99話:誘蛾灯
「とても順調に進んでいるじゃないか」
「そうだといいんですけどね」
20層のエースグリズリーを倒した配信から土日と休みを挟んだ火曜日。
昼の生配信をしてから、3度目の売却であり、ドローンを返却しにきた所で伊達さんに捕まった。
今回はカウンターで完全に待ち構えていたんだよな。
「19層の映像記録は土日だけになってしまったけど、それ以上に20層の記録の方が重要だからありがたいわよ。
配信によって20層を目指す冒険者の参考……になってるのかは分からないけど、まぁ良い影響は与えているでしょうね。実際に見ないと危険さは分からないから」
「それなら配信していて良かったです」
配信を初めてからまだ1ヶ月も経ってないが、その影響は広範囲に及んでいるようだ。噂では冒険者登録者が急増しているとか、レベル上限に到達した冒険者が協会に雇って欲しいと話を持ち込んできたりとか。
後者については、協会のお墨付きが欲しいようだった。そりゃ上限に到達してない冒険者と組んでもレベリングできないもんな。協会の方でも、レベル上限到達の認定制度を作るらしいという噂もある。
「レベル上限到達の認定制度については本当よ。とりあえず、認定1人目は君になるでしょうけどね」
「認定してもらう必要はないんですけどね。まぁ構いませんよ。具体的に何をするんですか? テストとか?」
「レベル一桁の人間と一緒にダンジョンに潜ってもらって、数回モンスターを倒してレベルアップすれば認定ってだけよ。試験階層のおすすめはある?」
「遠距離攻撃とか隠密行動をするようなモンスターがいない事が必須ですね。18層のドラフトホース、14層のフォレストランナー、12層のクラッグベア、8層のハヤテホースあたりがおすすめでしょうか」
「6層以下はどうなの?」
「6層もいいですけど、泥だらけになるのでそこが難点です。4層は若干の隠密性というか、見にくいのでここも微妙。1・2層は問題ないですけど、レベル上げに時間かかると思います」
「なるほどね。そうなると、そもそもレベル上限到達していても8層でモンスターを倒せるだけの力、レベル30くらいの戦闘力は必要か」
「まぁ、武器防具でカバーすればいけると思いますよ」
市販品でもいけるだろう。いざとなれば、悠斗の武器防具を紹介してもいいはずだ。まぁ高校卒業後だろうけど。
「認定制度の事は置いておいて。また君へ取材依頼が来ているんだけど、いつも通りの対応でいいのね?」
「はい。基本的に話せる事は配信で話してますから。一度答えた質問だったり、同じ質問をしている人がいなくて意味が無さそうな質問には答えてないですけど、結構答えてると思うんですよね」
「そうね、答えすぎなくらいよ。もう少し自分の強さを隠すのかと思っていたわよ?」
そう考えた事もあるけど、推定レベル120なら隠す必要も無いだろう。小谷さんの強さもかなり公開されてるし、それと同じだ。
「隠しても質問され続けるだけですからね。大体の情報は開示したし、そろそろ質問も減ったり、配信を見る人も減るんじゃないですか?」
「新しいモンスターと戦ったり、次の階層に進めば質問は増えるだろうし、視聴者も大きくは減らないと思うけどね」
「そういうものですか。あと、あっちの話はどうなりました?」
「許可が出たわよ。それ用にカスタマイズもされてるけど、早速今日持っていく?」
「じゃあ借りていきます」
「何も無いに越した事は無いけど、何かあれば遠慮なく使ってちょうだい」
「分かってますよ。害意に容赦なんてしませんし、これがあればしっかり証明できますからね」
「……なんか、夏の夜の誘蛾灯みたいね」
「まぁ社会のためになるならいいんじゃないですか?」
「当人がそう言うならいいんだけどね。証拠さえあれば、後はこっちで対応できるから」
そうは言っても、できれば自分の手で対応したいんだよな。生温い方法じゃ、そういう連中は後を絶たないだろうし。
「今日の夕飯は何っすかねー」
かおりんと今日の活動を終えて、夕飯を食べるために駅から我が家へと向かっている。
今日で11月も終わりか。今年も残り1ヶ月。師走と言われても、忙しさの差なんて分からない。自由な冒険者なのだから、忙しければ仕事量を減らせば良いだけだ。
冬が近づき、家の近くの木々も紅葉が終わりに近づいている。配信を始めた事以外は落ち着いた11月だったな。
「伊藤祐也さんですね」
荒井駅から家までの道のりの半分くらいを越えた時。
前方の交差点の影から、1人の男が声をかけながら向かってきた。手にはスマホを握りしめている。
「どなたです?」
「どうして取材に応じてくださらないのですか? 世間に対する説明責任があるでしょう!」
ほぉー。こいつはそっち系の人ね。
「取材はダンジョン協会を通じて依頼するように、と通達が出てます。あなたはそれを無視しているのを理解してますか?」
「協会はあなたへの取材依頼を全て握りつぶしているのではないですか!」
うん。こっちの話を聞く気はないわけね。
まぁちゃんと一度は忠告したから大丈夫だ。
パシッ、ダンッ、ガンッ
「は? がはぁっ!」
男がさらに近づこうとした瞬間、俺はその男の手首を握ると、素早く捻りながら後ろへと回り込んで胸から地面へと押さえつけた。
多分こいつは冒険者じゃないな。俺の動きに全く反応できてなかった。
「かおりん、そいつの落としたスマホを拾っておいてくれ」
かおりんにお願いをしてから、奴の背中に背負っていたカバンを取り上げる。身分証はどこかなー。
「おっ、お前! 何をしやがる!」
財布があるな。ならこの中に免許証とか保険証とか無いかな。名刺とか社員証とかも欲しいんだけど。
おっ、ネックストラップ付きのケースがある。じゃあその先に……出てきた、出てきた社員証。へぇ、俺も聞いた事ある会社に所属してるみたいだな。名刺入れも発見。たくさん同じのが入ってるから、ここから数枚抜いておく。
免許証と名前も一致してるし、顔写真も本人と同じだな。偽造じゃないだろ。じゃあ社員証と名刺だけ回収しておけば十分だな。
「よし。じゃあさっさと帰りな。立ち上がって5秒以内に俺らと逆方向に走っていかなかった時は実力行使に出るからな」
「祐也さん。今のも十分に実力行使っすよ」
「まぁそうか。じゃあその時は大怪我するぞ」
そう言って、こいつの背中から離れる。
「このスマホはどうするっすか?」
「身分証が無い時に使うつもりだったけど、どっちもあるから返してあげるか」
かおりんから受け取ったスマホを立ち上がろうとしている背中へと放り投げ、手にした社員証と名刺を高々と持ち上げた。
「それじゃあな。頑張って生きろよ」
奴は背中に当たって地面に落ちたスマホを慌てて拾い上げると、荷物を持って俺らとは反対側に歩いていった。
去り際に何か言ってたような気もしたけど、まぁ二度と会う事も無いから問題ない。
「協会に連絡しないとっすね」
「んー、そうだな……支部長のためにもちゃんと報告しておくか。まぁ夕飯食べてからだな」
「のんびりっすね。まぁ大丈夫ならいいっすけど」
「さっきの事は忘れて、美味い瀬奈の料理を楽しまなきゃだぞ」
「そうっすね。悩んだり、暗い顔をしてたら、瀬奈ちゃんも食事に集中しろって怒りそうっす」
かおりんは何も気にしないでいいんだよ。
あいつの処理はこっちでやるから。
さて、帰ったら色々準備しないとな。




