80話:協会
倒したドラフトホースの血抜きをしようとしたが、その巨体の重さは700kg。とてもじゃないが、ジャイアントスイングなんてできるわけがない。
仕方がないから、ざっくり4分割してから振り回して血を飛ばす。そして、どんどん切り分けていく。半分ほどの骨や皮などを外し終え、切り分けた肉を全て持ち上げたが、これ以上持つのは無理だ。
泣く泣く半分くらいはその場に放置して地上へと持ち帰る事にした。それでも150kg近くあるんだけどな。
「いらっしゃいませ。ご用件をお伺い致します」
「素材の買取をお願いします」
地上のダンジョン協会まで帰ってきた俺は、いつものようにカウンターの上にドラフトホースの肉を載せていく。
「確認させていただきます。
……あの、すみません。こちらは何のモンスターの肉になりますでしょうか?」
いつもなら何も聞かずに肉の状態を確認されて、即座に金額を提示される。
だが、今回は何のモンスターの肉かを聞かれた。どうしてだ?
珍しい事だと思いつつ、答えても問題なんて無いから素直に答える。
「ドラフトホースの肉です。重すぎて全部は持ってこれなかったですが」
その言葉を聞いた職員さんは、目を大きく見開いた。
「しょ、少々お待ちくださいっ!」
肉をそのまま放置して、職員さんは裏に下がっていった。
何かあったのか?
ドラフトホースの肉って重いから持ち帰ってくる冒険者が珍しいのかもしれない。それか、誰か特定のお得意さんがドラフトホースの肉を必要としていて、ようやく売りに来てくれたから、みたいな感じかも。
ただ、そのどちらであっても、職員さんが慌てるほどじゃないんだよな。
「お待たせしました! こちらへお越しいただけますか!」
息を切らして駆け足で戻ってきた職員さんに案内されて、俺はカウンターの奥へと進んでいく。
コンコンッ
「お連れしました」
後をついていき、通されたのは何やらちゃんとしてそうな部屋。職員さんの対応を見るに、何か偉い人でもいるんだろうか。
えっ、俺何かしたか!?
「通して下さい」
中から聞こえてきたのは女性の声だ。
職員さんが扉を開けると、そこはまるで校長室のような部屋だった。いや、もっといい表現があるかもしれないけど、中学卒業後に冒険者になった俺の見た事のある豪華な部屋って、中学校の校長室くらいなんだよ。
「中へどうぞ」
扉を開けた職員さんの声に従って、部屋の中へと足を踏み入れる。
「そこに座ってちょうだい」
中にいた女性は座っていた机から立ち上がり、俺の目の前にある応接スペースのソファへと座るように促す。
そこへと腰を掛けると、反対側へ女性が座った。
「あなたがドラフトホースの肉を持ってきた冒険者で合ってるかしら?」
俺の事を見極めるような鋭い視線を向けながら、女性は話しかけた。
「は、はい」
あまりこういう場面には慣れていない。校長室に入る事だって掃除の時だけだったし、校長先生と会話するのも卒業証書をもらう時くらいしか記憶にない。
「そんなに緊張しなくていいわよ。先に自己紹介をすべきね。私はこの奥羽ダンジョン仙台入口の責任者の伊達というわ」
やっぱり偉い人だった!
「あなたが何か悪い事をしたとかじゃないから安心しなさい。最前線の一歩手前、今だと18層のモンスターを倒した冒険者は必ず呼び出しているのよ」
それなら良かった……のか?
ひとまず、悪い事では無さそうなので、ホッと一息をつく。
「一応、あなたの名前を教えてくださる?」
「はい、伊藤祐也です」
「冒険者カードを出してもらえるかしら」
「はい、どうぞ」
冒険者カードを差し出すと、職員さんがそれを受け取り、何かの機械へとかざした。
そして、その機械のディスプレイへと伊達さんは視線を向けた。
「ふんふん、なるほど。1年半かからずにここまで到達したのね、優秀じゃない。しかもほとんどソロみたいだし」
俺の活動記録的なものを見ているのだろうか。
「問題はなさそうね。では、ここに呼び出した本題に移りましょうか。
ダンジョン協会では、冒険者がダンジョンで活動する上で必要となる様々な物、情報を扱っているのはご存知だと思います」
その通りだろう。俺もその情報のおかげで、各階層のモンスターの特徴を把握して、戦闘前にイメトレをしている。武器防具についても協会の店で買ったものだ。
「ただ、その物や情報自体は協会がダンジョンで手に入れたり、調べたりしたものよりも、冒険者から提供されたものの方が多いです。特に最前線に近い階層については、まだ十分な情報が集まりきっているとは言えません。
そこで、今だと18層に到達した冒険者には、ダンジョンについての情報提供や協力をお願いしています。その対価として、武器防具の貸与や施設利用の無償化などを行っています。
伊藤さんにも、上位冒険者として協力いただきたいというのが、協会からのお願いになります」
ダンジョンの攻略についての情報をもらっていた立場から、提供する立場になるって事か。
「協力する事について、問題はありません。具体的に、情報提供というのは何をすればいいんでしょうか?」
「ありがとうございます。情報提供については2つのやり方があります。
1つは単純に、ダンジョンでモンスターと戦った時の様子や相手の特徴、動きなどを地上へ戻ってきた時に教えてもらう形です。
もう1つは、それを口頭ではなく、映像として記録してもらう形です。
我々としては後者の方が情報量が多く、冒険者側の手間も少ないのでいいと思っていますが、戦い方などを見られたくない人は前者の形でも構わないとしています」
映像として記録か。別に見られて困る事は無い。Absorbスキルは戦闘自体には関係無いスキルだからな。
まぁ一緒に活動するかおりんや瀬奈、悠斗のレベルの上がり方がおかしいと思われる可能性はあるが、レベルも映像に映るものじゃないだろう。
「映像の方で構いませんが、どうやって記録すればいいんですか? カメラを持って戦闘はできませんし」
「ご心配なく。そのために、こちらから映像記録用のドローンを貸出します。全自動で追従しますし、壊れても故意で無ければ弁償の必要もありません。ダンジョンへ潜る前にカウンターへ声をかけていただければお渡しします。
また、記録してもいい時だけで十分です。特に初めて次の階層に進む時などは記録は不要です。その階層に慣れて、レベル上げをしている時に記録してもらえればと思います」
なるほど。それなら俺の負担はほぼ無いだろう。ドローンなら持つ必要もないし、心臓を2体分食べてから記録すれば、スキルの事も知られないだろう。
「それであれば協力させてもらいます」
「ありがとうございます。ちなみにドローンの撮影について、協会に映像は提出してもらいますが、それをそのまま配信する事もできます。興味はありますか?」
配信? 確かに某有名動画サイトでダンジョン配信をしている冒険者はいる。俺も見た事はある。
だが、大抵の場合は10層前後まで、たまに14層くらいのものを見た事はあるが、最前線は見た事が無い。
「18層とか最前線で配信している人は見た事が無いんですが」
「そうですね。協会から声をかけた人で配信をしている人はいません。基本的に死の危険性と隣り合わせのダンジョンで、しかも最前線。そうなると配信を見ている視聴者とやり取りをする余裕も無いですし、コメント読み上げ音が邪魔になったりしますから。
それに、倒したモンスターを持ち帰れば十分な収入になりますから、わざわざ配信をやる人はいませんね。一応聞いただけですので。まぁ協会としては最前線のリアルを伝える配信者が現れてくれたら大歓迎なんですけどね」
視聴者とのやり取りをしないようにすれば問題ない気もする。
ただ、これはもう少しちゃんと考えるべきだろう。
「配信については考えさせて下さい。パーティーメンバーや家族に今聞いた話を伝えても問題ないですよね?」
「はい、大丈夫ですよ。ちなみに、武器貸与はどうされますか?」
「貸与される武器は、店で買った魔導鋼の剣よりも強いのですか?」
「魔導鋼の剣ではありますが、店で売っているものよりレベルの高い鍛冶師が作ったものですので、品質は高いです」
「ちなみに、そのレベルはどの程度でしょうか」
「25レベルくらいですね」
2つ目のスキルを獲得したくらいの鍛冶師って事か。それなら、夏合宿で悠斗のレベルを上げれば越えられるはずだ。練習も兼ねて、悠斗に作らせるか。
「武器は必要になったら声をかけます」
「分かりました。次に、対外対応についてです」
対外対応?
「伊藤さんも冒険者についての報道やインタビューを見たことがあると思います。有名なのだと、日本人で一番深い階層に進んでいる小谷さんですね」
もちろん知っている。最近は22層でレベル上げをしていて、近々23層に進むはずだ。
「そういう外向けの対応を協会で請け負うか、ご自身で自由にやるかを決めていただきます。そんなの自分には関係無いと思っているかも知れませんが、最前線の一歩手前の冒険者ならマスコミの対象となります。
協会で請け負う場合、モンスターの売却時に手数料をいただきますが、協会を通さずに伊藤さんと接触する事を禁止できます。接触した場合には罰則がありますので、抑止力になると思います。マスコミとの間に協会が入って、スケジュール調整などの対応をさせていただきます」
多少の手数料がかかっても、お願いした方がいいだろう。
取材は週一の休みの日にすれば、活動の邪魔にもならないはずだ。
ただ、俺の取材をしたいなんてあるのかね。
「協会で請け負ってもらえますか? あと、私がパーティーを組んでいるメンバーについてもその対応は可能なのでしょうか?」
「はい、それぞれ伊藤さんと共にこちらへ来ていただければ対応させてもらいますよ。協会のホームページに記載した時点から、保護対象となりますので、そのタイミングも含めて確認して下さい」
「分かりました。相談しておきます」
かおりんだけじゃなくて、瀬奈と悠斗にもマスコミが接触してくると面倒だから、協会に守ってもらいたい。
「では、これで最後です」
それまで以上に真剣な目つきとなった伊達さんが、大きく息を吸って話しだした。
「取材において、伊藤さんのスキルやレベルを問われる事が多いです。そして、隠すか明らかにするかは伊藤さん次第です。しかし、隠せば隠すほどしつこく聞いてきますし、協会で禁止しても勝手に接触を図ってきます。
その辺りの対応は考えておいて下さい」
スキルとレベルについてか。
俺のスキルは知られたとしても、ダンジョンでの活動に支障はない。知られた所で奪われるわけでもないし、封じられるものでもない。レベルについては驚かれるだけだ。
かおりんたちのレベル上げの秘密を知られたとしても、パーティーを組んでレベリングしてくれって言われるくらいだろう。勝手についてきたらぶっ飛ばせばいい。そういう迷惑な奴が現れたら協会に対応をお願いしたり、正当防衛を事前に許可してもらったりできないかな。小谷さんはどうしてるんだろう。
「こちらからお伝えしたい事は以上ですが、何かご質問はありますか?」
「んー……質問が出てきたら聞きに来ます」
今すぐに確認しなきゃいけない事は無さそうかな。家族と相談して思いつくかもしれないけど。
「いつでもお越しください。では、カウンターで肉の代金をお受け取り下さい。彼女が再度案内しますね」
そういえば肉を売りに来た所だったな。
カウンターで肉の代金を受け取った俺は、18層に戻ってハツ刺しを食べてから再びドラフトホースを倒しに森へと向かった。




