39 お茶会の前日になりまして
皇太子妃候補 メイヴィス・モルゲンシュテルン
皇太子 アルフレート・フローリアス(ローゼンタール)
伯爵令嬢 エレオノーラ・ヴァランティーヌ
子爵令息 クロード・ヘイスティングス
伯爵令息 セドリック・リヴェンデル
伯爵令嬢 ルシエラ・リヴェンデル
廃皇太子 マルテロ
さて。
いよいよ、計画も大詰めである。
窓の外では夜の闇がゆっくりと庭園を染め、部屋の中には香りのよい紅茶の匂いが漂っていた。
テーブルの上に並べられた茶器を整えながら、私は静かに息を吐く。
日が高いときは和やかにお茶会の準備をして。
夜になるとアルフレートとエレオノーラ断罪の準備を進める。
おそらく、チャンスは今回、1回きり。
失敗したら、逃げられる。
なにせ、ゲームのことを知ってるんだもん。
どこに逃げたらいいか、検討をつけている可能性もある。
「念のため、セドリック・リヴェンデル伯爵令息についても、ギリギリまで調べておくよ」
書類から顔を上げたアルフレートがそう言った。
蝋燭の柔らかな光が髪を照らし、その横顔をいっそう美しく見せている。
「よろしくお願いします」
私はお願いすることしかできない。
なにせ、底辺伯爵家の令嬢だから。
リヴェンデル家の内情を知る手立てがない。
カップを両手で包み込みながら小さく肩を落とす。
皇太子妃候補という肩書はあるものの、自分の立場の弱さは嫌というほど理解していた。
セドリックに関しては、設定資料とあまりにも違い過ぎるキャラクターと言う点が気になっているくらい。
エレオノーラとも仲がよさそうではあるけど。
妹のルシエラはいい子なんだよね。
お茶会の準備も、なんやかやと頑張ってやってくれているし。
兄妹なのに、どうしてこんなにも印象が違うのだろうと不思議になる。
セドリックのことはとりあえず保留になっているけど。
そんなこんなで、断罪する内容を固めることができた。
そうして、あっという間に、お茶会の日の前日になる。
ここまで来たのだ。
不安がゼロというわけではないが、後は本番を迎えるしかなかった。
ちらっとアルフレートを見る。
彼は書類に目を通しながらも時折こちらを気遣うような視線を向けてくる。
これで、エレオノーラを断罪できて、反省させることができたら。
そうしたら、皇太子妃候補ではなくなるんだなと思った。
全てが終わったら、私がフリをする理由はなくなる。
胸の奥がきゅっと締め付けられた。
私との婚約がフェイクだとわかったら。
アルフレートは、しっかりとした家のご令嬢が婚約者となるんだろう。
そうしたらもう、こうやって、2人で夜遅くまで話をするなんてことはできないんだろうな。
紅茶を飲みながら何気ない会話をすることも。
現世に転生したことなんかも。
全部、思い出になる。
そう思ったら、センチメンタルな気分になった。
「どうしたの?なにか、不安要素がある?」
そう言った推しの前髪がサラリと落ちる。
ランプの明かりを受けて揺れる髪が妙に目に焼き付いた。
カッコいい。
推しを、これほどまじかで見られるのも、残りわずか。
今のこの光景も、きっと近いうちに思い出になる。
「いえ、復讐、しっかりやり遂げましょうね!」
私ができるのは、それくらいだから。
そう言うと、アルフレートは少し目を丸くした後、ふっと笑った。
推しの笑顔のため、頑張ります。
それから部屋に戻ると、少し荷物をまとめてみたりする。
飛ぶ鳥跡を濁さず、というし。
静かな自室には時計の針の音だけが響いていた。
クローゼットを開け、必要なものを選びながらカバンへ入れていく。
復讐が成功しても、失敗しても、お茶会以降は、ここにいる理由がない。
「……」
いや、待て。
失敗した場合のことを考えておかないといけないのでは?
窓の外を見つめながら思考を巡らせる。
失敗したら。
エレオノーラを断罪できなかったとしたら。
皇太子であるアルフレートが処罰されることはないだろうけど。
頭を下げさせられる、ということはあるかもしれない。
なにせ、ヴァランティーヌ伯爵家のご令嬢を侮辱することになるのだから。
そうしたら…
私が全てをかぶろう。
アルフレートにこれ以上、つらい思いをさせたくない。
自分を殺した相手に頭を下げるなんて、絶対に嫌なはずだ。
もし失敗したら…
その責任は私が背負えばいい。
そっと、チェストの引き出しを開ける。
夜の静寂の中で、引き出しの滑る音だけが小さく響いた。
クロードからもらった、あの毒。
証拠として2つもらったもののうちの1つ。
万一、盗みにはいられたときのために、私とアルフレートが1つずつ持っている。
これを使えばいい。
掌の上に乗せると、小瓶は驚くほど軽かった。
私が飲むか、エレオノーラに飲ませるか。
できれば、これは使いたくないけど。
切り札として持っていくことにした。
小瓶を布で丁寧に包み、見えない場所へしまい込む。
明日ですべてが決まる。
そう思いながら、私は静かに灯りを落とした。




