72話:バレンタイン
クラッグベアを倒した翌日、1人で第13層のマウンテンスタリオンとクラッグベアを討伐してきた。
確かに強さは上がっているが、問題は無かった。北海道ダンジョンでたっぷり食べて吸収した成果かな。
ソロでは第13層まで行けたが、かおりんと一緒の日はまだ第12層で活動をしている。
狩場を第8層から第12層に変えた結果、かおりんのレベルは37まで上がったし、ソロで第8層もいけるレベルにはなったはずだ。
そんな今日は2月中旬。
そろそろマウンテンスタリオンが上限に到達するはずなので、クラッグベアを持って帰ろうと決めていた。
業務用冷凍庫も無事に届いていたし。ただ、瀬奈に好きにしたらいいといったら、最大級にデカいのを選んでいた。冷凍庫の大きさは、幅120cm、奥行80cm、高さ190cm、内容量が1,000Lって、何kgの肉が入るんだろうか。
母から電気工事代と電気代が高いからその分も定期的にお金を入れるように言われたし。まぁ全然構わないんだけどさ。
「おはよっす」
「おはよう。今日もよろしくな」
「よろしくっす。夜はクラッグベアパーティーだから楽しみっすね」
今日の夜はクラッグベアを初めて持って帰るから、それで色々と料理を作るんだと瀬奈が準備していた。
俺1人でも持って帰れるけど、本当に重いからかおりんと分担できる日にしたかったんだよな。
「じゃあ、パーティーのために狩りに行きますか」
2人でやってきたいつもの第12層。
かおりんがいる時はマウンテンスタリオンがいる渓谷に絞っていたが、今日はクラッグベアのいる渓谷へ向かう。
よく考えたら、マウンテンスタリオンよりもクラッグベアの方がかおりんがやられる可能性は低い気がしてきた。不意打ちの可能性は低めだからな。
この渓谷はクラッグベアしかいないはずだが、崖上にも注意しながら進んでいく。
かおりんも渓谷に慣れて、もう岩場で躓くこともなさそうだ。
おっ、いたいた。
「かおりん、いたぞ。あの岩場に鉄球を投げてくれ」
そう言いながら、クラッグベアのいる岩場を指差す。
「えっ? あの岩場っすか?」
「そうだ。あれがクラッグベアだ」
「うーん、普通の岩場にしか見えないっす。でも祐也さんが言うなら信じるっす。
じゃあ投げるっす!」
硬式野球ボールほどの大きさの鉄球を取り出したかおりん。
投擲にも慣れてきて、フォームも本格派ピッチャーって感じだ。1.6kgほどある鉄球を振りかぶって、クラッグベアのいる岩場に飛んでいく。
時速何km出ているのか分からないが、運搬スキルのおかげで重さが1/5になっているからこの速度で投げられるんだよな。前に投げさせてもらったけど、かおりんの半分くらいのスピードしか出なかった。運搬スキルと投擲スキルは相性良さそうだ。
ガァァンッ!
そんなことを考えている間に、鉄球はクラッグベアだと思う岩場にぶつかった。当たった岩が少し砕け散る。
「岩場に鉄球がぶつかった感じしかしないっすよ」
「そういうモンスターなんだよ。突進してきたら避けろよ」
ズ、ズズ……
かおりんと話していると、岩がゆっくりと動き出した。
「うわっ! 本当にモンスターだったすか!」
驚くかおりんを置いて、クラッグベアへと接近していく。
剣を引き抜き、身体を捻りながら、上げた頭を目がけて全力の横薙ぎの一閃を放つ。
ガッ、ズジャァァァンッ! と大きな音を立てて岩の鎧が裂けた。
その後、ズシュッという音と手応えがクラッグベアの頭部へ剣が到達したことを教えてくれる。
突進される前に仕留める方が楽なんだよな。突きだけではなく、斬る形でも全力でやれば鎧を突破できることは既に確認済みだ。ただ、さすがに背中の分厚い鎧は無理で、比較的薄い頭部とかだけが対象となる。
分厚くできるほどの岩の重さに首が耐えられなかったのかな。
「おぉ……祐也さんのパワーが化け物じみて来たっすね……」
「かおりん、運ぶの手伝ってくれ。今までで一番重いから気をつけろよ」
かおりんが何か言ってたっぽいけど、まぁ大したことじゃないだろ。
血抜きして解体したら冷蔵ブースで保管してもらわなきゃな。
◇◇◇
祐也とかおりんが持って帰ってきたクラッグベア。
マウンテンスタリオンの時はその肉の脂身の少なさに驚いたが、こちらは身の厚さと圧倒的な質量に驚かされる。祐也に言われて業務用冷凍庫を買ってなかったら半分くらいダメになってたなー。
それにしても、この肉を普通に焼いたら顎が疲れちゃうくらい硬いかも。そこで、迷わず大きな圧力鍋を取り出した。
肉を贅沢に厚切りにし、表面を焼き付けて旨味を閉じ込める。水を入れて、蓋を閉め火にかける。シュシュシュシュッ! と蒸気が上がり始めた。圧力によって、強靭な熊の筋繊維が解かれ、コラーゲンがスープの中に溶け出していく。
圧力で柔らかくしている間にいつもの大和煮とステーキを作っていく。大和煮も時間がかかるから、もう1つの圧力鍋で煮ていく。
先に煮ていた肉が柔らかくなった頃に蓋を開け、そこへ飴色になるまで炒めた大量の玉ねぎ、水と数種類のカレールウを投入する。ルウが溶けるにつれて、キッチンがカレーの食欲に訴えかける香りに支配されていく。
やっぱりカレーの匂いは暴力的で最強だよね。
◇◇◇
「できたよー」
瀬奈の声を聞いてから1階に降りていく。
リビングに到着すると、テーブルには料理が並び、満面の笑みをした瀬奈が待ち構えていた。
「匂いで分かると思うけど、今日はカレーだよ。それ以外にいつもの大和煮とステーキもあるからね」
スパイスの香りと動物性の濃厚な脂が混ざり合う、暴力的なまでの多幸感。
「いただきます」
メインディッシュは最後に回して、まずは大和煮から。
醤油と砂糖、生姜で煮込まれたその肉は、箸で触れただけでホロリと崩れた。口に入れると、甘辛いタレと共に濃厚な脂の甘みが爆発する。それでいて、不思議と後味はしつこくない。
次に、ステーキ。
噛みしめるたびに、岩石鎧を背負っていた巨大な筋繊維が、心地よい歯応えとなって押し返してくる。そして赤身肉特有の旨味が口に広がり、鼻から抜けていく。ステーキって肉を食ってる感があっていいよな。
そして、最後はカレー。これまでカレーが出てこなかったことを意外に思う。
山盛りのライスにかけられた、黄金色の脂が浮く黒めのルウ。その中に巨大な熊肉がゴロゴロと沈んでいる。スプーンで掬い、一気に頬張る。
んー!! 圧力鍋で解かれたコラーゲンがルウに溶け込み、スパイスの刺激を包み込むような深いコクを生み出している。
そしてホロホロに柔らかくなったニク・にく・肉! ステーキの噛み締める感じとは違って、顎に負担なく食べていける。味は肉々しさがあるのに、食感は肉というよりテリーヌみたいな感じだ。肉の脂の甘みが脳を直接揺さぶってくる。
「ごちそうさまでした。はぁー、食った食った。今日も美味しかったぁ」
「お粗末さまでした。ただ、今日はこれで終わりじゃないよ」
ん? デザートがあるのか?
「はい、じゃあ主役交代だよ、かおりん」
「かおりん? 料理できたっけ?」
「ちょっ! 祐也さん! 失礼っすよ! そんな人にはあげないっすよ!」
あげない? 何かもらう約束してたっけ? 約束、約束……
「祐也さん、全く状況を理解してなかったっす……」
「まぁ祐也だから。諦めて、かおりん」
なんか酷いこと言われてる?
「もういいっすよ。はいこれ、食べて下さいっす」
かおりんから渡されたのは、キレイに包装された長方形の箱。
「開けていいのか?」
「早く開けるっす」
市内のデパートの包装を丁寧に剥がしていく。
中から出てきたのは……何かの箱。その箱を開けると
「チョコレートか……あっ、バレンタイン?」
「そうっすよ。やっぱり頭になかったっすね」
「バレンタインデーは平日だから、ちょっと早いけどちょうど良かったから今日渡してもらったの。
ちなみに、私からはいつも通り当日に渡すね」
バレンタインデーか。いつも瀬奈が作るチョコレートケーキだったから、こうして市販のチョコレートをもらうのっていつぶりだろう。
「ありがとう。早速食べるな。
んー、生チョコだな。とろけて甘さが広がっていく」
「ふふ、良かったね、かおりん。幸せそうな顔してるよ」
「まぁ喜んでるみたいだし、これでいいっすよ」
「祐也、ちゃんとお返しするんだよ」
「んー、甘さが脳に届くな。お返しな、分かってるよ。要望あれば聞くけど、何かある?」
「お任せするっす」
お任せか。一番困るんだよな。まぁ何か考えるか。
「私は調理器具がいいなー」
「この間、包丁とまな板買っただろうが」
かおりんとお揃いのものにしよう。調理器具は絶対無い。




