第12話 オーガー様と同棲しますの
「セバス、ディナーの予定は何時だったかしら?」
「少々お待ちくださいませ、お嬢様。――イスグングゲズィ殿、ディナー、晩餐、夕餉、夕食、夕飯、晩御飯、あるいは晩飯の用意はございますか」
「えっ、あー、えっと、それは……」
いきなり単語を並べ立てられて一瞬パニックになりかける。
そんなに同じ意味の言葉を並べ立てなくったってわかるし、物知らずと思われているようで少し気分が悪い。実際、学校に通ったこともなく、物知らずではあるのだが。
「ふむ、これらの言葉の意味がわからないのでしたら――」
「わかる! わかるって! 晩飯だろう? ちょっとしたものなら作れるからさ、待っててよ」
また同じ意味の単語をまくし立てられてはたまらない。
他人を自宅に招待しておいて、ご馳走のひとつもしないというのは確かに行儀が悪いだろう――いや、本当にそうか?
地下室への梯子を下りながら、少しだけ冷静になる。
もともと食べるつもりで誘拐しようとしていたのに、その相手にご馳走をするんじゃ話があべこべじゃないか。
上開きの小型冷晶庫(といっても人間なら大家族向けのサイズ)を漁りながら考える。チーズと干し魚がある。ビールも冷えているし、これを炎晶炉で炙れば十分夜食に――そうじゃない。ホウウィニたちの扱いの方だ。
細かな経緯は予定とまったく違っていたが、大枠で言えば最初に計画したとおりに進んでいる。若く柔らかそうな人間を、人目につかずに家まで連れてこれたのだ。墓荒らしと行き逢いたがる者はいないため、自分たちがよく使う路地は自然と人気が遠ざかる。行き先が自分の家になった時点で、成功はほとんど約束されていた。
しかも、二人だ。
セバスとかいう青年も貧弱な人間に過ぎない。ホウウィニより(人間基準で)頭ひとつ大きいが、それでも自分に比べれば半分程度でしかない。線も細く、体重で言えば十倍以上違うのではないだろうか。
妙な流れで気圧されてしまったが、本来ならば相手にならない体格差だ。頭を掴んできゅっとひねれば簡単に頚がねじ切れるだろう。ビール樽の栓を抜く方が手こずりそうなくらいだ。
そう考えると、だんだん勇気が湧いてきた。
そして、考え方も大胆になってくる。
すぐ食べてしまうのは、もったいないのではないだろうか?
豚や鶏はたっぷりと餌を与え、太らせてから食うものだ。
ホウウィニもセバスも、いかにも痩せっぽちで骨ばっている。
新鮮な人間肉を食べる機会など、今後一生ないかもしれない。
しばらく飼って、太らせてから食べた方が後悔しないのではないか。
だんだん心がうきうきしてきて、冷晶庫から秘蔵の腸詰めまで取り出していた。真っ黒で石のようにカチコチなそれは、牛頭鬼のサラミである。自分にとっては大層な高級品で、いいことがあった日、つらくてやりきれないことがあった日、それから一人きりの誕生日……そういう時に、少しずつ削りながら食べていたものだった。
「グング様、お手伝いに参りましたの」
「うひっ」
背中から声をかけられ、また悲鳴を上げてしまった。
振り返ると、巻き髪を揺らすホウウィニと、その後ろに佇むセバスがいた。
しかし、先程までと比べて心の余裕がある。
イスグングゲズィは精一杯優しい笑顔を作って、精一杯優しい声色を出す。
「いまア、ご馳走の準備をしているからア、ちょっと待っててねエ」
他種族からすれば牙を剥いて威嚇しているようにしか見えず、それでいて声は妙に甲高いという奇っ怪極まる態度であったが、イスグングゲズィ自身は不自然に気づいていない。
「まあ、それは楽しみですの!」
そして、ホウウィニの方にも気づいた気配はまったくなく、無邪気な笑顔を輝かせていた。
* * *
人間二人を飼うことに決めてから、代わり映えのしない繰り返しだったイスグングゲズィの生活にも変化が生じた。
まず、家具である。
古物屋から食人巨鬼の赤ちゃん用のベッドを買い、同じく食器も買い揃えた。馴染みの店主には不審な顔をされたが、「友だちに子供が出来たからその祝いだよ」などと誤魔化した。それから目隠しに使える板も買った。セバスがホウウィニのプライバシーがうんぬんとうるさかったからだ。(プライバシーという言葉は知らなかったが、ニュアンスはなんとか理解した)
なお、それらはいつの間にか改修され、なんだか上等な感じの家具に生まれ変わっていた。ベッドの足には細緻な彫刻が施され、天蓋とカーテンも追加された。仕切り板にもそれに合わせた装飾がされ、折りたたみができるよう木組みで蝶番の細工までされている。ついでに言うと買った覚えのないティーテーブルとティーセット、おまけにカトラリーセットも一通り増えていた。なんでだよ。
一応出どころを聞いたが、あちこちから拾い集めたガラクタを材料に、「ジクォセイガタナノマシニ」でうんぬんしたとか言っていた。さっぱりわからない。たぶん魔術の一種だろう。人間の中にも魔術や呪詛を使える者はいる。生まれつき魔素が少ないから大したことはできないらしいが。
食人巨鬼の例に漏れず、イスグングゲズィは魔術に疎かった。
食人巨鬼も魔素自体は豊富に持つが、ほとんどすべてが肉体の強化に使われている。そのため、魔術への耐性こそ持つが行使となるとてんで向かないのだ。このあたりは竜鱗の裔と似ているが、吐息のような特殊能力もない。自分で使えず、さほどの脅威にもならないものに興味を持つはずもないのである。
なんだかわからないが、便利な魔術を使えるらしい。
その程度の認識で片付けた。それなら、最初から家具を買う必要もなかったのではないかという不満は残ったが、それを口にするとまたセバスにぐちぐち言われそうだから黙って飲み込んだ。
それから食事。
食人巨鬼の主食は肉で、とくに若い男は野菜や果物をそれほど食べない。しかし、人間はそうではないらしい。バランスよく食べなければお嬢様の身体によくないと、セバスから例のくどい口調で抗議された。そのため、パンや野菜、果物などの買物が増えている。
イスグングゲズィはいつも出来合いの惣菜や、そのまま食べられる保存食ばかり買っていたので、商店のおばちゃんに怪訝な顔をされた。「なんだ、所帯でも持ったのかい?」としつこく聞いてくるので、誤魔化すのに大変苦労した。適当な嘘で切り抜けたが、何を話したか細かくはおぼえていない。
それから仕事。
支出が増えたので、収入も増やさなければ生活が立ち行かない。これは単純に墓荒らしに行く回数を増やした。もともと毎日やるような仕事ではない。誰もがやりたがらない仕事ゆえに、一回あたりの収入は大きいのだ(屍奪蟲に邪魔されることもあるが)。それまでは週に一度か二度行くだけだったのを、三日と開けず通うようになった。
急に忙しくなったが、イスグングゲズィに不満はなかった。
むしろ生活に張り合いが出てきたようにさえ思う。家に帰ると、ホウウィニが満面の笑顔で迎えてくれるのだ。給餌をすると一層喜ぶ。そしてたまに菓子などを買ってやるとさらに喜ぶ。与えすぎるとセバスがうるさいので、こっそり与えることもしばしばだった。
(これが牛飼いの気持ちなのかなあ)
イスグングゲズィは田舎の村を思い出していた。
村では畜産が盛んで、とくに牛飼いが多かった。食人巨鬼の社会において、耕作用の労働力としての牛は需要が低い。もともと農耕をあまりやらないし、やるとしても本人の方が牛よりも馬力があるからだ。つまり、肉牛としての飼育が主となる。
牛飼いは、一頭一頭に名前をつけてかわいがっていた。愛おしそうに名前を呼びながら毛皮にブラシをかけるのだ。どうせ潰して食べてしまうのに……と子供ながらに疑問だったが、今は彼らの気持ちがわかる気がする。ホウウィニの髪に丹念に櫛を通してやりながら、心のなかで「おいしくなあれ、おいしくなあれ」と声を掛けるのが習慣になっていた。(なお、あまり長くやるとセバスの機嫌が悪くなるのでそこそこで切り上げようとするが、ホウウィニがねだるのでなかなかやめられない)
そんな暮らしを、筋引き月が幾度か満ち欠けを繰り返すほど続けていると、やがて噂が立つのも当然だった。
――だらけた墓荒らしが、近頃急にしゃんとしだしたな
――グングだろ? 人が変わったみたいだねえ
――何か隠し事でもあるんじゃねえか?
――何かって何だよ
――厄介事ならごめんだよ
――墓荒らしでお宝を見つけちまったとかさ
――それならなおさら働かねえだろ
――急に贅沢しだしたら怪しまれんだろうが
――何かあるにちげえねえよ
――さもなきゃ説明がつかねえ
――そりゃ何かはあるんだろうさ
――ああ、何かあるはずだ
――ああ、何かある
――何かある
そして噂とは、本人の知らぬところで広まるものだった。




