20 エレオノーラと再会しまして
皇太子妃候補 メイヴィス・モルゲンシュテルン
皇太子 アルフレート・フローリアス(ローゼンタール)
伯爵令嬢 エレオノーラ・ヴァランティーヌ
子爵令息 クロード・ヘイスティングス
伯爵令息 セドリック・リヴェンデル
伯爵令嬢 ルシエラ・リヴェンデル
廃皇太子 マルテロ
婚約を発表する少し前に開催された舞踏会。
大広間には豪奢なシャンデリアがいくつも吊るされ、無数の蝋燭の灯りが磨き上げられた床に反射していた。
華やかな音楽が流れ、着飾った貴族たちが優雅に談笑する声があちこちから聞こえてくる。
乙女ゲームの世界だわ。
思わずそう思ってしまった。
まだ、発表はしていないものの、私は皇太子妃候補、つまり婚約者としてアルフレートにエスコートしてもらっている。
隣を歩くアルフレートは堂々としていて、その姿は自然と周囲の注目を集めた。
私も笑顔を浮かべながら挨拶を返していたが、内心はいつも以上に神経を使っている。
正式発表前という微妙な立場だからだ。
その舞踏会で、久しぶりにエレオノーラの姿を見かけた。
広間の向こう、人々の輪の隙間から見えたその姿に、思わず視線が止まる。
アルフレートの瞳の色のドレスを着たエレオノーラは、とても綺麗だった。
さすがヒロイン。
オーラを感じる。
淡い光を受けて輝くドレスは上質な生地で仕立てられており、彼女の整った容姿をさらに引き立てていた。
背筋を伸ばして立つその姿はまるで絵画のようで、周囲の令嬢たちと比べても目を引く存在感がある。
こうやって見ると、やっぱりヒロインなんだよね。
ふと、隣に人影が見えた。
どなたか、男性と一緒のようだ。
その人物は見覚えがなく、少しだけ警戒心が芽生える。
社交界で見覚えのない人物は珍しくない。
だが、エレオノーラほどの家柄の令嬢が伴っている相手となると話は別だ。
私はさりげなく視線を向け、その男性の顔立ちや身なりを観察した。
「あ、アルフレート様。ごきげんよう」
エレオノーラがそう言って、アルフレートに抱きつく。
ためらいのない動作だった。
周囲の視線が一瞬集まる。
近くにいた人々が何事かとこちらを見るのがわかった。
皇太子となるアルフレートに、一介の伯爵令嬢がとっていい行動じゃない。
そんな一般常識も忘れてしまったんだろうか。
いや、それだけ、エレオノーラが追い込まれているのかもしれない。
彼女の表情は笑顔だったが、どこか余裕がないようにも見える。
縋りつくような仕草にも見えて、少しだけ胸がざわつく。
そして相変わらず、エレオノーラには私が見えないようだ。
隣にいる私には挨拶がなく、そのままアルフレートと話を始めた。
私は小さく息を吐き、表情だけは崩さないようにする。
「最近、変な噂を聞きましたの…」
そう言ってエレオノーラがアルフレートに話し始めると、エレオノーラと一緒にいた男性に話しかけられた。
「ご機嫌よう、メイヴィス・モルゲンシュテルン伯爵令嬢。私、クロード・ヘイスティングスでございます」
そう挨拶されて、ようやく男性の身元がわかった。
ヘイスティングス家の子爵令息のようだ。
子爵というのは、伯爵より身分は下。
でもたしか、ヘイスティングス家は薬学に優れている名家だったと記憶している。
私は生まれながらに健康だったから、お世話になることはなかったけど。
それでも王都でその名を知らない者はいない。
薬学の研究や治療法の開発で知られ、多くの貴族や王家にも貢献している家系だったはずだ。
ただ、ちょっとバランスが悪いなと思った。
クロードとエレオノーラを見比べる。
底辺伯爵家のモルゲンシュテルン家の令嬢が、名家の子爵令息と一緒にいるならまだわかる。
だが、名門伯爵家ヴァランティーヌの令嬢が、子爵令息を伴って舞踏会に現れるなんて。
社交界では家格も重要視される。
もちろん例外はあるけど、それでも違和感は拭えなかった。
「一度、メイヴィス伯爵令嬢とお話をしてみたいと思っていたんです」
そう言われて、ちょっと戸惑う。
ちらっとクロードを見ると、どことなくソワソワしている。
話したいというのは本音なのかな?
エレオノーラとの関係も気になるから話してみたいけど。
社交辞令で「それは嬉しいですわ」と答えるのが一般的。
でも、今の私は微妙な立場だ。
婚約者となるアルフレートがいる。
婚約者がいるから、他の男性に媚びをうるような言葉は慎みたい。
以前にも述べたが、めんどくさい国だから。
余計な誤解は避けたいし、どこで誰が聞いているかわからない。
だけど正式な婚約者というわけではない。
社交辞令を伝えるべきか…
そう考えながら言葉を選ぼうとした、その時だった。
「申し訳ないね、ヘイスティングス伯爵令息。メイヴィス嬢は俺が独り占めしたいと思っているから、勝手に話しかけないでくれるかな」
アルフレートがそう言って話題に割り込んできた。
いつの間にか私のすぐ隣へ移動していたらしい。
おや?エレオノーラは?
そう思っていたら、アルフレートの後ろで鬼の形相になっているエレオノーラと目があった。
先ほどまでの可憐な笑顔は消え失せ、鋭い視線がこちらへ向けられている。
めんどくさい…
「これは、アルフレート皇太子殿下。大変失礼いたしました」
クロードがわざとらしく頭を下げる。
その仕草は丁寧だったが、どこか芝居がかって見えた。
「ヴァランティーヌ伯爵令嬢から聞いたのだが、俺とメイヴィス嬢が婚約するという噂が流れているそうだ。でも、噂じゃないんだ。近々、正式に発表をするから」
アルフレートが、笑顔でそう言った。
ひょっと背筋が凍る。
正式発表前に、こんなところで言っちゃいますか。
周囲の空気が一瞬で変わった気がした。
近くにいた貴族たちが息を呑み、驚いたような表情を浮かべる。
公然の秘密を、ご本人が暴露するなんて。
私は笑顔を保ちながらも、内心では頭を抱えたくなっていた。




