21 正式に婚約者になりまして
皇太子妃候補 メイヴィス・モルゲンシュテルン
皇太子 アルフレート・フローリアス(ローゼンタール)
伯爵令嬢 エレオノーラ・ヴァランティーヌ
子爵令息 クロード・ヘイスティングス
伯爵令息 セドリック・リヴェンデル
伯爵令嬢 ルシエラ・リヴェンデル
廃皇太子 マルテロ
アルフレートがうっかり婚約者がいると言ってしまったから。
あの舞踏会での爆弾発言は、想像以上の影響を周囲に与えたらしい。
だから、正式発表は予定より早くおこなわれた。
王宮内では連日慌ただしく人が行き交い、書類を抱えた文官たちが廊下を走る姿も珍しくなかった。
貴族への通知や各方面への根回しなど、関係者たちは寝る間も惜しんで動いていたのだろう。
関係各所の皆さまは、本当に大変だったと思う。
おつかれさま…
私は窓辺に置かれたティーカップを見つめながら、心の中でそっと頭を下げた。
だが、当のご本人は「やっと発表できたね」と喜んでいる。
向かいのソファに腰掛けたアルフレートは、どこか晴れやかな表情で微笑んでいた。
ずっと言えなかった秘密をようやく口にできた子どものような顔である。
推しのことは何でも許してあげたいけど。
ちょっと黙ろうか、と声が出そうになって飲み込んだ。
危ない危ない。
危うく本音が飛び出すところだった。
「アルフレート様。呑気なことを言っている場合ではありませんよ」
私がそう言って立ち上がった。
勢いよく立ち上がったせいで椅子がわずかに音を立てる。
ここは、ガツンっと言っておかないと。
「婚約が前倒しになったということは、結婚も前倒しになる可能性もあるということです」
私がそう伝えると、アルフレートが「そうだね」と言ってニコニコしている。
相変わらず綺麗な笑顔だ。
でも、笑うところではない。
結婚したら、アルフレートは殺されるかもしれないのに。
私は思わず額に手を当てたくなった。
全く危機感を感じていない。
もちろん、相手が変わったから別の未来が訪れる可能性はある。
でも、不安の種は取り除いておかなくては。
それに、そもそも私たちの目的は復讐なのだから。
「結婚式までにエレオノーラ様と関係を持ったのは誰なのか、これからどうするつもりなのかを、突き止めなくてはいけません」
私がそう言うとようやく、アルフレートはハッとしたようだった。
先ほどまでの柔らかな笑みが消え、真面目な表情になる。
できれば、エレオノーラをこの国から追い出せるような証拠が出てきてくれたら嬉しい。
そんな都合のいい展開があるとは思えないけれど。
全く情報がない状態で、結婚式までの期間は短い気がする。
考え始めたら焦りがじわじわと胸の奥に広がっていった。
「エレオノーラ様の周辺を探ってみるしかないですね」
私がそう言うと、アルフレートが少し考えて「それは、影に任せよう」と言った。
一瞬だけ窓の外へ視線を向けてから、静かに結論を出す。
え、なんか、王族っぽい。
いつからそんな『影』なんて使えるようになったんだろう。
私は思わず部屋の隅や天井近くを見回してしまう。
もしかして今もどこかに潜んでいるのだろうか。
私がキョロキョロしていると、アルフレートは話しを進めてしまった。
「俺たちはエレオノーラに顔が知れているから、表立って動かないほうがいい。それより、エレオノーラを、なんていうか、追い詰める、というのはどうだろう?」
そう言われた。
もう、エレオノーラは呼び捨てになってる。
…まあ、呼び捨てでもいいか。
今さらそこを指摘する気力はなかった。
「追い詰める、というのは?」
「結婚するまでわからなかったんだけど、彼女はプライドが高い。俺が君と付き合っていると言ったときも、君の家門を気にしていただろ?」
当時の記憶を思い出すように、アルフレートは少し視線を細めた。
アルフレートに言われて、確かにそうだったかもと思い出した。
あの時のエレオノーラは、私自身よりも家門の格差に反応していた気がする。
「彼女を追い詰めたら、これまで見られなかった本性が出てくるかもしれない」
たしかにアルフレートの言うとおりだけど、逆にエレオノーラを警戒させる可能性もある。
私は腕を組みながらしばらく考え込んだ。
悩んだけれど、エレオノーラを追い詰めるという方向で計画を立てることにした。
ちらっとアルフレートを見る。
整った横顔がキラキラしていて見惚れてしまう。
窓から差し込む午後の日差しが髪を照らし、その姿はまるでスチルのようだった。
イベントがなくても素敵なんて、やっぱり神なんだろうか。
こんな緊迫した話をしている最中なのに、どうしてこんなに綺麗なんだろう。
エレオノーラに復讐するまでの、短い間だけの婚約者。
そう自分に言い聞かせて、感情を押し込める。
「ん?これで大丈夫?」
エレオノーラを追い詰める計画を話している途中で、アルフレートが私を見た。
複雑な気分を隠すように微笑んで「うん、大丈夫」と答える。
それから、あらためてエレオノーラを妊娠させた相手が誰なのかという話を始めた。
考えてみると、エレオノーラの周りに男性の影なんて…
いや、モテモテだったかもしれない。
あの外見だもん。
そりゃあモテるよね。
この間の舞踏会でも、クロードと一緒だったし。
おそらく、ちょっとエレオノーラが声をかければ、モブだったら数十人は集まるだろう。
むしろ列を作るかもしれない。
そう考えると容疑者候補が多すぎる。
「その…エレオノーラの妊娠がわかって…子どもは、生まれたんですか?」
聞きづらいけど、大切なことだ。
私は慎重に言葉を選びながら尋ねた。
「いや、見てない。その前に殺されたから」
アルフレートはバッサリそう言った。
そっか…
部屋の空気が少し重くなる。
「そうだね。子どもが生まれていたら、髪の色や瞳の色である程度、絞り込めたかもしれないね」
そう言ってアルフレートが「ごめん」と言った。
なぜ、謝った?
私は一瞬理解できずに目を瞬かせる。
「違います!責めているわけじゃなくて…そんなことで謝らないで」
思わず身を乗り出してしまう。
なんか悔しくなって、涙が溢れた。
ぽろりと落ちた雫が膝の上で小さな染みを作る。
アルフレートは何も悪くない。
それなのに、過去の出来事のせいで謝らせてしまったことが苦しかった。
私の推しにこんな思いをさせるエレオノーラはやっぱり、許せん。




