02 舞踏会のパートナーになりまして
伯爵令嬢 メイヴィス・モルゲンシュテルン(朝比奈 萌衣)
伯爵令息 アルフレート・ローゼンタール
伯爵令嬢 エレオノーラ・ヴァランティーヌ
「これは、どういうことだろうか」
アルフレートがそう言って、ゆっくりと周囲を見渡したあと、困惑の表情で私を見た。
私も困惑している。
どういうことでしょうね…
私は、銀恋に転生したときのモブ、メイヴィス・モルゲンシュテルンになっていた。
鏡に映る自分の手や、着ているドレスをあらためてみる。
若い…たぶん、この世界から消える(?)直前ではない。
そうして、アルフレートはアルフレート・ローゼンタールに転生…
目の前の彼の表情は、かつて画面越しに見ていた推しそのままだった。
これは、死に戻り、タイムリープというやつだろうか。
アルフレートは伯爵令息のままで、王の隠し子であることは知られていないようだ。
当然、皇太子にもなっていない。
私がそう説明すると「では、やり直せるのか」と尋ねられた。
「そうですね。エレオノーラ様と話をして、いい未来に変えることができると思います」
そう伝えると、アルフレートは少し悩んでいるようだった。
「病院で死んだときの話をしたが。あのときは言えなかったのだが…ひどい殺され方をした。もう、エレオノーラの顔も見たくない」
そう言ってアルフレートは下を向いた。
肩がわずかに震え、声の最後がかすれて消える。
私の推しが悲しんでいる。
影となり日陰となってきた私としては、ほかっておけない。
「では、復讐しましょう」
なんとなくで言った言葉だけれど、口に出した瞬間、それがいいような気がしてしまった。
アルフレートは驚いて顔を上げる。
「今の時点で、エレオノーラ様はアルフレート様がエレオノーラ様の企みに気づいていることは知りません。アルフレート様が皇太子にならなかったとしたら、現皇太子か、現王の暗殺を考えている可能性があります。それを、ぶっつぶしましょう!」
言葉を重ねるごとに、頭の中で状況が整理されていく。
最初は思いつきだったけど、いい案じゃないかと思えてきた。
正直に言えば、ゲームでは皇太子は悪の皇太子として描かれているから、助けるのが正解なのかはわからないけど。
「…だが、あの皇太子が王になったら、この国は終わると思うが」
アルフレートがそう言った。
「それも、なんとかしましょう!いざとなれば、アルフレート様が皇太子になる方法はわかってるんですから」
1度目の異世界転生で、アルフレートは皇太子になれている。
そのときのルート分岐、イベント、人物の配置まで、頭の中には叩き込んである。
その方法を使えば、もしものときにはアルフレートが皇太子になれるだろう。
アルフレートも「そうか。そうだね」と頷いてくれた。
問題は、アルフレートがエレオノーラと以前のような関係にはなれないということだ。
顔も見たくない気持ちはわかるけど。
「悪いんだけど。今度の舞踏会、メイヴィス嬢がパートナーになってくれない?」
そう言われて、すごく困った。
胸の奥が一瞬跳ねて、現実味のある緊張が押し寄せる。
私はモブなんですけどね。
ただ全てを知っているのは私だけだし、ということで、しぶしぶ、申し出を受けることになった。
ローゼンタール家ほど名門ではないけど、モルゲンシュテルン家も伯爵家でよかった。
そんなわけで、エレオノーラを差し置いて、アルフレートのパートナーを務めさせていただくことになった。
夢にまでみた推しとのダンス。
会場の大広間は豪華なシャンデリアに照らされ、音楽が柔らかく響いているのに、足元だけがぎこちない。
緊張しているのもあるけど『メイヴィス』はあまりダンスが上手ではないようだ。
伯爵令嬢なんだけどね。
体が動かない。
アルフレートがそれを上手にフォローしてくれた。
「異世界では、メイヴィス嬢に助けられてばかりだったけど。ここでは、俺も役に立てそうだね」
アルフレートにそう言われて顔を赤らめる。
アルフレートにとっては、私が住んでいた世界が異世界になるわけか、とも思った。
「アルフレート様っ」
鈴の鳴るような声でアルフレートを呼びながら、エレオノーラが駆け寄ってきた。
ドレスの裾が床を滑るように揺れ、可憐さを演出しているようだった。
「どうして今日は、私を誘ってくださらなかったの?」
そう言って、エレオノーラがアルフレートの腕を掴んだ。
アルフレートの表情が一瞬、強張った。
それから、ゆっくりとエレオノーラの手を振りほどく。
「申し訳ないが、今後、君と関わりたくない」
そう言って、すたすたとその場を立ち去ってしまった。
ストレートすぎ。
まだ、アルフレートはエレオノーラの企みに気づいていると知られたくないから。
もうちょっと、大人な対応をしてほしい、けど。
仕方ないか。
推しには甘いぜ、私。
1人残されて、アルフレートを追うべきか悩んでいると、エレオノーラに話しかけられる。
視線が鋭く刺さり、空気が冷える。
「アルフレート様、どうしたのかしら?あなた、何かご存知?」
そう言われて。さらに困った。
実は未来であなたに殺されまして、あなたと顔も会わせたくないそうです、とは言えない。
「さあ…今日は突然、パートナーにと声を掛けていただいただけで」
そう言うと、エレオノーラが「ふふっ」と笑った。
口元だけが笑っていて、目はまったく笑っていない。
「そうよね。あなたも伯爵家だけど、たかだかモルゲンシュテルン家。私の足元にも及ばないものね」
私だけに聞こえる小さい声でそう言われた。
たかだかモルゲンシュテルン家って何?
まあ、たいした家門ではないことは認めるけど。
エレオノーラって、こんなことを言うような人だっけ?




