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最強無敵のお嬢様、魔剣の執事とポストアポカリプスを往く  作者: 瘴気領域
Ep.2 オーガーは人を食べますの

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第13話 変身! ビフォーアフターですのよ

「おはよう。グングさん」

「ひゅぇっ!?」


 ある日、買物のために家を出ると、いきなり声をかけられた。声の主は長屋の大家である中年の食人巨鬼(オーガー)女だ。家賃を納めに行く時くらいしか顔を合わせる機会がないのだが、今日はなぜだか玄関前にいた。


「お、おはよう。大家さん。今月の家賃ならちゃんと払ったはずだけど……」


 それ以外に、大家が訪ねてくる用事など思いつかない。


「いや、家賃のことなんかじゃないんだよ。グングさん、あんた、なんか隠し事をしてないかい?」

「かかか隠し事なんて、そ、そんなことは……」


 どきりとして、声が震えてしまう。

 まさか、バレたのか!?

 誘拐も、監禁も、それからまだやってはいないが殺人も立派な犯罪である。迷宮都市ラビリントゥムは、犯罪者が気ままに跋扈する自由都市連合とは違うのだ。ホウウィニたちの素性は結局わかっていないが、もしきちんとした身元のある人間(ヒューマン)であったのなら、巡察に通報されたらおしまいだ。


「本当かい? 惣菜屋の奥さんから聞いたよ、親戚の子供を預かってんだろ? その子供も、これっぽっちも表に姿を見せないじゃないか」

「いいいいいやそれは、ちょっと病気がちというか恥ずかしがり屋というか出不精と言うかそういうアレがソレで……」

「病気ィ? それならなおのこと心配じゃないか、どれ、あたしがひとつ具合を――」

「だだだだだ大丈夫! 大丈夫だから!」


 ドアノブに伸びようとする大家の手を必死に身体で遮って、


「うん、風邪! ただの風邪だから! 伝染るといけないから今日は帰って! ね! 治ったら挨拶させるからさ!」

「そうかい? それならいいけどさ……」


 強引に踏み込むほどの確証はないのか、大家は不審げな顔をしながらも引き下がった。


(まったく、驚かせないでくれよ……)


 大家が向こうを向いて、ほっとため息をつこうとした、そのときだった。


「一個だけ言われてもらうけどね! 厄介事はごめんだからね!」

「はいっ!?」


 大家が突然振り返り、大声を上げた。

 心臓が跳ね上がる。

 やっぱり、バレているのか!?


「猫だか犬だか知らないけど、あたしが貸している家だってのを忘れないでくれよ。もし部屋を傷つけてたら、修繕費は耳揃えて払ってもらうからね」


 そう言い捨てると、大家はようやく立ち去った。

 へなへなと腰が抜けそうになるのを必死で堪える。

 全身が冷や汗でびっしょり濡れていた。


 * * *


 すぐに戻るとまずい。

 近場に隠れて大家が帰ってこないのを確かめて、そろりそろりと家に帰った。


「おかえりなさいませ、グング様。ずいぶんお帰りが早かったようですけれど、何かございましたの?」


 部屋に入ると、ホウウィニが金髪ドリルを揺らしながら駆け寄ってくる。


「う、うん、ちょっと忘れ物をしちゃってね。……あ、いや、お店が定休日なのを忘れてたんだ」


 忘れ物ではまたすぐに家を出なければおかしい。慌てて嘘の内容を変える。

 どうやら、大家との悶着には気づかれなかったようで、ひとまずはほっと胸を撫で下ろした。ホウウィニたちは、一応は招待客ということになっているのだ。どこで吐いた嘘が広まったのか、それが親戚の子ということになっていたらさすがに不審に思うだろう――いや、待て本当にそうか?


 ホウウィニたちがこの家に来てから、もうだいぶ経つ。生活に不自由をさせているつもりはないものの、外出はさせていないのだ。にもかかわらず、文句の一つも言わない。奮発して自宅で幻画が見られる幻投機と、著作権切れの名画が詰め合わされた幻晶石まで買ってはいるが、だからといって無聊を慰めるのにも限度があるだろう。(セバスは勝手に抜け出してガラクタを拾ってきたりしているようだがそれについては諦めた。買った覚えのない紅茶の缶も増えているがそれについても見て見ぬふりをしている。以前、猫を飼っている知り合いが「猫ってのはそんなもんさ」と語っていたのを思い出したので、セバスは猫のようなものなのだと考えることにした)


 つまりだ。ホウウィニは身を隠したいのではないだろうか。

 そう考えると辻褄が合う――というか、そう考えないと辻褄が合わない。

 イスグングゲズィは勇気を振り絞り、ホウウィニに尋ねてみることにした。


「ねえ、ホウウィニ。君はここに来てから外に出ていないけれど……、お出かけしたいとは思わないのかい?」


 するとホウウィニはぱっと顔を輝かせて、


「お出かけですか? ぜひしたいですわ!」

(しまった! 失敗だったか!?)


 しかし、もうあとには引けない。

 これで嫌がられたら、ここで殺――食料にしてしまうことも考えなければいけない。


「で、でもね、お出かけするにはそのままじゃマズイんだ。ここは食人巨鬼(オーガー)の街だから、人間(ヒューマン)はあんまり歓迎されないんだよね」

「まあ! ではグング様も、本心では歓迎してくださってはいなかったの?」


 碧色の瞳に大粒の涙が溜まる。


「そ、そうじゃなくって。俺はもちろん歓迎しているよ! で、でも街のみんなはそういうわけにはいかないんだ」

「そうなんですの? これは早とちりしてしまいましたわ。疑ってしまい申し訳ございませんでしたの」


 本当に申し訳なさそうな顔をして、ちょこんと頭を下げる。


「でも、それでは、お出かけをしたらグング様にご迷惑をかけてしまうのでは?」


 いい流れになってきた。

 イスグングゲズィは内心でほっと安堵のため息をつく。


「ううん、俺にいい考えがあるんだ――」


 イスグングゲズィがその考えを伝えると、ホウウィニは「まあ! それは楽しそうですの!」と無邪気に微笑んだ。


 * * *


 翌日、イスグングゲズィは謝肉街の目抜き通りを歩いていた。

 一等市民から三等市民まで分け隔てなく集まる、謝肉街でもっとも賑わいのある一角だ。ちなみに迷宮都市の市民制度において、一等から三等までは納める税金の多寡で決められ、受けられる行政サービスや住居などで区別がされている。といっても所詮は平民間でのことであり、さほど隔絶した差があるわけでもない。一等は金持ち、三等は貧乏人。ざっくりその程度だと考えておけばよい。


 さて、言うまでもないだろうがイスグングゲズィは三等市民で貧乏人である。名より実を取り、節税のためにあえて三等市民に留まる場合もあるが、彼の場合はそうではない。ただただ普通に貧乏人で、墓荒らしという賤職を生業にしている者である。


 そのイスグングゲズィに、行き交う食人巨鬼(オーガー)たちの視線が吸い寄せられている。否、正確に言うならば、注目を集めているのは彼の傍らにいる二人の道連れだ。


 一人は食人巨鬼(オーガー)の少女。健康的な赤銅(しゃくどう)色の肌に、紫水晶(アメジスト)色の大きな瞳が輝いている。ドレスについたたっぷりのフリルと、切削刃(ドリル)のように立派な金の巻き髪をゆらしながら、あっちへちょろちょろ、こっちへちょろちょろ走り出そうとしてはイスグングゲズィに手を引かれて足元に戻されている。


 一人は食人巨鬼(オーガー)の少年。半歩間違えれば病人じみた青銅色の肌に、濡れた黒曜石のような双眸。皺ひとつない黒い執事服の胸ポケットには純白のハンカチのレースが覗き、黒い革靴(ストレートチップ)は鏡のように磨き上げられている。背筋はぴしりと伸びて、少女とは対照的に端然と歩を進めている。


 二人とも、いくら貧富を問わず集まる目抜き通りとはいえ浮いている。

 食人巨鬼(オーガー)からすれば子供にしか見えないのだが、それにしたってちょっと見かけないレベルで容姿が整いすぎている。連れ合いのイスグングゲズィがいかにも貧相なのが、その容姿を一層際立たせてしまっていた。


 これも言うまでもないだろう。

 二人の子供は、ホウウィニとその従者セバスの変装である。

 変装はセバスの手になるものだ。最初はイスグングゲズィがやろうとしたのだが、「お嬢様の御髪(おぐし)が乱れる」と交代させられ、目隠しの板から出てきたときには立派な食人巨鬼(オーガー)兄妹が仕上がっていた。肌は塗ったように見えないし、牙や角は元から生えているようにしか見えない。一体どうやったのか気になったが、また長々と意味のわからない説明をされると思って疑問を飲み込んだ。


「あらまあ、可愛らしいお嬢さんだこと。これが親戚の子かい?」

「ま、まあね」

「ふうん、まるであんたに似てないねえ?」

「そそそそ、そうかな?」


 眉間にしわを寄せ、イスグングゲズィの顔をじろじろ眺めてくるのは行きつけの商店のおばちゃんだ。食料品を中心に、ちょっとした雑貨まで扱っていて、あちこち買い回りたくない横着者に人気の店である。大家が言っていた「惣菜屋」とはこの店を指していたのだろう。噂の発信源がここであると踏んで、真っ先にやってきたのだ。


「まあ、こっちの子もまたえらい美形だねえ。俳優さんみたいだよ。ええっと、ほら、なんとかって幻画にいただろう? なんとかって俳優だよ!」

「は、ははは、そう褒めてもらえると親戚として鼻が高いよ」

「まったく、あんたもこの子に似ればよかったのにねえ。あ、それじゃ順番が逆か」


 何が面白いのか、おばちゃんはげらげらと笑いながら背中を叩いてくる。痛い。おばちゃんは体格がよく、下手な食人巨鬼(オーガー)男よりも力があるのだ。


 似ていないと言われて一瞬ドキリとしたが、冷静に考えれば似ていない親戚なんてどこにでもいる。最初にして最大の難関と覚悟していた商店のおばちゃんを無事にクリアし、イスグングゲズィはこっそりため息をついた。

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