22 衝撃の事実が発覚しまして
皇太子妃候補 メイヴィス・モルゲンシュテルン
皇太子 アルフレート・フローリアス(ローゼンタール)
伯爵令嬢 エレオノーラ・ヴァランティーヌ
子爵令息 クロード・ヘイスティングス
伯爵令息 セドリック・リヴェンデル
伯爵令嬢 ルシエラ・リヴェンデル
廃皇太子 マルテロ
アルフレートとは婚約者のフリなだけなんだけど。
まさか「フリだから皇太子妃にはなりません」と言うわけにもいかない。
フリであることは、私とアルフレートだけの秘密だ。
そんなわけで、皇太子妃教育を受けている。
愚痴だけど。
やっぱり底辺のモルゲンシュテルン伯爵令嬢というのは肩身が狭い。
何かにつけて上げ足をとられてしまう。
できるだけ、アルフレートの顔に泥を塗らないように、朝から髪をきっちりと整え。
重たい教材を抱えて指定の部屋へと向かう日々が続いている。
王城の廊下は朝日を受けて明るく輝き、磨き上げられた大理石の床に窓から差し込む光が伸びていた。
使用人たちが静かに行き交う中、私は教材を抱え直しながら足早に歩く。
勉強はできなくても仕方ないが、遅刻だけは避けなければならない。
…いや、仕方なくはないけどね。
頑張れ、私。
「え~、皇太子妃候補様はアルミというものを使った商品を販売されているので、お金に関してはお詳しいとは思いますが…」
講師はにこやかな笑みを浮かべながらも、わざとらしく語尾を伸ばす。
これは、バカにされているなと思ったけど、涼しげに微笑んでおいた。
講師はゆっくりと歩きながら、わざわざ私のほうへ視線を向ける。
その視線には露骨な悪意こそないものの、からかうような色が混じっていた。
こういう講師は、この人だけじゃない。
それでも私は姿勢を崩さず、視線だけを教本に落としたまま聞き流す。
余計な言葉は右から左に受け流す。
いちいち反応していたら身がもたない。
ときどき、そんな嫌味を言われながら、滞りなく皇太子妃教育を受ける。
窓の外では庭園の噴水が光を反射し、穏やかな水音が遠くに響いている。
手入れの行き届いた花壇には季節の花が咲き誇り、風に揺れる木々の葉がさらさらと音を立てていた。
ここだけ切り取れば優雅そのものだが、部屋の中は戦場だった。
からかわれようが、バカにされようが、こいつらに媚びるつもりはない。
どうせ復讐が終わったら、こんな勉強は意味がないんだし。
そう思ってるけど、勉強は嫌いなほうじゃない。
机の上に並ぶ帳簿の模擬問題を見れば、自然と指が動く。
数字を追いかける作業は嫌いではないし、むしろ少し楽しいと感じることさえあった。
言われた課題は、それなりにこなせていた。
ペン先が紙を滑る音だけが、静かな部屋に規則正しく刻まれていく。
そんなこともあって、少しずつ、講師からの態度は改善されたように思う。
礼儀作法の教育の先生は、おしゃべりが好きな先生だった。
扇子を片手に、机の前を行ったり来たりしながら。
礼儀作法の話から世間話へと脱線していく人物だ。
だから、ちらっと話を聞いてみることにした。
「先生はマルテロ様とお会いになったことはありますか?」
廃皇太子についての話は、城内ではタブー。
だが、私はあえて扇子の影に隠れるように声を落として尋ねる。
怒られるかなと思ったけれど。
おしゃべり好きな先生は聞いていないことまで教えてくれた。
むしろ待っていたかのように目を輝かせ、声のトーンを少し上げる。
「あら、知りたいの?仕方がないわね」
そんな顔をしている。
「ともかく、あれよ。作法だけは一丁前でいらっしゃいましたけれど、肝心の中身が伴わなかったのでしょうね。いつもどこかで聞きかじったようなお話ばかりだったし」
扇子で口元を隠しながら、くすくすと笑う。
その笑い方には遠慮というものがまるでない。
あなたもねと、思わず声が出そうになって扇子で口元を隠した。
すると、とても興味深い話がでてきた。
「婚約者の令嬢は、あの方の浮気にずっと泣かされていたのでしょう? 目の前で他の女性を口説くような失礼な方ですもの。皇太子という立場を利用して女性と遊び回るなんて、人として最低ですわよね」
扇子の音がぱたんと小さく響く。
そう言われて、驚いた。
「え?マルテロ様って、婚約者がいたんですか?」
そんな話は聞いたことがなかった。
ゲームの情報にも、私の記憶にも、そんな設定はなかったはずだ。
むしろ、そんな重要な情報が抜け落ちていることに違和感を覚える。
夕方になって、皇太子教育を終えたアルフレートがお茶を飲みに来てくれた。
窓際の小さなサロンで、彼は軽く上着を緩めながらソファに腰を下ろす。
夕陽に照らされた髪が柔らかく輝き、昼間の公務から解放されたせいか表情も少しだけ穏やかだった。
そこで、礼儀作法の先生に聞いた話を共有する。
「婚約者…そんな話は聞いたことがなかったな」
カップを持つ手を止め、アルフレートは眉をわずかにひそめる。
琥珀色の紅茶の表面が揺れ、小さな波紋を作った。
「王家のことなので、かなり強く口止めされたようですが、ご令嬢のほうから婚約を破棄されたそうで」
私がそう言うと、「それは民に知られたら大変なスキャンダルになるね」とアルフレートが納得している。
窓の外では夕日が傾き、長い影が床に伸びていた。
「ここからが重要なんですが。その元婚約者というのが、エレオノーラ・ヴァランティーヌ伯爵令嬢だったそうなんです」
一瞬、空気が止まる。
アルフレートも驚いていた。
つまりは、エレオノーラは元皇太子と婚約を破棄して、次期皇太子となるであろうアルフレートと婚約しようとしていたことになる。
それは単なる偶然なんだろうか。
まるで、マルテロが廃太子になることを知っていたような切り替え方だ。
「エレオノーラはどうしても皇太子妃になりたかったんだろうね」
アルフレートがため息をついた。
つまり、アルフレートもエレオノーラが『皇太子』と婚約したいと思っていたと考えているんだろう。
アルフレートが背もたれに寄りかかる。
エレオノーラがアルフレートに執着していた理由はなんとなくわかった。
皇太子妃になりたかったから。
でも、やっぱり疑問は残る。
「どうして、エレオノーラはマルテロが廃太子になるってわかったのかしら」
私がそう言うと、アルフレートが声を出した。
「逆かもしれないよ。マルテロと結婚したくなかったから、マルテロが廃太子になるように仕組んだのかもしれない」
そう言われて、背筋が冷えた。
そうだとしたら、エレオノーラは私が思っているよりも怖い存在なのかもしれない。
エレオノーラへの疑問が晴れないまま、お茶会に皇太子妃候補として呼ばれた。
招待状は厚い封蝋で封じられ、やけに格式ばっている。
封蝋に刻まれた紋章は立派で、招待主の家格の高さを物語っていた。
お茶会も大切な社交だ。
私は招待状を机の上に置き、小さくため息をついた。
どう考えても面倒ごとの匂いしかしない。
皇太子妃候補として誘われたのであれば、断ることはできない。
そんなわけで、仕方なく参加することになった。




