08 予定外に予定通りの断罪でして
伯爵令嬢 メイヴィス・モルゲンシュテルン
伯爵令息 アルフレート・ローゼンタール
伯爵令嬢 エレオノーラ・ヴァランティーヌ
アルフレートと顔を見合わせた。
ざわめきに満ちた会場の空気の中、ほんの一瞬だけ交わした視線に、同じ不安を抱えているのがわかる。
彼の眉がわずかに寄り、私も無意識に息をのんだ。
嫌な予感が、胸の奥を静かに締めつけてくる。
「どうかされましたか、ヴァランティーヌ家の…エレオノーラ伯爵令嬢」
皇太子がわざとらしく穏やかな声でそう告げる。
すると、エレオノーラが待っていましたと言わんばかりに一歩前へ出た。
ドレスの裾を優雅に揺らしながら顎を上げ、そのままドヤ顔で皇太子の悪事を語り始めた。
その表情には確信と勝利の色が浮かんでいる。
周囲の貴族たちもざわつきながら耳を傾け、好奇と期待の入り混じった視線が一斉に彼女へ集まっていく。
前回はこのシーンを見て、エレオノーラかっこいいって思ったんだけど。
冷静に見ると、なんか、違和感。
「こちらの証拠をごらんください」
エレオノーラが声高に証拠を出した。
白い手袋をした指先で高々と掲げられた帳簿に、会場の空気がぴたりと止まる。
「これは私とアルフレート様とで見つけた帳簿です」
そう言うと、「おお……」と感嘆の声が漏れ、みんなの視線がその帳簿に集まった。
貴族たちは互いに顔を見合わせ、小声で何かを囁き合っている。
これはまさに、前回見たシーンだ。
でもどこか歯車が噛み合っていないような、不自然な空気が肌にまとわりついて離れなかった。
なんというか、無理矢理感がある。
「…ちょっと待ってくれ。俺は『その帳簿』に関してはよく知らない」
低い声で、アルフレートが話の途中で割り込む。
「まあ…何を言ってるんですかアルフレート。私たち、一緒に…」
エレオノーラが取り繕うように微笑みながらアルフレートの腕を掴もうとする。
アルフレートはすっと体を交わして距離をとった。
まるで触れられることすら拒むようなその動きに、エレオノーラの表情が一瞬だけ引きつる。
彼女の口元は笑みを保っているのに、瞳だけが冷たく揺れていた。
「俺たちの証拠は、こっちにある」
私の隣にきたアルフレートが、念のためにと持ってきた帳簿を出した。
革表紙の古びた帳簿は使い込まれていて、何度も開かれた痕跡がある。
それを見た瞬間、エレオノーラの仮面が、また外れかかっていた。
勝ち誇っていた顔から余裕が消え、唇がぴくりと震えているようだ。
帳簿よりも、エレオノーラが気になる。
「はっ!それが、なんの証拠になるというんだ!」
エレオノーラを気にしていたから、皇太子の声でビクっと体が反応してしまった。
皇太子はツカツカと足音を鳴らしながら歩み寄ってくると、アルフレートが持っていた帳簿を乱暴に取り上げる。
その動作には苛立ちと焦りが滲んでいるようだった。
そうしてパラパラと頁をめくると、「ほとんどの店が、もう無いじゃないか」と言った。
紙をめくる乾いた音だけがやけに大きく響く。
勝ち誇ったように笑っている顔がいやらしい。
周囲にも追従するような笑い声が少しだけ広がった。
「そうですね。帳簿の店はほとんで、潰されました。ですが、これはいかがでしょう?」
アルフレートが静かな声でそう言って、今度は数枚の書面を差し出す。
皇太子が首をかしげている。
さすがに、これの存在は知らなかったようだ。
それは、帳簿のお店の主に書かせた告発書だった。
皇太子に店を潰されたことを知ったアルフレートが、1人ずつ告発書を書いてほしいと頼んで回ってくれた成果。
雨の日も、夜遅くにも、何度も頭を下げて集めたものだ。
お店を潰された店主の中には、潰されたお店に愛着を持っている人たちも少なくなかった。
長年積み上げた歴史や、家族との思い出が詰まった店もあったのだ。
「まさか店を奪われるとは思っていなかった」
そう激怒する店主もいた。
拳を震わせながら悔し涙を流した者もいたという。
そういう人たちを説得して、なんとか集めた告発書だった。
一枚一枚に滲む筆跡の乱れが、彼らの怒りと無念さを物語っている。
皇太子の顔色が変わる。
余裕に満ちていた笑みが消え、目の奥に隠しきれない動揺が走った。
会場の空気も一変し、先ほどまで皇太子に同調していた貴族たちが、今度は不安げな視線を向け始めていた。
「実業家や商人に勲章や市民権を約束し、見返りに巨額の寄付を受け取った。これが証拠の帳簿と、告発書です」
アルフレートが静かにそう言うと、皇太子がその場で崩れ落ちた。
皇太子がその場でしゃがみ込むと、王が立ち上がる。
すぐそばにいた従者が、アルフレートから書類を受け取って王に渡していた。
「ちがう…違うんだ、これは…そうだ。これは、君がっ」
皇太子がそう言って、エレオノーラを見た気がした。
私もつられてエレオノーラを見る。
でも、いつの間にかエレオノーラの姿はそこにはなかった。




