38 ルシエラと観劇しまして
皇太子妃候補 メイヴィス・モルゲンシュテルン
皇太子 アルフレート・フローリアス(ローゼンタール)
伯爵令嬢 エレオノーラ・ヴァランティーヌ
子爵令息 クロード・ヘイスティングス
伯爵令息 セドリック・リヴェンデル
伯爵令嬢 ルシエラ・リヴェンデル
廃皇太子 マルテロ
「あら、ルシエラ・リヴェンデル伯爵令嬢ではありませんか?」
開演を待つ観客たちのざわめきの中、私は隣の席へ視線を向ける。
そして今まさに気付いたという風を装いながら、少し驚いたような声を出した。
「え?……あ、こ、これはメイヴィス・モルゲンシュテルン……」
突然声を掛けられたルシエラは、びくりと肩を震わせた。
大きな瞳をぱちぱちと瞬かせながら、慌てて立ち上がろうとする。
ルシエラが私の名前を呼ぼうとしたところで、人差し指を自分の唇に当てる。
「ルシエラ嬢……今日は、お忍びで……その。私がラブストーリーの演目を観に来たと、他の人に知られたくないの」
周囲に聞こえないよう少し身を寄せ、小声でそう伝えた。
そう言うと、ルシエラは納得したように「承知しました」と小さい声で言って座った。
「えっと……メイヴィス……」
ルシエラがどう言ったらいいか困っていたので「メイヴィスで大丈夫です」と伝えた。
「メイヴィス嬢は、こういうお話がお好きなんですか?」
そう尋ねられて、少し困る。
あなたに会うために来ました、とは言えない。
内心では盛大に動揺しながらも、顔には笑みを浮かべ続ける。
「いえ。お恥ずかしい話ですが、オペラ座に来るのも初めてで。ご招待いただいたので、ホイホイ来てしまったのです」
そう伝えた。
ルシエラに出した手紙を、自分用にも作っておいたのだ。
「そうだったんですね。実は、私もなんです……」
ルシエラはそう言って恥ずかしそうにモゴモゴとした。
視線を少し伏せ、膝の上で指先をもじもじと絡ませている。
思った以上に人見知りらしい。
「よかったです。ルシエラ嬢がお隣で。粗相をしても、見逃してくださいね」
そう言うと、ルシエラが少し笑ってくれた。
緊張で固かった表情が少しだけ和らぐ。
掴みはオッケーのようだ。
私は心の中で小さくガッツポーズをした。
そうして、観劇を楽しむ。
やがて劇場内の照明が落とされ、豪華な緞帳がゆっくりと開いた。
舞台の上では美しい音楽が流れ、恋人たちの物語が始まる。
隣を見ると、ルシエラは乙女な表情で舞台を見つめていた。
男女が愛を囁くたびに表情がころころ変わるので見ていて面白い。
休憩時間になると、サロンから運ばれてきたお茶を一緒に飲んだ。
香り高い紅茶から白い湯気が立ち上る。
ボックス席専用の小さなテーブルにカップを置き、私たちは自然と会話を続けた。
「……そういえば、今度、お茶会を開催しようと思ってるんですけれど」
ここぞとばかりに話を振る。
カップを静かに置きながら、さりげない調子を装った。
ゆっくりと落ち着いて。
でも、ここで一気に決めたい。
「そうなんですね……」
とルシエラは他人事のように相槌を打っている。
どうやらまだ自分が巻き込まれるとは思っていないらしい。
「そのホストを、ルシエラ嬢にお願いできないかしら」
思い切って言ってみた。
心臓が少しだけ跳ねる。
表情にわざとらしさが出ていないか気になったけど。
オペラ座の間接照明が私の顔を上手にごまかしてくれているようだ。
ルシエラは少し驚いて、目を見開く。
予想通りの反応だ。
ルシエラの性格から考えて、断られるかもしれない。
もう一押ししておこう。
「……いや、せっかく、こんなところでお会いできたし。その……オペラ座初参戦仲間として」
私がそう伝えると「初参戦?」と首を傾げられた。
「あ、いえ。初……初参加仲間として?」
そう言い直した。
危ない。
つい前世の言葉が出てしまった。
ルシエラは不思議そうな顔をしたものの、深くは追及してこなかった。
助かった。
「メイヴィス嬢にそう言っていただけるのは大変光栄ですが……私でよろしいでしょうか?」
ルシエラがそう言って自信なさそうに言う。
声もどこか頼りない。
あなたがいいのよ、と言いそうになるのをぐっとこらえた。
「私も陰ながら協力させていただくから。お願い。モルゲンシュテルン家の私のお願いなんて、誰も聞いてくれないから」
そう言って手を合わせてみた。
必死そうな演技、ではなく、本当に必死。
ただ、私のお願いは誰も聞いてくれないというのは嘘八百である。
前も言ったが、皇太子妃候補からお願いすれば、誰かがやってくれる。
むしろ断れる人の方が少ない。
けれど今は「あなたしか頼める人がいない」という演技で押し通す。
「……そういうことでしたら。お手伝いさせていただきます」
ルシエラが仕方なくという感じで承知してくれた。
その瞬間、私は心の中で盛大に歓声を上げた。
よし。
第一関門突破である。
「ありがとう!ルシエラ嬢。これからも、一緒にオペラ座に観劇に参りましょうね」
ルシエラは少し驚いた後、照れくさそうに微笑んだ。
その笑顔は最初に会った時よりもずっと柔らかかった。
オペラ座初参戦仲間だから。
そんなことを思いながら、後半も楽しく観劇した。
舞台では恋人たちが運命に翻弄されながらも愛を貫こうとしている。
けれど私の頭の中にあるのは、これから始まる計画のことばかりでストーリーが入ってこない。
これで、計画の第一段階はクリアだ。




