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最強無敵のお嬢様、魔剣の執事とポストアポカリプスを往く  作者: 瘴気領域
Ep.2 オーガーは人を食べますの

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第15話 もふもふワンコの登場ですの

「冷たくて美味しいですわ! これも『食人巨鬼(オーガー)の休日』で食べていましたの!」


 中央広場から謝肉派寺院に続く大階段。

 大勢の観光客に混じって腰を掛け、目を細めて氷菓子を味わっている金髪の少女はホウウィニだ。食人巨鬼(オーガー)サイズのため一段一段が高く、足がぷらぷらしているが、ドリルのような金髪をびよんびよんと揺らしてすっかり上機嫌だ。幻画のワンシーンを再現しているつもりなのだろう。


 その隣では、セバスが背筋をぴんと伸ばして立っている。ホウウィニが地べたに座るのをなかなか承知しなかったが、ハンカチを敷くことでなんとか納得したらしい。目立つから本人も座らせたかったのだが、こちらはどうしても承知しなかったので諦めた。セバスに関してはもう色々と諦めている。


 イスグングゲズィも階段に腰を下ろし、やっと肩車から開放された首をコキコキと鳴らした。体力的にはどうということもないが、食人巨鬼(オーガー)の背丈は人間(ヒューマン)の家の二階ほどもある。もし落としてしまったら無事では済まない。変装がバレないかと不安でもあったし、すっかり気疲れしていたのだ。うん、甘酸っぱいジェラートで気持ちがすっきりする。


「夕飯はどこかの屋台でご飯を買って帰ろうか」

「はいっ!」


 帰ってから食事の準備をするつもりにはちょっとなれない。またセバスに小言を言われるかもしれないが、今日は勘弁してもらおう。サラダや果物を買って帰れば栄養バランスとかいうものも最低限はクリアするはずだ。


 ジェラートを食べ終え、ホウウィニの手と口の周りをセバスが甲斐甲斐しく拭いてやるのを待ってから大階段を離れる。昼時が過ぎて、混雑は多少緩和されていた。肩車はもうしなくても大丈夫だろう。


(さて、夕飯はどの屋台にするか……)


 ホウウィニに選ばせようかとも思ったが、ジェラートとステーキサンドの代金で財布がすっかり寂しくなっていた(説教の合間にほとんど無意識の間にイスグングゲズィの分のステーキサンドも押し付けられ、そしてしっかり代金は取られていたのだ)。これでホウウィニに高い店を選ばれたら破産してしまう。手頃な屋台はないかとうろうろしていると――


「よオ、グング。てめえが昼間から出歩いてんのは珍しいな。って、最近はそうでもねえのか? そいつらがお前の言ってた親戚のガキどもか。ははあ、まるで似てねえな。誘拐してきたって言われた方がしっくりきやがるぜ」


 話しかけてきたのは移動屋台の親父だった。

 イスグングゲズィが死体を卸している肉屋の親父でもある。午前中は肉屋の仕事をし、午後は売れ残った肉を惣菜にして屋台の商品にしているのだ。


「ゆ、誘拐だなんて人聞きが悪いな。ああ、ちょうどいいや。三人……いや、五人前頼むよ」


 親父の屋台で売っているのはブルウォルスという食人巨鬼(オーガー)の伝統料理だ。挽肉にいくらかの穀物を混ぜ、太い棒状に固めて焼いた料理で、皮無しのソーセージのようなものだ。それ一種類なので、何人前が欲しいか伝えるだけで注文は済む。五人前も頼んだのは、一人前がイスグングゲズィ、半人前がセバス、残りがホウウゥニ用になるからだった。


「しかし、今日はツイてたぜ、グング。俺にとっちゃあ逆だけどな。結構売れ残っちまってよ。今日の挽肉固め(ブルウォルス)は豪華だぜ。状態のいい人間(ヒューマン)の――」

「あっ、ご、ごめん。急用を思い出した。注文はキャンセルで!」


 親父の言葉を遮って、イスグングゲズィはホウウィニを抱えて早足で立ち去った。人間(ヒューマン)の肉を食べているなんて、ホウウィニたちに聞かれたらまずい。そこはなんとか誤魔化したとしても、同族の肉を食わせるというのは――


(――あれ? ダメなのか?)


 食人巨鬼(オーガー)とは違って、人間(ヒューマン)に同族食いの習慣がないことくらいは知っている。人間(ヒューマン)の肉だと知れば、たぶん嫌がるだろうし、逃げ出すかもしれない。しかし、肉は肉だ。加工してしまえば元が何だったかなんてそうそうわかるものではない。黙っていれば問題はなかったんじゃないだろうか。


 でも。


 どういうわけか、気が進まなかった。泉の時と一緒だ。例えバレる心配がなくとも、ホウウィニに嘘をつくのがなんとなく嫌だったのだ。いや、そうじゃない。ホウウィニが特別なわけじゃない。嘘は謝肉派でも禁じられている悪徳だ。別に熱心な信者ってわけじゃないけど、嘘は良くないという道徳心は当たり前にある。それに従っただけなんだ――どんっ


「おい、どこ見て歩いてやがる」

「あっ、す、すみません!」


 考え事をしながら小走りに広場を横切っていたら、誰かにぶつかってしまった。咄嗟に謝りながら顔を上げると、銀色の毛皮に覆われた壁が見える。もう少し顔を上げると、暗い赤褐色をした精悍な男の顔。燻したような銀髪に、太く荒々しい眉の下に光る猛獣じみた眼光。天を穿たんとする杭のような牙は、片方が半ばから折れている。


「ぎ、銀背(ぎんはい)のジンガドラガドラ……さん?」

「なんだ、俺を知ってんのか。そのうえで因縁つけるたぁいい度胸だな。気に入ったぜ。どこからぶっ潰されたい? 選ばせてやるよ」

「ひいっ!? えっ、す、すみません! い、因縁だなんてそんな……」


 いきなり襟首を掴まれた。首が苦しい。足が地面から離れる。

 片手だ。半トン近いイスグングゲズィの身体が、片手で軽々と持ち上げられていた。


 イスグングゲズィはこの怪力偉躯(いく)の食人巨鬼(オーガー)を知っている。知っているが、知り合いというわけではない。一方的に知っているだけだ。

 銀背(ぎんはい)のジンガドラガドラ――迷宮探索者(サルベージャーズ)組合(ギルド)でも数少ない特級探索者だ。迷宮はいくつかのエリアに区分されており、等級に応じて入れる範囲が制限されている。狩場の奪い合いや無謀な探索による被害を防ぐためだ。その最上位に位置し、すべてのエリアに自由に出入りできるのが特級探索者である。ラビリントゥムではほとんど英雄のような扱いで、人気の幻画俳優にも勝るとも劣らない知名度を誇る。


「ちっ、違うんです。か、勘弁してください……」

「なんだ? ぶっ潰されるのは嫌なのか? しょうがないやつだ。じゃあお前は特別にこいつの餌にしてやろう」


 不吉な唸り声を上げたのは銀色の毛並みを持つ巨大な魔狼。

 輓馬(ばんば)よりも一回り勝る巨躯のそれは、ジンガドラガドラが迷宮で幼獣を捕らえて飼いならしたのだという。なお、親はジンガドラガドラが身にまとっている。銀色の髪、銀色の毛皮、銀狼を従え、背には銀の大槌を負う。これらを以って、ジンガドラガドラは「銀背」の異名を得た。銀色の後光を背負っているとか、そういう意味だ。


 凶暴な獣の唸りがゆっくりと近づいてくる。

 脅しだとは思う。いかに特級探索者と言えど、衆人環視の中で殺人を行えばただでは済まないはず――いや、本当にそうか?

 広場を行き交う人々は、関わり合いになりたくないとばかりに視線すら寄越さず、急ぎ足に通り過ぎていくだけだ。彼らがジンガドラガドラに不利な証言をするはずがない。理由は簡単、復讐が恐ろしいからだ。あるいは正反対に、イスグングゲズィから襲いかかって返り討ちになったとでも言うかもしれない。


 死。


 黒く重たく粘った何かが頭蓋を満たし、それが血管を巡って全身の血が冷える。振りほどいて逃げ出したいが、手足が萎えて力が入らない。小刻みに震えながら、言葉にもならない命乞いの代わりに、ぜえひゅうとかすれた息が洩れるのみ。


「まあ! かわいらしいワンちゃんですわ! 撫でてもかまわないかしら?」

「おやめください、お嬢様。野良犬に触れてはお手が汚れます」


 は?


 場違いに脳天気な声が聞こえてきた。少し遅れて気がつく。

 ホウウィニと、セバスの声。


「俺の銀狼を、野良犬だと?」


 強烈な怒気を孕んだジンガドラガドラの低い声。

 襟首を掴む力が強まるが、その怒気の矛先はこちらではない。


「に、逃げ……」


 かすれた息を、なんとか声にする。

 駄目だこんなやつに関わっちゃ君らまで殺されてしまう人間(ヒューマン)の命なんてなんとも思っていないようなやつだすぐ逃げろ話が通じる相手じゃない野良犬やめろ挑発するなやつの自慢殺される逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ


「ガドラ君、何を遊んでいるのかね?」


 誰かの声。

 ふっと重力が消え、両足が地面についた。そのまま足がもつれて尻もちを着く。呆然と見上げてやっと理解する。ジンガドラガドラが手を放したのだ。


「いや、ちょっとぶらついてたらこいつに絡まれましてね。ちょいと注意をしてやっていたところでさ」

「注意ねえ。そんなことより、勝手にぶらつかれたら困るよ。ガドラ君は儂の護衛隊長なんだから」

「はは、こりゃ申し訳ない。護衛と言ってもこの街で暴食公に逆らうやつなんていねえでしょうよ」

「何事も用心だよ。あと、そのあだ名は好かんのだがねえ」

「そうですかい? 俺ァ格好いいと思うんですがね。失礼しました、ウドライェドワ公」


 暴食公? 会話の相手にやっと目を向ける。

 その上背はジンガドラガドラの肩くらいで、イスグングゲズィと変わらない。しかし、横幅がずっと違っていた。縦に潰した樽のような体型。顎も首も脂肪に埋まって、頭と肩とがほとんど一体化している肥満漢。金糸銀糸をふんだんにあしらった悪趣味なまでに装飾過剰な衣装で身を包み、大勢の食人巨鬼(オーガー)の護衛を引き連れていた。


 暴食公ウドライェドワ――こちらも有名人だ。迷宮街の最高権力である評議会に名を連ねる議員の一人だった。商人出身だが、豊富な資金に物を言わせて有力氏族の妻を迎え、貴族となっている。表向きはまっとうな商売人だが、黒い噂が絶えない男でもある。暴食公という二つ名は美食のためなら金にも手段にも糸目をつけないところから来ており、かの有名な美食家のユージーン・カイハラとも昵懇だという。


 そして、新鮮な人肉のため日常的に殺人を犯している、という噂もある。いや、間違いなくやっているだろう。法律とは、金や権力の味方なのだ。そしてこの男はその両方を持っている。法律がウドライェドワを罰する可能性は限りなく低く、罰せられないのに欲望を我慢する意味はない。


「いやはや、すまなかったね君。選挙が近いもので護衛の者も気が立っておったようだ」

「は、はあ……」


 ウドライェドワが差し出した手を握り、イスグングゲズィはなんとか立ち上がる。脂でまみれた芋虫を掴んだような感触が手に残った。


「おかげさまで今回も当選は間違いないのだが、大切な時期だけにつまらないトラブルは起こしたくなくてねえ。君も、トラブルは嫌いだろう?」

「はあ……」

 トラブルが好きな者などいるのだろうか?

「むっ、服が汚れてしまったようだね。洗濯代を出そう」


 ウドライェドワが目配せすると、隣に控えていた痩せた新古樹族(デミアールヴ)がイスグングゲズィの手に領札を握らせてきた。洗濯代などとは言っているが口止め料であることはわかる。巡察に訴え出たところで相手にはされないだろうが、妙な悪評を流したりするなよということだろう。


「あ、ありがとうございます。ウドライェドワ議員(せんせい)」


 頭を下げると、ウドライェドワは「おお、儂を知っていてくれたかね」と満足げに顔を歪ませた。ああ、これは野次馬向けのパフォーマンスも兼ねているんだ。従順な者には寛大に接し、時には利益も与える男なのだとアピールしているのだと気づく。そうでなければ、投票権のない三等市民であるイスグングゲズィにこんな態度を見せる必要はない。


 始めから仕込みだったのか、あるいは偶然を利用したのかは知らないが、ひとまず命拾いした。まだ犬……じゃない、魔狼をかまおうとしていたホウウィニを有無を言わさず抱え上げ、立ち去ろうとした。そのときだった。


「ちょっと待ちたまえ。君、何やらいい匂いをさせているねえ」


 背中から、ウドライェドワの粘ついた声に呼び止められた。

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