79話:第18層
かおりんとペアで潜る時は15層で、俺は枝の上でモンスターを待ち構えて戦う。ソロで潜る時は16層での戦闘を繰り返して、ウインドホースとウインドベアとの戦闘経験を積み重ねていく。
戦闘を繰り返してもレベルが上がる事はないが、レベル以外の面での経験も重要だ。無駄のない身体の動かし方、斬撃の鋭さ、敵の動きを見切る直感。経験は戦闘に心の余裕をもたらしてくれる。
梅雨入り前にラックマの吸収上限に到達し、その後も順調に食べ進め、6月中にウインドホースも上限に到達した。
一方でかおりんも遂にレベルが50に上がった。活動場所を15層にしてから上がり方が早くなり、2つ目のスキルを獲得したのだ。
「……なんか地味っすね」
レベル50に上がって、スキルを確認したかおりんの第一声はこれだった。
獲得したスキルは『不倒』。文字通り、倒れないという効果のスキルだった。重い荷物を運ぶポーターとしては便利なスキルではあるが、確かにかおりんの言う通り地味だ。
そんな2人の強化もありつつ、かおりんと共にダンジョンで稼ぎ続けていた。
そして俺は、7月最初のソロダンジョンのタイミングで、次の第18層へと足を踏み入れた。
第18層。この中層と呼ばれる10層から19層の中で最後のエリア。そこへ遂に足を踏み入れた。
ここまで深くなると、地上から階段で降りてくるだけでも駆け足で20分近くかかるようになっていた。
そして階段を降り終えると、目の前には中層の要素を集約したような景色が広がっていた。
右側には17層と同じようなブナの原生林が、左側には13層以来となる切り立った深い渓谷が広がっている。現実だとこの2つがこんな近くで、しかもキレイに分かれて存在する景色は無いかもしれない。さすがダンジョンだ。
ここに生息しているモンスターの特徴は、ギルドの資料で完全に頭に入っている。どちらも中層の最後を締めくくるに相応しい強さを誇る。
俺は剣に刃毀れなどが無い事を確認してから、まずはブナの原生林が広がる右側へと進んでいった。
この森では、そこまでモンスターを警戒する必要は無い。剣を持って歩いているが、キョロキョロと周囲を見渡す必要も無い。
何故なら。
ドカドカドカッ!
森の奥深くから地面を響かせる重厚な足音が聞こえてくる。
そう、ここにいる馬型モンスターは、全く隠れる気が無い。というか隠れられない。何故なら、走るだけで地響きが発生するからだ。
そのため、これを聞いてから動き出しても十分。音にさえ気をつけていればいいというモンスターなのだ。
その足音を聞いた俺は、音のする方向へと身体を向け、木の幹が俺の斜め前に位置するポジションを取って静かに待ち構える。
ドゴドゴドゴッ!
徐々に大きくなってくる地響きと共に視界に入ってきたのは、それまで出会った馬型モンスターとは大きく異なる見た目をしていた。
それまでのモンスターはスラッとした細身の馬であり、サラブレッドのような走る事に特化したものだった。
だが、こいつは違う。どう見ても太い。胴体も、足も、首も。
こいつの名前はドラフトホース。重種馬という意味だ。ばんえい競馬で走っている馬と言えば分かりやすいだろう。名前の通り、そんな見た目をしている。
体長は2mも無いが、とにかく重くて700kg近い。速さはハヤテホース並だがその重さなので、簡単に言えば軽自動車が突っ込んでくるようなものだ。
さすがにこれを正面から受け止めるのは危険すぎる。
俺は突進してくるドラフトホースを注視しつつ、残り数mの所で木の幹に隠れるように横に飛び退けた。
ドラフトホースは俺を追いかける事なく、そのまま真っ直ぐ通りすぎていった。
こいつもさすがにバカではない。俺が避けたのを見て追いかければ、木の幹にぶつかってしまう。この森に生息しているからだろうか、木の幹への衝突を避ける立ち回りが本能に染み付いているんだろう。そのため、木の幹に上手く隠れるように動けば、攻撃を避ける事自体はそこまで難しくない。
そう、避ける事は。
通り過ぎたドラフトホースは、大きく弧を描くように旋回すると、再び俺に向けて突進してきた。
先ほどと同じようにドラフトホースの攻撃を避けた俺は、木の幹に隠れたまま、剣を素早く差し出した。
シュッ
腕を伸ばし、俺がいた所に剣先が届くようにしていたが、魔導鋼の刃はドラフトホースを深く斬り裂く事はなかった。
それどころか、引き締まった筋肉に食い込んだ剣が持っていかれそうになる。俺は歯を食いしばって剣を引き戻すと、刃は肌の表面を軽く撫でるように滑っていく。
そして、ドラフトホースは再び通り過ぎていった。
こちらはノーダメージだが、敵も大したダメージを負っていない。これがドラフトホースというモンスターの厄介さだ。
こちらがダメージを受けないように回避行動に徹するのは難しくないが、回避しながら分厚く強靭な筋肉の上からダメージを与えるのが難しい。生半可な攻撃では肉体の奥まで届かないのだ。
それでも全身が強靭なわけがない。
三度目の突進をしてくるドラフトホースを確認した俺は、先ほどと同じように木の幹を使って攻撃を避けた。
そして、敵がすれ違う瞬間に合わせて、再び木の陰から剣を突き出す。
ただし、先ほどとは違って、差し出した剣は腰の高さではない。俺の頭よりも高い所へと剣先を向けた。
狙いはドラフトホースの頭。さすがに目は鍛えられないだろう。
だが、その攻撃は虚しく空を切った。
俺の攻撃に気づいたドラフトホースは、首を傾けて刃を避けたのだ。
木の幹に隠れながら頭へ攻撃を当てるのは難しそうだ。当てるなら、もっと長い得物が必要だろう。槍とか薙刀とか。だが、今あるのは剣だけだ。
その後も胴体への攻撃を何度か試みたが、やはり俺の筋力でも深く斬り裂く事ができない。
ドラフトホースが逃げる事は無さそうだが、このままではいつまで経っても勝負がつかない。木の幹を盾にしている限り安全だが、同時にこちらからの決定打も与えられないのだ。
仕方ない。木の幹に隠れながらでも倒せるならそうしたかったが、ダメなら他の方法で倒すしかない。
倒し方は考えてある。それができそうな事も確認済みだ。
タイミングをミスらなければ大丈夫。
再び突進を仕掛けてきたドラフトホースを確認すると、俺はそれに背を向けた。
首を後ろに回して、背後から迫る巨体を確認する。20m、10m、5m。徐々に迫る重戦車。
ここだっ!
俺は目の前にそびえ立つ巨木へと向かって跳んだ。
そして、足の裏を太い幹へと叩きつけて思い切り蹴り上げた。
三角跳び。ここまで強化してきた脚力が、俺の身体を高く持ち上げた。
そして、身体を捻りながら宙返りをする。
ドゴォォォンッ!
直後、俺が蹴りつけた木の幹へと、俺を見失ったドラフトホースが激突し、破壊音が森に響き渡った。ミシミシと木が悲鳴を上げるが、折れる事は無さそうだ。
さすがのドラフトホースも、自身の突進速度がそのまま跳ね返ってきた衝撃には耐えきれず、動きを止めてふらついているように見えた。
その隙を俺は見逃さない。空中で落ち始めた俺は、ふらつくドラフトホースの広い背中へと着地した。
上手くいったな。
着地と同時に剣を逆手に持ち替え、全体重をかけて、奴の太い首の付け根へと刃を突き立てた。強靭な筋肉の抵抗を感じるが、俺の全力を込めた魔導鋼の剣はその防壁を貫く。
ズブリ、という鈍い感触と共に、剣先が奥深くまで到達した。
ヒヒィィィンッ!
ドラフトホースが一度だけ激しく身を震わせたが、それもほんの一瞬のこと。やがて支えを失ったように膝から崩れ落ちた。
ズゥゥゥンッ!
700kgの巨体が地面を叩く振動が、背中に乗ったままの俺にも伝わってくる。剣をグリグリと押し込んでトドメを刺すと、引き抜いてから首を斬り落とした。
背中に乗れたのは上出来すぎたが、ふらついた所で足の一本でも両断できれば余裕を持って倒せそうだな。
欲を言えば、正面から受け止めて倒したいが、今の俺にこいつを受け止められる自信は無い。
かおりんや瀬奈、悠斗には回避に専念してもらって、俺が足を斬り落とした所で攻撃してもらえばいけそうだな。
この戦術の精度、確実性を高めていきながら、夏休みからはここにかおりんを連れてくるようにしたいな。
◇◇◇
『あの子、ようやく18層のモンスターを倒したよ』
『ええ、ようやくだわ。もっと早くここまで到着して欲しかったけれど』
『ほとんど1人で戦ってるから仕方ないだろ。それに、この調子なら立ち止まらずに進んでくれそうじゃないか』
『そうね。でもここまではあくまでもウォーミングアップなのよ。もっと多くの冒険者に20層より先に進んで欲しいわ』
『そういえば、他の奴の所にも彼みたいな特別なのが現れたみたいだよ』
『あら、そうなのね。やっと現れてくれたなら、これから先に進む冒険者が増えそうね』
『どんな能力をもった冒険者が出てくるか、楽しみだよ』




