいだ。いいぞ、行ってこい」

「へへっ、さすがガルドさんは話がわかるぜ。それじゃあサクッと狩ってきますよ」

「あ、投げナイフは禁止な。うっかり殺しちまったら報酬が減らされちまう」

「へい、承知しやした!」


 大ぶりのナイフを両手に構え、飛び出していく。

 殺してはならない、可食部位をなるべく減らさない、それからサービスとしてウドライェドワ(雇い主)の目を楽しませる。それらの縛りさえなければ、多少逃げ足が速いと言っても所詮は素人だ。追いついて仕留めるのにさしたる問題はない。


 部下の背中が前に出たところで、ジンガドラガドラはヌ=エンドを振りかぶる。

 そして大きく一歩踏み込んで、振り抜いた。


 ぐぺ


 湿った音。

 ミートハンマーで生肉を叩いたような。

 あるいは、多少の断末魔も混じっていたかもしれない。


 部下の上半身が消失し、代わりに真っ赤な霧が飛び散って、通路を染め上げた。下半身が勢いのまま何歩か進んで、自らの血でできた水たまりに足を滑らせて、どうと転んだ。


「ううーん、もったいないねえ。ロースもバラも、ハラミもレバーも丸ごと台無しだ。モモとスネくらいしか残ってないじゃないか」

「一応、俺の部下なんでね。食材としてカウントするのはやめてもらいます? まあ、残ったところは自由にしてもらってかまわないっすけど」


 ジンガルドガルドは金が大好きで、無駄遣いが大嫌いだ。だから、自分で給料を払っている部下が使えないのも許せない。無駄金を使わせた者は万死に値する。


「ついでに、いくらか有効活用は出来たんじゃないすかね?」


 銀槌で通路の先をちょんと指す。

 そこでは、全身血糊でまみれたイスグングゲズィが足をもつれさせていた。

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