91話:第18層の熊
コメント欄は、まだ俺の昼食で盛り上がっている。いや、コメントの読み上げが追いついてないだけか。
読み上げ音声を聞きながら、俺は森のそばを歩いていく。
:分かりやすい単語って事なら、フードファイターじゃないのか
:フードファイターダンジョンって語呂が悪い
:フードファイトの方が語呂はいいな
:今日も18層か
:アーカイブで見たけど、三角跳びを昨日と違う角度で見たい
:ドローンは細かい角度調整とか可能なの?
チャンネル名についてのコメントも聞こえてくれば、これからの戦闘についてのコメントも聞こえてくる。
そういや、何人見てるんだろうな。あまり気にしてなかったけど。
まぁ、今見てる人もいれば、アーカイブで見る人もいるだろうし、今を気にしても意味ないか。
「盛り上がってる所悪いけど、今日は三角跳びは無いぞ」
:他のやり方で倒すって事?
:セオリー通りか?
:他のやり方で木の幹に衝突させるのかな?
:ギリギリで横に避けたら衝突させられるんじゃない?
:もしかしてドラフトホースじゃない?
おっ、ようやく正解が出てきたな。
そのタイミングで、ようやく右側に広がっていた森が途切れた。そして、その先には13層以来となる渓谷がいくつも連なっていた。
:渓谷!
:ほぇー、キレイな景色だな
:上高地って感じがする
:仙台だけどな
:渓谷って事はドラフトホースじゃないのか!
:ロバストグリズリーか!
:ってか、ドラフトホースしか倒してないって話じゃなかったっけ?
コメントにもあったように、今日倒す相手はロバストグリズリー。
シンプルにデカくて強い熊だ。身長2.5m、体重400kg。かなり巨体のヒグマがこれくらいらしい。
中層最後のモンスターに相応しい、小細工の効かない純粋な強さが求められる敵だ。
ドラフトホースは木の幹という環境を使えば、攻撃力さえあれば倒せるけど、これはそうもいかない。
コメントを聞きながらも、それに返事をする事なく、右手に剣を持ったまま奥へと進んでいく。
渓谷に足を踏み入れてから10分くらい進んだだろうか。
視界の奥の岩場の影から、黒い影が現れた。
いたいた。
こちらに気づいたロバストグリズリーは、俺に向かって四足で駆け出した。
俺は足場のしっかりした、大きな岩の上へと移動して、剣を両手で強く握りしめて待ち構えた。
:デケェ
:ドラフトホースとは違った迫力がある
:川があったら鮭を取ってそうなモンスターだな
:ドラフトホースもデカかったけど、縦にデカい方が恐怖を感じる
:どうやってこれ倒すの?
:倒せるイメージが湧かない
:ドラフトホースみたいに隠れる場所なんて無いぞ
:シンプルに実力が求められるモンスターだな
:これを倒せなきゃ深層じゃやっていけないぞってダンジョンが言ってるようなモンスター
:なかなか勝てないんだよな……
徐々に近づいてくるロバストグリズリーを見て、その大きさと圧迫感に驚愕するコメントが多い。
あと、視聴者にロバストグリズリーと戦った事のある冒険者がいるみたいだな。そんな上位冒険者までもこの配信を見てるのか。見てないでレベル上げしようぜ。
駆けてくるロバストグリズリーがどんな攻撃を仕掛けてくるのか。その情報も協会にあったので分かっている。
爪か牙。他の熊型モンスターと変わらない。これまでの熊型モンスターの完成形って感じがするよな。
どちらで来るか、その動きを見極めるため、俺は右足を少し後ろに下げ、右後ろに体重をかけるようにしていた。
残り5m。
ここでスピードが緩まなければ突進か牙。少しでも落ちたなら爪。
このロバストグリズリーが選んだのは。
:跳んだ!
:爪撃!
:ストライクレーザークロー!
:避けろ!
:避ける体勢になってたから大丈夫なはず
:爪もデケェ!
ジャンプして、地面から離れた左前足を上から振り下ろしてきた。
その攻撃は知っている。昨日もそれだったからな。
腕が振り下ろされる直前、俺は素早く後ろへと飛び退いた。
そして。
ズシュッ
:上手い!
:引き小手か!
:体育の授業で剣道部のやつがこの攻撃するのを見た事あるな
:めっちゃ早い
:剣筋がギリギリ目で追えたレベルだった
:俺は絶対に避けられない
:目では捉えられなくて、痛みで攻撃された事に気づきそう
中段に構えていた剣を素早く振り下ろされた腕先に叩き込んだ。
一発目から斬り落としにかかると、カウンターをくらうリスクがあるから、まずは様子見で傷の深さは数cmって所だろう。
着地したロバストグリズリーは、その後も爪での攻撃を連続で仕掛けてくるが、全てを引き小手でのカウンターで応戦する。
:危なげないな
:持久戦になれば勝てそうだな
:一昨日の配信でロバストグリズリーは倒してないって話だったけど、一昨日と昨日の配信後に倒したのか?
:なんか安心して見てられる
:おいっ! 後ろ足場!
:もう下がれないぞ!
常に後ろに飛び退いていたから、いつの間にか岩場の端まで来ていた。
これ以上、引き小手が使えない事に対して、一気にコメントが騒がしくなった。
大丈夫だって。
ロバストグリズリーも視聴者と同じ事を考えたのか、今まで以上に身体を持ち上げて、大きく腕を振りかぶった。
そして、おそらくこいつの全力の一撃を振り下ろしてきた。
まぁ初撃でそれだったら苦しいかもしれないけど、ここまで蓄積してきたダメージがあるから余裕だ。
俺は剣先を地面まで下げてから、右に足を踏み込み、振り下ろされる爪を目がけて剣を斬り上げた。
ガギイィィィンンッッ!
爪とぶつかった剣は、甲高い声は渓谷中へと反響していった。
:迎撃かよ!
:止まれ!!
:弾き返せー!
ちゃんと検証済みだっての。
一昨日の配信後に初めて戦った時は安全第一で時間をかけて倒したが、それ以降はこの熊を相手に色々と検証していた。
どれくらいの力を入れれば深く斬り裂けるのか。どこが弱い部位なのか。爪撃を受け止められるか。噛みつきを受け止められるか。
攻撃を受け止めるのは、ある程度ダメージを与えて弱らせてから試して、問題なければノーダメージの状態でも試してみた。
結論、ノーダメージの状態でも爪撃は受け止められる。ただし、弾き返すなら、ある程度ダメージを与えないと無理。
つまり。
:弾き返した!
:あのデカい熊の攻撃を弾き返せるのかよ!
:冒険者ってこんなにスゴイのか……
:あの身体のどこにこんなパワーがあるんだよ
:レベルって謎すぎる
ロバストグリズリーの腕は後ろへと大きく弾き飛ばされた。
その隙に横を通りすぎ、胴へと一撃を浴びせながら、立ち位置を入れ替えた。これで岩場から落ちる心配もない。
ロバストグリズリーとの戦闘は初配信だし、あまり無理はしないで手堅く戦おうと思っている。
ここでビックリさせても、この後に本当のメインディッシュが控えているんだから。
その後も引き小手で戦い続けていくと、出血で敵の動きが鈍くなってくる。
そして、モーションの大きな攻撃をしてくる時には攻撃を弾き返して、立ち位置の調整をしながら腕以外にも斬撃を与えていく。
何度か左腿を斬り裂くと、出血か痛みか、どっちが原因かは分からないが、ロバストグリズリーは膝をついた。
:膝ついた!
:勝てる!
:勝ったな
:4日目にして、初めて参考になる戦闘な気がする
:昨日までがおかしかっただけだな
:フードファイターがここまで強かったとは
:ドラフトホースの時と違って、シンプルに強いと感じる
:冒険者を目指すなら剣道部に入るべきか
:剣道部人気来る!?
膝をついて機動力が無くなったロバストグリズリーの背後へと回り込み、背中を斬りつけていくと、膝立ちもできなくなり、倒れ込んだ。
確実に息の根を止めるため、素早く首を落として終わりにした。
ちゃんと配信でも怪我なく倒せてよかった。なんだかんだ、こいつを倒し始めて3日目だからな。
「さて、血抜きと解体しながら質問返しをしていくか」




