05 調査するのは難しいものでして
伯爵令嬢 メイヴィス・モルゲンシュテルン
伯爵令息 アルフレート・ローゼンタール
伯爵令嬢 エレオノーラ・ヴァランティーヌ
アルフレートの演技力に助けられながら、次々のミッションをこなしていく。
ゲームの中では指先を動かすだけで行ける場所だけど、実際は馬車を走らせ、歩いて。
結構、しんどい。
それでも、アルフレートが覚えている限りの商人や実業家の店を回った。
そうして、なんとか証拠を集めて、断罪のための道筋が見えた気がした。
「…これで、皇太子の悪事は暴けそうですね」
夕方の光が傾き始め、街の影が長く伸びる中でそう呟く。
「そうだね。それにしても、メイヴィス嬢はすごいね」
アルフレートが感心してくれている。
ちょっと照れる。
私もまさか異世界で、会計事務所に勤めていたことが役に立つとは思っていなかった。
「いえ。アルフレート様の演技力にも脱帽でした。まるで、本当に商品を開発しているかのような話され方で…」
私がそう言うと、アルフレートがニイっと笑った。
「…?」
「いや、開発、しちゃおうかなって思ってるんだよ」
そう言われて驚く。
「色々と商人に話を聞いてみたんだか、実現できそうだと思ってね」
そう言われて、さらにビックリしてしまった。
なんというか。
復讐のことしか考えていないのかなと思っていたから。
意外にも商売に意欲的。
野心かな部分もあるんだろうか?
「そうなんですね。商品開発は得意分野ではありませんが、数字のことだったらお任せください」
そう言って微笑んでおくことにした。
ちょっとした冗談、戯言だと思っていたけど。
本当に、ローゼンタール家とモルゲンシュテルン家で商品を開発してしまった。
モルゲンシュテルン家の鉱山で取れるけど、これまではゴミとなっていたもの。
採掘場で捨てられていたそれは、光の加減で赤褐色に鈍く輝いていた。
だからそれが、もしかしたらアルミニウムの原料、ボーキサイトじゃないかと思ったのだそうだ。
いつの間に、うちの鉱山に来ていたんだろう。
私はこういう系が苦手だったけど、異世界転生したアルフレートがアルミニウムに興味を持ち、原料や製造工程を覚えていた。
それを、製品化したのだ。
「スマホ?は無理でも、アルミホイルやアルミ缶は作れそうだからね。あると便利だったし」
アルフレートがそう言って笑った。
その笑顔は、どこか少年のようだった。
「これで、あとは皇太子の悪事を暴くだけですね」
空気が少しだけ張り詰める中でそう言うと、アルフレートが少し悩んでいた。
「どうかしましたか?」
私がそう伝えると、アルフレートがハッとしたように私を見た。
「ううん、なんでもない」
アルフレートはそう言ったけど、なんでもなくはなさそうだなと思いながら、その日はわかれることになった。
それから数日後、困った事態が起こった。
私が帳簿を『いただいてきた』商店のうちのいくつかの店舗が、なくなったのだ。
廃業するお店もあれば、別の国へ移転するお店もあるようだった。
「…やっぱり、そうなるよな」
アルフレートが頭を抱えた。
やっぱり、ということは、アルフレートはこうなることを予想していたのか。
「いや。俺たち、かなり派手に動いたからね。調子に乗って、商品まで作っちゃったし」
アルフレートが申し訳ないと頭を下げる。
「いえ!いえ!いえ!」
推しに謝ってもらうことなんてイチミリもない。
「たぶん、皇太子に気づかれたんだと思う。俺たちが、商人たちに接触していること」
そう言われて、そういうことかと納得した。
窓の外では風が木々を揺らし、カーテンがわずかに揺れている。
部屋の中には静かな空気が流れていたけれど、その言葉を聞いた瞬間、嫌なことが頭をよぎった。
「ということは、これまで集めた証拠は、意味がなくなっちゃいますね」
机の上に積まれた書類へ視線を落としながら、私は肩を落としてそう言った。
苦労して集めてきた証拠だったのに。
残念…
するとアルフレートは、少し考えるように視線を伏せてから「そうでもないけど」と静かに言った。
「証言に対する信ぴょう性という点で言った人がいなくなったのはつらいけど。帳簿という証拠は大きいからね」
アルフレートはそう言いながら、机の端を指先で軽く叩き、何かを整理するように思案している。
真剣な横顔に目を奪われてしまいそうになって、首を振った。
見惚れている場合じゃない。
「どうかしましたか?」
神妙な面持ちのアルフレートに声を掛けてみた。
彼は平気そうに振る舞っていたけれど、眉間に寄ったわずかなシワが気になった。
私はそっと顔を覗き込む。
「言いたくなければいいですが。大丈夫ですか?」
私がそう言うと、アルフレートは思い切ったように言葉にした。
「うん…前回のときのことを思い出していて」
そう言いながら、少し辛そうな顔をしている。
視線はどこか遠くを見ていて、過去の記憶の中を彷徨っているようだった。
「そうですか」
そう言いながら、アルフレートの背中を擦る。
硬くなっていた肩越しに、彼が緊張しているのが伝わってきた。
少しでも気持ちが和らげばいいなと、ゆっくりと手を動かす。
「すみません…いや実は、前回、スムーズに証拠が集まったなって思ってて。でも、前回はエレオノーラのことを、なんとうか…全面的に信頼してたから。こんなもんかなって思ってたんだけど」
アルフレートは苦笑するように目を伏せた。
その声音には、自分自身への悔しさと、裏切られたことへの苦さが滲んでいる。
アルフレートの横顔を見ると、胸の奥が痛い。
「そうなんですか」
アルフレートの言葉に、それ以上答えることができない。
前回、2人が証拠集めをしているとき、私は遠くから見守っていたのだけれど。
目に焼き付けていたわけだけれど。
廊下の陰や庭園の片隅から様子を眺めていただけで、細かなやり取りまではわからなかった。
ゲームをプレイしている時と同様、「調査をしている」としかわからなかったのだ。
でも確かに、色々と腑に落ちないところはある。
私もしっかりとその場面をみていたわけじゃないけど。
皇太子からの妨害はなかったし、たしかあのときの証拠は帳簿だけ。
証言はなかったはずだ。
「ありがとう。もう大丈夫」
アルフレートにそう言われて、ずっと背中を撫でていたことに気がついた。
自分では無意識だったらしく、はっとして手を止める。
「あ、す、すみません。いつまでも…」
慌てて手をはなした。
指先に残っていた彼の体温が急に意識されてしまい、顔が熱くなる。
「い、いえ。心配をかけてしまって…」
アルフレートが私のほうを見る。
美しい瞳が真っ直ぐこちらを向いて、その距離の近さに心臓が跳ねた。
近い…
背中をさするためだったとはいえ、近づきすぎてしまった。
互いの呼吸がわかるほどの距離に、頭の中まで心臓の音が聞こえてくるようだ。
顔をそむけなくてはいけないと思っているのに。
推しがカッコよすぎて目を離せない。
長い睫毛も、少し困ったように揺れる表情も、全部が綺麗で、視線をそらせなかった。
うっかり見つめてしまって、ハッとして体をはなす。
椅子が小さく軋む音がして、慌てて距離を取ろうとした、その瞬間。
なぜか、アルフレートに引き寄せられてしまった。
腕が触れ、思った以上に強い力で引き寄せられたことで、息が止まりそうになっていた。




