35 マルテロの叫びを聞きまして
皇太子妃候補 メイヴィス・モルゲンシュテルン
皇太子 アルフレート・フローリアス(ローゼンタール)
伯爵令嬢 エレオノーラ・ヴァランティーヌ
子爵令息 クロード・ヘイスティングス
伯爵令息 セドリック・リヴェンデル
伯爵令嬢 ルシエラ・リヴェンデル
廃皇太子 マルテロ
影からの報告は、思ったより早かった。
窓の外では午後の日差しが庭木を照らし、風に揺れた葉がさらさらと音を立てていた。
アルフレートは言葉を選ばず、その事実を教えてくれた。
マルテロが郊外に用意された邸宅を出たのは。
単純にお金がなくなったからだとわかった。
王妃によって与えられた邸宅は、すでに別の人の所有になっていたそうだ。
かつては王族の住まいとして整えられた立派な邸宅も、今では見知らぬ誰かのものになっている。
その報告を聞きながら、私はなんとも言えない気持ちになった。
邸宅に勤めていた従者の話によれば、ギャンブルなどで、邸宅へ引越しをしてすぐにお金を使い果たしたらしい。
ただ、そうするように「女性にけしかけられていたようだ」という証言があったそうだ。
女性…エレオノーラだろうか。
もし本当にそうなら、どこまでが偶然で、どこからが仕組まれたものなのだろう。
もしも、もしも。
マルテロが郊外の邸宅へ行くこともエレオノーラが仕組んだことだとしたなら。
怖ろしい人を相手にしているのかもしれない。
アルフレートは引き続き、女性が誰なのか調べてくれているようだが。
邸宅に勤めていた従者は、バラバラになってしまったらしく、証言を集めるのに難航しているようだった。
ゲームでもこんな証言を集める、なんてミッションはなかったから。
「どこを探したらいいのかわかりませんね…」
アルフレートから報告を聞いて、私は額に手を当てた。
とはいえ、何もしないわけにもいかない。
皇太子妃教育をこなしつつ、マルテロのことも調べている。
朝から晩まで礼儀作法や政治、歴史の勉強に追われ、その合間にマルテロの情報を聞き出す。
主に、礼儀作法の講師からの情報だけど。
本当におしゃべり好きな講師で助かる。
わかったのは。
金遣いが荒くて、女性にだらしなくて、ほんと、皇太子にならなくてよかった、ということだけ。
「だめじゃん」
私は思わず肩を落として呟いた。
進捗がなくてガッカリしていたところへ、王妃の使いが来た。
慌ただしい足音が廊下から近づき、扉の向こうで控えめなノックが響く。
マルテロが意識を取り戻したらしい。
ただ、いまだ命を狙われている可能性があるので、その情報は極秘裏に扱われているとのことだった。
だから、意識が戻っていないマルテロのお見舞いにいくテイで部屋へと向かった。
長い廊下を歩きながら、私は自然と足を速める。
窓から差し込む光が床に長い影を落としていた。
軽くノックをすると、すぐに王妃が迎え入れてくれた。
マルテロの意識が戻ってから、王妃はずっとこの部屋にいるらしい。
部屋には厚いカーテンがひかれている。
中の様子が見えないようにしているのだろうか。
護衛の騎士が数人。
本来なら、王につくような騎士もいる。
王妃の目の下には薄く疲労の色が見えた。
「私たちがいるので、王妃は少しお休みください」
私がそう言ったけど、王妃は小さく首を横に振った。
「まだ、それほど長くは話せないの」
そう言われて、アルフレートと2人でマルテロが寝ているベッドの傍に座った。
白いシーツの上で横たわるマルテロは、以前よりずっと痩せて見える。
王妃が心配になるのもわかるけど、現状では、どちらが病人かわからない。
向かいに座る王妃を見て、とても心配になった。
「マルテロ、聞こえてる? 話せるだけでいいから、無理せず、何があったか話してくれ」
アルフレートがそう言った。
低く落ち着いた声が静かな部屋に響く。
マルテロは口を開けて、何かを話そうとして、飲み込んだ。
かすかに喉が動き、握られた指先に力が入る。
「……毒は、自分で飲んだのですか? それとも、飲まされたんですか?」
私がそう尋ねると、マルテロがポロポロと涙をこぼす。
頬を伝った涙が枕へ染み込み、彼は震える唇を必死に動かした。
「やっぱり……毒、だったの……か」
そう声が漏れた。
やっぱり。
つまり、誰かに飲まされたかもしれないと思っていたんだろう。
疑いながらも信じたくなかった。
その葛藤が涙になって溢れているように見えた。
王妃はじっとマルテロを見つめている。
「はい。私が飲まされた毒と同じでした。その犯人は……王と王妃の命も狙っている可能性があるんです。早く止めないと……」
私がそう言うと、マルテロは「そんなはずはない」と言った。
かすれた声だったが、その言葉ははっきりしていた。
信じたい気持ちがあるんだろう。
「いや。おそらく……近いうちに、狙われることになる。解毒剤は準備してもらっているけど。毒じゃないもので命を狙われたら……」
アルフレートがそこまで言うと、マルテロが上半身を起こしてアルフレートに掴みかかった。
突然の動きにシーツが乱れ、ベッドが大きく軋む。
どこにそんな体力があったのかと驚いて、私が動けないでいると、王妃がマルテロの体を抑えてくれた。
「エレオノーラが、そんなこと、するはずないだろっ!」
弱弱しくではあったけれど、マルテロはたしかにそう言った。
「……」
「……」
全員が、マルテロを見る。
王妃は目を見開き、私は思わず言葉を失う。
アルフレートも静かにマルテロを見つめていた。
それはもう、エレオノーラに毒を飲まされたと言ってるのと同じです。




