18 次の作戦にうつることになりまして
伯爵令嬢 メイヴィス・モルゲンシュテルン
伯爵令息 アルフレート・ローゼンタール
伯爵令嬢 エレオノーラ・ヴァランティーヌ
伯爵 ディミトリ・オルブライト
そんなことがあり、いいおじこと、オルブライト伯爵は暴漢事件の犯人になることなく。
アルフレートが皇太子となった。
よかった。
少なくとも、オルブライト伯爵の運命はちょっとはいい方向へ変わったはず。
前回の人生で待ち受けていたオルブライト伯爵の死という結末を思えば、それだけでも十分な成果だった。
オルブライト伯爵は王権反対派なのだけれど、アルフレートとはウマが合うのか、ちょくちょくサロンで会うようだ。
王都の貴族たちが集まるサロンでは、政治や経済、芸術について語り合う声が飛び交っているらしい。
その中で二人が楽しそうに話している姿を見たという噂も耳にした。
これもきっと、推しの人柄の良さのたまものだろう。
誰とでも自然に打ち解けてしまうのはアルフレートの才能だと思う。
ただ、未来が変わったことで謎も残った。
どうして王が、オルブライト伯爵を陥れようとしたのか、だ。
アルフレートが皇太子になって、あらためて王と話すことができた。
そのときオルブライト伯爵について聞いてみたが、よく知らないと言われたのだ。
知らない人を犯人にしようと思うだろうか?
考えれば考えるほど不自然だった。
「どういうことでしょうね」
私が窓の外を見ながらそう呟くと、アルフレートから「話があるんだけど」と言われた。
窓の外では庭師たちが花壇の手入れをしていて、色とりどりの花が風に揺れている。
推しの話なら、聞く聞く。
窓の外を見るのをやめて、すぐに視線を戻した。
あらためてソファに座ると、アルフレートが少し言葉を詰まらせた。
向かいの席に腰掛けたアルフレートは、なぜか落ち着かない様子で指先を組んだりほどいたりしている。
「あの、今、俺たちはその…恋人なわけだけど」
うん、恋人のフリね。
そう思いながらアルフレートを見る。
いつもならもっと堂々としているのに、今日は妙に歯切れが悪い。
「その、婚約してくれないだろうか」
そう言われて、一瞬、時が止まる。
恋人のフリからの、婚約者…のフリ、か。
「ああ、婚約者のフリですね!ああ!ビックリした!」
私がそう言うと、アルフレートがちょっと困った顔をした。
眉がわずかに下がり、何か言いたそうに口を開く。
「いや、その…その…フリというのも、取れないかなと…」
「え?」
聞きなおすと「いや、そう。そうなんだ」と言い直した。
妙にしどろもどろだった。
私は首を傾げる。
アルフレートが心配していることはわかっている。
前回の通りなら、アルフレートが皇太子になってすぐ、エレオノーラと婚約している。
それを阻止したいんだろう。
私が納得していると、アルフレートが私の手を掴んだ。
「そ、そのためには、ちょっと、デートしない?」
アルフレートは唐突に、そう言った。
「デートですか?」
思わず聞き返してしまう。
「そう、デート。ほら、俺たち、業務提携してるだけみたいに思ってる人もいるだろうから」
そう言いながら、アルフレートは視線をそらした。
なんだか耳が少し赤い気がする。
アルフレートが必死でそう言うから、デートの提案にはのることにした。
そんなことしなくても、婚約者のフリはできそうな気もするけど。
でもまあ、推しとデートができるなんてラッキーかもしれない。
窓から差し込む午後の日差しが部屋を明るく照らしている。
作戦としては、こうだ。
まずは、アルフレートと私がラブラブで婚約も間近という噂を流す。
わざと人目のある場所で恋人アピールをすることにした。
フリなのだけど、真剣に愛し合っている2人を演じる必要がある。
皇太子と、底辺伯爵令嬢が婚約するためには、民意も大切だ。
頭では理解しているのに、実行となると急に難易度が跳ね上がる。
アルフレートも私も、その手のことは得意なほうじゃない、と思う。
とりあえず、手を繋いでみた。
そして、とりあえずカフェに来たものの、どうしたらいいかわからず、2人でモジモジとするばかり。
「メイヴィス嬢…このケーキ美味しいらしいよ」
アルフレートが少しだけ声を落として言った。
「あ、ありがとうございます。こちらのケーキも美味しいらしいですよ」
私もぎこちなく返しながら、視線をケーキに向けた。
すごく美味しそう。
生クリームが「私は美味しいよ」と言ってる気がする。
普段なら、パクつくところなんだけど。
2人で慣れない「あ~ん」というやつをやってみた。
一瞬の静寂のあと、互いに固まって顔を赤らめる。
あってるのか、このラブラブに見せよう作戦は…
アルフレートが軽く咳き込んで「美味しい」と言った。
とてもそうは見えない。
思わず、吹き出してしまった。
上手くいったとは思わなかったが「初々しくて素敵だ」という噂が広がった。
思ったような噂ではなかったけど、それでも仲がいいという噂は広まってくれてよかった。
それからも、アルフレートは時間を見つけて、私とラブラブだと思わせる作戦を実行してくれる。
伯爵家のサロンに呼んでもらったときも、アルフレートが送り迎えをしてくれて、さらに話題になった。
馬車から降りるところまで丁寧にエスコートされ、周囲の視線が一気に集まったのを覚えている。
「アルフレート様。その、噂が広がって作戦は成功してると思うのですが、あまり無理をしないでくださいね」
私がそう伝えると、優しく微笑んでくれる。
「無理なんてしてないよ。俺がしたいからしているだけ」
そう言われて、ドキドキした。
最初の頃はモジモジとしていたのに、最近ではアルフレートがグイグイくる。
演技がこんなに上手な人だとは知らなかった。
ふとした瞬間の視線まで本当に恋人に向ける視線のようでドキドキする。
人がいるところで頬や額にキスをしてくれることもあって、心臓に悪い。
もしかしたら本当に好いていてくれるのかな、なんて思ってしまったり。
考えてはいけない方向に想像が進みそうになるのを必死で止めた。
私が勘違いするくらいだから、社交界にも、あっという間にアルフレートと私のことは広がった。
噂は加速するように広まり、気づけば誰もが知る関係になりつつあった。




