46 アルフレートと話しをしまして
皇太子妃候補 メイヴィス・モルゲンシュテルン
皇太子 アルフレート・フローリアス(ローゼンタール)
もう一度、頭の中で整理しよう。
私はソファの端に腰掛けたまま、ぎゅっと両手を握りしめる。
窓から差し込む柔らかな陽光が床を照らしているのに、私の頭の中はまるで嵐のようだ。
あれは、本当に婚約申請書で。
私はアルフレートと本当に婚約しているらしく。
婚約証明書も発行されている。
つまり、それ、すごく大変じゃん?
私は心の中で悲鳴を上げる。
解消するの、すごく面倒じゃん。
この国の仕組みは、私よりアルフレートのほうが詳しいはずなのに。
「ア、アルフレート様…なんてことを。モルゲンシュテルン家の伯爵令嬢なんかと…」
震える声が勝手に漏れた。
私の推しが、私の推しが…
頭を抱えたくなる。
いや、抱える。
推しくらいのスペックがあれば、隣国の王女とでも婚約できるのに。
優秀で誠実で、誰もが認める理想の男性なんだぞ。
それなのに、なんてことを…
私なんかでは到底釣り合わない。
「なんかって…俺は、メイヴィス嬢と!」
アルフレートがそう言ってくれたけど。
たぶん、アルフレートは勘違いをしているだけだ。
そうでなければ説明がつかない。
「アルフレート様。あなたは、とても素敵な男性です。私みたいな底辺伯爵令嬢より、素敵な女性は、この世に五万といるんですよ?ご自分を大切にしてくださいっ!」
思わず身を乗り出して力説する。
推しは、自分の魅力をわかっていない。
私なんかには私なんかにだ。
私の推しは、世界一幸せになってもらわないと困る。
そのためなら、自分が悪役になっても構わない。
アルフレートを見つめる目にも、自然と力がこもる。
「…メイヴィスは、俺と一緒にいたくないの?俺は、他の誰でもなく、君といたい」
アルフレートに真っすぐにそう言われると、気持ちが揺らぐ。
低く穏やかな声が胸に響いた。逃げ場を失うような真剣な眼差しに、思わず視線を逸らしたくなる。
「アルフレート様。それは私が、あなたがタイムリープしたことを知ってる人だから。なんというか、同士への気持ちを、勘違いされているだけです」
そもそも、モブな私はアルフレートと話すこともないはずだったのだもの。
本来なら遠くから見ているだけの存在。
隣に立つことなどあり得なかった。
それなのに、ちょっと距離が近づいてしまったから、勘違いさせてしまったんだろう。
「勘違い?」
アルフレートがそう言って首を傾げる。
さらりと髪が揺れ、その仕草さえ絵になるのだから困る。
「そう、勘違いです」
私がそう言い切ると、アルフレートの顔が近づいてきた。
ゆっくりと距離が縮まる。
何が起きているのか理解する前に、彼の整った顔が視界いっぱいに広がった。
推しのドアップ。
長い睫毛も、端正な鼻筋も、近くで見るほど破壊力がすごい。
見惚れていたら、唇に、唇が触れる。
ふわりと柔らかな感触が伝わった。
これは、キスというやつでは…
頭が真っ白になる。
目をぱちくりさせた。
これは、キスでは?
あらためてそう思って、アルフレートの腕を掴む。
アルフレートが私の手を掴んで、深く口づけされた。
ゆっくりと、ドアップがアップになって、いつもの画面サイズに戻った。
「勘違い、じゃないって、言いきれるんだけど」
唇をはなしたアルフレートにそう言われて困惑した。
見つめられ、心臓がうるさいほど鳴り続ける。
考えなきゃいけないのに、頭が真っ白で、考えられない。
ばんっと音を立てて立ち上がる。
勢いよく椅子が揺れ、部屋に大きな音が響く。
淑女としてはない行為だけど、ちょっと許してほしい。
「…あの、すみません。私、フリだと思ってて…あの、失礼します」
そう言って、逃げるように部屋をあとにした。
頬は熱く、心臓は壊れそうなほど激しく脈打っていた。
閉まる扉の音を聞きながら、自分の部屋に戻ることを優先する。
推しに好きって言われている気がする。
頭がバグっている。
私の妄想が現実化したのか?
キスされて、好きって言われた気がする。
違うか。
好きって言われて、キスされたのか?
どっちでもいいか。
自分の部屋に戻って扉を閉める。
「…好きって、言われてないや」
あらためて思い返して、その場にしゃがみこむ。
言われてないけど。
婚約解消したくないって、一緒にいたいって言われた。
呆然として、その日は寝てしまった。




