47 今後のことを話しまして
皇太子妃候補 メイヴィス・モルゲンシュテルン
皇太子 アルフレート・フローリアス
ため息。
窓の外をぼんやり眺めながら、私は深く息を吐き出した。
白いカーテンが風に揺れ、差し込む光が部屋を淡く照らしている。
けれど、私の気分はまったく晴れなかった。
あの日は結局、知恵熱でも出たのか、頭が重くて寝てしまったけど。
本当に婚約証明書が発行されているなら、このままにしておくわけにはいかない。
逃げたい気持ちはある。
けれど、現実から目を逸らしても問題は消えてくれない。
前にも説明したけど、この国は婚約制度がある。
婚約証明書が発行されると、婚約期間中も不貞行為が認定される。
さらに、結婚と同様、婚約を解消するのも大事になっちゃう重たい国。
アルフレートの部屋の前で、もう一度、ため息。
目の前の扉を見つめながら、私は肩を落とした。
磨き上げられた床に自分の姿が映り込む。
逃げたいけれど、話し合わなくては前にも後ろにも進めない。
ここで引き返したところで、状況は悪化するだけだろう。
ノックをすると、アルフレートの声がした。
扉の向こうから聞こえてきた落ち着いた声に、胸が少しだけ高鳴る。
「お忙しいところすみません。…メイヴィスです」
できるだけ平静を装って名乗る。
そう言うと、勢いよく扉が開いた。
「メイヴィス!ごめん。この間は、ごめんっ!」
そう言って、廊下で平謝り。
目の前で皇太子が勢いよく頭を下げている光景に、思わず目を見開いた。
皇太子が、それはいけない。
もし誰かに見られたら大騒ぎだ。
慌てて部屋に押し込んだ。
周囲を確認しながら、ぐいぐいと背中を押して中へ入れる。
「アルフレート様、そんな、大丈夫ですから」
部屋に入っても、アルフレートが謝り続けるから、そう言ってなだめた。
ソファへ腰掛けてもなお、彼は申し訳なさそうに頭を下げている。
「気持ちが先走ってしまって。君の気持ちも聞かずに、そのく、く…口づけをしてしまって…」
そう言ってアルフレートが真っ赤になった。
耳まで赤く染まっていて、視線もどこか落ち着かない。
え?チェリーボーイ?
アルフレートの反応に、思わずビックリしてしまった。
予想外すぎて、一瞬思考が止まる。
キスくらい、もう経験していると思っていたから、ちょっと驚く。
容姿も地位も完璧な人なのだから、当然そういう経験もあるだろうと思い込んでいた。
「あ、いえ。大丈夫です」
そう言ってその話は流すことにした。
これ以上掘り下げると、お互いに恥ずかしいだけな気がする。
それよりも、だ。
今日ここへ来た本題がある。
「それよりその…婚約の話なのですが」
そう切り出す。
「うん。騙すようなことして、ごめん。でも、どうしてもメイヴィスと結婚したくて」
そう言って、アルフレートがシュンとする。
大型犬が叱られたときのように肩を落としていて、少し反則だと思った。
「復讐が終わるまでに、俺を好きになってもらう予定だったんだけど。メイヴィスはずっと俺のこと、眼中になかったよね…」
アルフレートがそう言って寂しそうな顔をした。
その表情に、きょとんとした。
なんと。
いや、むしろ、アルフレートのことしか考えていなかったけど?
「私、そんな感じでしたか?」
自覚がなかったので思わず聞き返す。
「うん。デートに誘っても作戦会議になっちゃうし。せっかく手に入れたオペラ座のチケットは…」
そう言ってアルフレートが遠い目をした。
手に入れたって。
そこで私はあることに気付く。
「あのチケット、アルフレートが手配してくださったんですか?」
そう言うと、アルフレートが頭を掻いた。
お茶会を開くために、ルシエラを誘い出したあのチケット…
貰ったものではなくて、手配してくれたものだったなんて。
「うん。目を輝かせて『これで、計画が進みますね』って言われて。復讐が終わるまで無理かなって諦めた」
そう言って肩を落としている。
そんなこと、知らなかったもん。
「それは…すみませんでした」
無神経だった自分にがっかりだ。
ふぅ、と息を吐く。
胸の奥に溜まっていた緊張を少しだけ吐き出すように。
「ただ…アルフレート様には申し訳ないのですが。私の気持ちが恋なのか、推しを思うファンとしての気持ちなのか、わからないんです」
正直にそう伝えた。
アルフレートのことは好き。
それは間違いない。
ただ、ラブなのかライクなのかわからない。
このまま結婚していいんだろうかという不安もある。
「復讐が終わったら、アルフレート様とはもう会えないだろうと思っていたので。どうしたらいいのか、困惑しているというのが、正直な気持ちなんです」
包み隠さず話すことにした。
視線を落としながらも、一つ一つ言葉を選んで伝える。
アルフレートは、一途で真っすぐな人だから。
変にごまかしたくはない。
誠実でいてくれる人には、私も誠実でありたかった。
「そう…じゃあ。1か月、『恋人』になってみない?結婚式までもうすぐだから。それ以上は待てないけど」
アルフレートがそう言って私の手をとった。
大きな手がそっと重なる。
真っすぐ見つめてくる瞳には迷いがない。
その視線を受けながら、私の心臓はまた落ち着きを失っていくのだった。




