45 復讐が完了いたしまして
皇太子妃候補 メイヴィス・モルゲンシュテルン
皇太子 アルフレート・フローリアス(ローゼンタール)
伯爵令嬢 エレオノーラ・ヴァランティーヌ
子爵令息 クロード・ヘイスティングス
伯爵令息 セドリック・リヴェンデル
伯爵令嬢 ルシエラ・リヴェンデル
廃皇太子 マルテロ
何度も言うが、長かった。
窓の外に景色を眺めながら、私はしみじみと思う。
この世界に転生して、1回目を過ごして。
現世に戻って。
またこの世界に転生して、2回目を過ごした。
普通の人生なら経験しないようなことばかりだった。
ふうっと息が漏れる。
肩の力が抜けていく。
どうなることかと思ったけど、無事にやり遂げることができた。
エレオノーラはおそらく、修道院送りになる。
王族毒殺未遂で出産後、処刑されるらしい。
彼女のしたことを思えば当然の結末なのかもしれない。
それでも、どこか物悲しさは残る。
復讐すると決めたときから、こうなることはわかっていたのに。
子どもについては、セドリックが引き取るそうだ。
子どもには罪はないからね。
そして、廃太子になったマルテロと、事業を始めると言う話を聞いた。
王都の外で新しい人生を歩むらしい。
王と王妃、マルテロとセドリックがどんな話をしたのかわからないけれど。
王妃は王妃の座を捨てて、廃妃となったそうだ。
華やかな王城を離れ、一人の女性として生きていくことを選んだのだろう。
セドリックになんの罰も与えられなかったのは。
もしかしたら王妃が、廃妃になることで恩赦を得たのかもしれない。
まあ、私の想像でしかないけれど。
そうして、もしかしたら、マルテロとセドリックと一緒に王都を出るのかもしれない、なんて。
めでたし、めでたし、というわけではないけど。
それぞれの人が、自分の信じる道を歩き始めたんだと思いたい。
悲しいこともあった。
苦しいこともあった。
それでも前へ進もうとしている。
そして、私も。
すぐに王城を出る予定だったけど、エレオノーラに関する調書などでバタバタしていて。
結局、王城に居座ってしまった。
廊下を歩きながら、小さく苦笑する。
気が付けば随分長くここにいた。
これ以上はお世話になれない。
なにせ、婚約者のフリをしているだけなのだから。
アルフレートの部屋をノックする。
重厚な扉を前にすると、少しだけ緊張した。
最後に、お別れくらいは伝えておきたい。
「どうぞ」
アルフレートの涼しげな声がして、ゆっくりと扉を開けた。
部屋の中には柔らかな陽射しが差し込み、机の上には仕事の書類が山積みになっている。
相変わらず忙しそうだ。
「アルフレート様。お忙しいところすみません。少しよろしいですか?」
私がそう言うと「もちろん」と言ってくれた。
優しくて頼もしくて、カッコいい私の推し。
それも、今日で見納めだ。
そう思うだけで胸が少し苦しくなる。
「アルフレート様。復讐、見事に達成、おめでとうございました」
そう言って頭を下げる。
長かった戦いの終わりを祝うような気持ちだった。
「いや…最後はもう、復讐っていうか…まあ、うん。そうだね」
アルフレートがそう言って私に椅子を勧めてくれた。
少し照れたように笑っている。
その表情を見て、私もつられて笑ってしまう。
「長く居座ってしまいましたが、本日で王城をはなれようと思います。お世話になりました」
私がそう言うと「え?」とアルフレートが声をあげた。
え?
予想外の反応だった。
「どうして?」
アルフレートにそう言われて、目をぱちくりさせる。
どうしても何もないと思うんだけど。
「どうしてって…もう、婚約者のフリをする必要もありませんし…」
私がそう言うと、アルフレートが困った顔をした。
まるで私がとんでもないことを言ったみたいな顔だ。
「メイヴィスは、俺のことが嫌い、なのかな?」
そう言われて、そんなわけないじゃんと思ってしまう。
むしろ逆だ。
推しだぞ?
嫌いになる要素がどこにある。
「そんな。皇太子殿下のことを嫌いになる人なんて、この世界にいるわけがない…じゃないですか」
うっかり、オタク心に火がつきそうだったので、唇を噛む。
危ない。
危うく早口で推し語りを始めるところだった。
「だったら、このまま。婚約者でも、いいんじゃないだろうか」
アルフレートにそう言われて、とても困ってしまった。
あのなんちゃって婚約証明書が偽物だとバレたら面倒だし。
タブロイド紙にでもすっぱ抜かれたら大変だし。
貴族社会の噂話は恐ろしいんだぞ。
「いえ。ここは、早めに、婚約解消して…」
そう言いかけたところで。
「婚約解消、し、したくないんだけど」
アルフレートがそう言った。
頭の中に疑問符が浮かぶ。
「…あ、すみません。婚約してるのもフリなので。大丈夫ですよ」
私がそう言うと「いや、フリじゃないから」と言われた。
なんか話が噛み合わない。
私が変なのか?
「あ…婚約申請してないから大丈夫ですよ?」
私がそう言うと、アルフレートが私の手をとる。
突然のことに心臓が跳ねた。
「ごめん!婚約申請、してるから。婚約証明書、発行されてるから」
そう言われて、固まった。
頭の中が真っ白になる。
え?
待って。
ちょっと待って。
あれは、フリのために書いた、なんちゃって申請書じゃなかったっけ?
私の知っている話と違うんだけど?
混乱する私を前に、アルフレートは気まずそうに視線を逸らした。
その反応が逆に本当らしくて。
私の思考は完全に停止したのだった。




