41 壊れるヒロインでして
皇太子妃候補 メイヴィス・モルゲンシュテルン
皇太子 アルフレート・フローリアス(ローゼンタール)
伯爵令嬢 エレオノーラ・ヴァランティーヌ
子爵令息 クロード・ヘイスティングス
伯爵令息 セドリック・リヴェンデル
伯爵令嬢 ルシエラ・リヴェンデル
廃皇太子 マルテロ
「あの子から…マルテロから、話が聞けました」
王妃がそう言って、小さく息を吐く。
静まり返った会場の中で、その吐息だけがやけに大きく聞こえる。
「あなたは、言葉巧みにマルテロにギャンブルをさせて、散財させて、貧民街へ追いやったのね。護衛をつけさせないために。そうして、命を奪うために」
王妃がそこまで、一気に言い切った。
厳しい眼差しがまっすぐエレオノーラへ向けられる。
王妃の背後に控える護衛たちも表情を引き締め、いつでもエレオノーラを捕らえられる準備ができているようにも見えた。
「クロード・ヘイスティングス子爵令息からも、私が話しを聞きました」
付け加えるように、王妃がそう言った。
その言葉が決定打だったのだろう。
会場のあちこちから小さなどよめきが起こる。
私たちがつきつけた証拠を、王妃が証明してくれたことになった。
それはつまり、言い逃れが難しいということだ。
「皇太子妃候補ならびに、王族を毒殺しようとしたその罪は実刑に値します」
王妃がそう言うと、エレオノーラの体がゆらりと揺れた。
まるで足元が崩れたかのようにふらつき、顔から血の気が引いていく。
先ほどまで怒りで紅潮していた頬は真っ白になっていた。
「どうして…こんな…」
そう呟いたような気がした。
か細い声だった。
けれど次の瞬間、その表情が歪む。
「どうして?私、銀恋のヒロインなのに!」
はっきりと、エレオノーラがそう叫んだ。
甲高い声が会場に響く。
銀恋。
そう、この世界は『白銀のティアラ〜紋章が繋ぐ恋の調べ〜』だ。
でも、それを知っているということは、やっぱりエレオノーラは転生者ということ。
ずっと疑ってはいた。
けれど、本人の口からはっきりと聞くと重みが違う。
「おかしいじゃない!私、皇太子妃になるはずなのに。どうしてだか、廃太子になるマルテロの婚約者になってたのよ?」
エレオノーラがそう叫んだ。
両手を振り回しながら訴えるその姿は、優雅な令嬢とは程遠い。
髪も乱れ、ドレスの裾も踏みそうになっている。
いや、たぶん踏んでる。
裾もぐしゃぐしゃだ。
たしかに、エレオノーラがマルテロの婚約者だったと講師からも聞いている。
周囲の令嬢たちは困惑した表情を浮かべていた。
銀恋だのヒロインだの、意味が分からないのだろう。
「だから、私が!この、私が!ストーリー通りになるように、マルテロを廃太子になるようにしてあげたんじゃない!」
そう自慢げに語った。
けれど、その言葉の内容に会場の空気は凍りついていく。
廃太子になるようにしてあげた。
つまり、それは意図的だったということだ。
「私がせっかく、ストーリー通りになるようにお膳立てしたのに、このモブが!このモブが出てきて、おかしくなったのよっ!」
そう言って、エレオノーラが私の肩を押す。
不意を突かれて一歩よろめく。
ちょいちょい、暴力的なんだよね、このエレオノーラ。
周囲から悲鳴にも似た声が上がった。
「やめろっ」
アルフレートが慌てて私とエレオノーラの間に入ってくれた。
素早く私の前へ立ち、その腕で庇うように距離を取らせる。
その背中がとても頼もしく見えた。
「あなたもよ?どうして、アルフレートが、ヒロインである私を拒絶するの?おかしいじゃないっ!」
エレオノーラがそう言って地団駄を踏む。
高価な靴が床を打つ音が何度も響く。
それは、あなたが未来でアルフレートを殺すからだよ、とは言えない。
言ったところで誰も理解できないだろう。
「せっかく私が、ストーリー通りにしてあげようとしてるのに、全部、全部、全部!全部無駄にして!!」
エレオノーラが机をひっくり返した。
ガシャーン、と派手な音が響く。
ティーカップが床に落ちて砕け、紅茶が飛び散る。
焼き菓子が散乱し、白いクロスがぐしゃぐしゃになった。
令嬢たちが悲鳴を上げながら後ずさる。
「ストーリー…というのはわかりませんが。それがマルテロの命を狙った理由とは…」
王妃がそう言って表情を曇らせた。
理解できないというより、理解したくないという顔だった。
目の前の少女が、自分の息子を弄んだ理由があまりにも身勝手だったからだろう。
「は?何言ってるの。マルテロの命を狙ったのはね、私じゃなくて、王様よっ!」
エレオノーラの言葉に、一瞬、めまいがした。
耳鳴りがした気がする。
突然、なぜ、王様が出てきたんだろう。
王妃も固まっているようだ。
「気がつかれてないと思った?マルテロが自分の子じゃないって、王様は気づいてたのよ」
エレオノーラはそう言って笑った。
口元を吊り上げ、勝ち誇るように。
今度は王妃が、顔を青くしている。
その場に立ったまま微動だにしない。
絶対に知られてはいけない秘密を。
まさかの、逆ざまぁ展開になってしまった。




