26 設定を思い出しまして
皇太子妃候補 メイヴィス・モルゲンシュテルン
皇太子 アルフレート・フローリアス(ローゼンタール)
伯爵令嬢 エレオノーラ・ヴァランティーヌ
子爵令息 クロード・ヘイスティングス
伯爵令息 セドリック・リヴェンデル
伯爵令嬢 ルシエラ・リヴェンデル
廃皇太子 マルテロ
「今日はどうだった?」
忙しいはずのアルフレートがわざわざ私の部屋を訪ねてくれた。
「これという情報は収集できなくて。…すみません」
視線を落としながら、正直に報告する。
「いや、情報はいいんだ。メイヴィスに何もなくてよかった」
その言葉に、張り詰めていたものが少し緩む。
アルフレートがほっとしてくれているようだ。
心配をかけてしまった。
「そういえば、私たち、セドリック様と以前、お会いしていたんですね」
私がそう言うと、アルフレートは「そんな覚えはないけど」と言った。
セドリックに言われたことをアルフレートに伝える。
「う~ん。でも、会った記憶はないんだよね」
アルフレートがそう言って首をひねっている。
そうなんだ。
私の思い違いじゃなかったのか。
「じゃあ、どうして、セドリック様はあんなことを言ったんでしょう」
静かに問いかけると、アルフレートは少し考え込む。
「深い意味はないのかもしれないね。未来の皇太子妃と親しくなっておきたい、とか」
アルフレートがそう言って、私の手をとった。
触れた瞬間、ドキッとする。
未来の…未来なんてないんだけど。
「なるほど。そういうことも…あるかもしれませんね」
未来の皇太子妃。
なにか、思い出しそうになって消えていく。
窓の外では柔らかな陽光が庭園の木々を揺らし、遠くで噴水の水音がかすかに響いている。
「そういえば、今度、夜会が開催されるそうだ。ドレスを作ることになるだろうけど、何色のドレスにする?」
アルフレートに尋ねられて、アルフレートなら青色だけど、セドリックだったら緑色か、と思った。
色…
「あ…」
思い出した。
喉の奥から小さく漏れた声と同時に、頭の奥で何かが繋がる感覚があった。
セドリックは設定資料で見たことがあるんだ。
もともと、銀恋、『白銀のティアラ〜紋章が繋ぐ恋の調べ〜』は一般的な乙女ゲームになる予定だった。
つまり、何人かの攻略キャラクターがいて、主人公が好きなキャラクターと恋愛できるというゲーム。
厚い資料集に描かれてキャラクター一覧、開発途中の設定メモの断片が脳裏に一気に蘇る。
でも、方向性を変えて、謎解きと恋愛を軸にした異色の乙女ゲームに変わったと書かれていた。
セドリックはもともと攻略対象の1人だった。
整った立ち絵と、穏やかな微笑みのデザインが思い浮かぶ。
クロードも、廃皇太子となったマルテロも、攻略対象となるはずだったんだ。
ゲームの内容は変わったけど、セドリックは伯爵令息として。
たしか、主人公のエレオノーラをサポートするキャラクターだったはずだ。
でも、私がプレイしていたとき、セドリックなんてキャラクターでてきたかな?
キャラクターが思い出せないから、何をサポートしていたのかも思い出せない。
推しのアルフレートに夢中で気がつかなかったんだろうか。
それとも、本当に見落としていただけなのか、自分でも判然としない。
いや、ゲームしてて、そんなことある?
「あの、アルフレート様…」
少し乾いた喉を潤すように言葉を絞り出す。
隠しておくことでもないから、私の違和感をアルフレートに話してみた。
部屋の中の空気が少しだけ張り詰め、彼の表情がわずかに真剣になる。
現世にアルフレートが来たとき、アルフレートにも設定資料を見せたことがある。
もしかしたら私よりも覚えていることがあるかもしれない。
「ああ…そうだね。たしかにセドリック伯爵令息の名前があったかもしれないけど」
アルフレートが左上を見ながら考えている。
窓から差し込む光が彼の横顔に影を落とす。
「あの資料のセドリック伯爵令息とは雰囲気が違う気がする」
アルフレートに言われて、そうだったかもしれないなと思った。
記憶の中の像と現実の人物像が少しずつずれている感覚がある。
私も思い出そうとして左上を見てみる。
視線の先に答えがあるわけでもないのに、無意識に探してしまう。
設定資料では、雰囲気だけでいえば、妹のルシエラに近かった気がする。
控えめで、人と話すのがちょっと苦手な。
ページの端に書かれていた「内向的」「補佐役」という単語がぼんやり浮かぶ。
でも、この世界のセドリックは、自信に満ちていると言うか、したたかというか。
会話の節々に見える余裕や視線の鋭さは、資料の人物像とは明らかに違っている。
もしかしたらエレオノーラの悪い雰囲気に飲みこまれているんだろうか。
「ただゲームの設定通りだとすると、セドリック伯爵令息はエレオノーラ嬢を助ける役割をしているんだろう。気をつけたほうがいいね」
アルフレートがそう言って、私の髪にキスをした。
一瞬、時間が止まった感じがして、一気に顔が熱くなる。
「…っ゛」
なんという恥ずかしいことを…いや、嬉しいことを。
耳の奥まで熱が広がっていく感覚に、思わず視線を逸らした。
推しが、推しに、髪にキスしてくれちゃった…
頭の中でキスがパニックを起こして舞っていた。




