46話:合宿後編
『ハヤテホースの吸収上限に到達しました』
合宿5日目の午後。
相変わらずハヤテホースを3人で狩って、午後の分を地上のダンジョン協会に売りに行っていると、突然のアナウンスが聞こえてきた。
明日で合宿が終わるってタイミングで上限到達か。
じゃあかおりんの力も借りて、ディグダベアの肉を仕入れに行くしかないな。
「じゃあ行こうか」
「ちゃんと守って下さいっす!」
「いってらっしゃーい」
ハヤテホースの売却を終えて第8層に戻ってきた俺は、上限に到達したことを2人に伝えた。
そして、かおりんにはディグダベアを見つけるため、そして仕留めた後の運搬のために付いてきてもらう。
瀬奈は安全第一で留守番だ。
「それでどうやってディグダベアを見つけるっすか?
前は私が突っ込んでいって落とし穴に落ちそうになったっすけど」
2人で山林エリアまでやってきた。足元には落ち葉の絨毯が広がっている。
「今回はかおりんの代わりの生贄を用意する」
「生贄って! 怖いっす!」
「かおりんが落ちることは無いから安心しろ。もしディグダベアが穴から出てきた場合は、安全な場所まで離れててくれ」
「分かったっす。それで生贄って何なんっすか?」
「うん、これとかいいな。ちょっと待ってろ」
俺は周囲を見渡し、巨木から張り出した太い枝に狙いを定めた。
鋭い一閃で根元から切り落とし、地面に落ちたそれを1mほどの長さに切り分け、薪のような枝の塊をいくつも作りあげた。1つ10kgくらいはあるな。
「こいつが生贄だ。歩きながら、怪しい所に投げてもらうからよろしく」
「なるほどっす。やるっすよ」
作った枝の塊をかおりんと分けて持ったまま、山林を進んでいく。
「落ち葉が多くて怪しいから、ここら辺で試してみようか。適当にばら撒いてくれ」
「了解っす! よいしょー!」
かおりんが放つ枝の塊が次々と地面を叩く。数発……十数発……
「……何も起こらないっすね」
「ハズレか。じゃあ回収しながらまた奥の方に投げてくれるか?」
素早く回収しながら、奥へ奥へと投げ続けるかおりん。
枝の塊が地面に落ちる音が森に響き渡る中、ある地点に投げ込まれた一本が、不自然に吸い込まれるように消えた。
グウォォ!
「当たった!」
投げ込まれた枝がディグダベアに直撃したのか怒号が響く。地上へ這い出してくるまでに穴に到着して、前回同様に手の甲を斬り裂きたかったが、かおりんが投げ散らかした枝が邪魔で走りにくい。これは誤算だった。
障害物を避けながら穴へ急ぐが、一足早く茶色い影が地上へと躍り出てきた。
間に合わなかったか。まぁそれなら普通に倒すだけだ。
ディグダベアは俺を視界に捉えるなり、重戦車のような勢いで鋭い爪を振り下ろしてきた。
俺は一歩踏み込み、剣を斜め下から垂直にかち上げる。
ガギィィン!
ハヤテホースも吸収しきったステータスは、奴との力勝負に勝ち、腕を真上へと弾き飛ばした。
弾き返されたディグダベアが、即座に次の爪を繰り出してくるが、冷静に剣を引き戻し、最短距離で二度目のかち上げを見舞った。
二本目の腕も大きく跳ね上がり、ディグダベアの両脇ががら空きになる。
今だっ!
胸を突く選択肢もあったが、より確実な無力化を選択した。
右サイドへ鋭く踏み込み、弾き飛ばされて伸び切ったベアの左腕、その二の腕を深く切り裂く。
肉を断つ確かな手応え。
振り返ると、ディグダベアは再び腕を振るおうとして、ガクリと左腕が折れ、力なく垂れ下がった。上腕三頭筋を失い、もはや自慢の爪を突き出すことすらできなくなったのだ。
上がらない左腕を捨て、残った右腕を再び振り下ろしてくる。
さっき見た攻撃だな。こっちも再放送をお送りしてやるよ。
爪に剣をぶつけ、生じた隙に右腕の二の腕も斬り裂く。
両腕という攻撃手段を失ったディグダベアはもう敵ではない。
素早く踏み込み、胴へ鋭い一閃を浴びせる。
身体を支える腕も使えないディグダベアは、抗うことなく前に倒れ落ちた。
その首をサクッと落として戦闘は終わった。
「かおりん、もう大丈夫だぞ。早速血抜きを頼んだ」
「了解っす」
「ただいまっす」
「おかえり。無事にディグダベアを討伐できたみたいだね」
「大変だったけどな」
「そんなに強いの?」
「強さよりも、地面に落とし穴を掘って待ち伏せするモンスターだから、探すのが大変」
「あぁなるほど。じゃあ早速調理しちゃおうか。いつも通り、ステーキと大和煮でいいよね?」
「構わないぞ。ステーキだけ先に何枚か焼いてくれると助かる」
「りょーかい。かおりんはどうする?」
「私も1枚だけ先に欲しいっす。いつもより夕食が遅くなりそうっすから」
「じゃあ私もそうしよ。ちょっと待ってて」
あとは瀬奈に任せれば安心だな。
そうだ、ステーキを待ってる間にレバ刺しとハツ刺しを食べよう。
袋からレバーとハツを取り出す。やっぱりレバー重っ。ハツと合わせて4kg近くあるんじゃないか。
うーん、そろそろ両方食べるのもキツくなってきたな。
ここはまたどっちが上限到達に必要なのかを確認したい所だ。
「内臓を見つめて何を悩んでるっすか?」
「レバーとハツのどっちを食べるべきか」
「両方食べればいいじゃないっすか」
「この大きさを見ろ。片方で済むなら、その方が肉を多く食えるだろ。
両方食べなきゃ上限に到達しないのか、どちらかだけでいいのかをいい加減に確認すべきだと思ってな」
「この先、もっと大きなモンスターが出てきたらキツイっすもんね……」
「どっちだと思う?」
「えー、肝臓と心臓っすよね……スーパーにあるのはレバーっすけど、生物に重要なのは心臓っすよね。
まぁ小さい心臓でいいじゃないっすか?」
「結局大きさか。まぁ肉をどれくらい食べればいいかは分かってるし、ここはとりあえず心臓にするか。
かおりんレバー食う? 旨いぞ?」
「一口もらうっす」
俺も味は気になるから少しだけ食べよう。
ナイフで切り分けて口へ。
あー、旨い。舌の上でトロリと溶けて、クリーミーで滑らかで濃厚なコクが口いっぱいに広がる。どこにこんな大量の旨味を閉じ込めてたんだ。旨味とレバーの大きさが釣り合ってないんじゃないか?
「ヤバ……なんすかこれ……溶けたっす……旨味がドバーって来たっす……ヤバいっす……」
ヤバいしか言えてないじゃん。かおりんの語彙を奪う旨さっていうのは分かるけどな。
さて、メインのハツをいただこう。
塩だけつけて一口。
んー、コリッコリの歯ごたえと、そこから溢れ出す雑味の無い旨味。肉汁感もしっかりあるのに軽くて、本当にいくらでも食べれそうだな。
レバーは面で、ハツは小手って感じか……違うな。美味しすぎて変な例えを考えてしまった。
「ステーキできたよ。って2人して何食べてるの?」
「ハツ」
「レバーっす。瀬奈ちゃんも食べるっすか?」
「ステーキ焼いたんだから食べてよ。あとレバー、私の分も残しておいて」
「3kgくらいあるから確実に残るぞ。持って帰るか?悪くならなければいいけど」
「残った分については様子見だね」
瀬奈からステーキを受け取る。
フォークを突き立てて、そのままかぶりつく。
んー、断面から肉汁が溢れてくる。そして旨味がスゴイ。旨味の爆弾って感じだ。レバーとハツの旨味もすごかったけど、焼き加減が最適な肉はそれを超えてくるな。
用意されたステーキを無心で食べ進めていく。口直しにハツ刺しも味わって。
「はい、大和煮できたよ。今日の野菜は人参とネギだよ」
受け取って、箸で大和煮の一切れを口に運ぶ。
ほう。肉が驚くほどキメが細かく、口の中でホロリと解ける。
じっくり煮込まれたネギはトロトロに甘く、人参は肉の旨味をこれでもかと吸い込んでいる。生姜の効いた甘辛いタレが、重厚な脂を上品にまとめ上げている。
「これ、ご飯が止まらないっす! お腹はいっぱいだって言ってるのに、口がもっと寄越せって抗議してきて、全身で板挟みっす!」
「無理して食べないの。これからもこれくらい美味しいものは食べられるんだから」
まぁ俺は無理してでも食べないといけないけどな。
残さずにいただこう!
◇◇◇
「あっという間の6日間だったっす」
「そうだね。まさか6日間で16レベルも上がってレベル19になるとは思わなかったよ」
「1日で私が祐也さんと会う前のレベル10をあっさり超えられてちょっと複雑だったっすけど、私もレベル27っす。
もう第6層の適正レベルを超えたっす」
「瀬奈はステータスに慣れたか?」
「まぁ何とかね。家で力入れすぎて物を壊さないように、しばらくは気をつけるよ」
合宿を終えて3人で地上に戻ってきた。この6日間は誰かが第8層にいたからな。
ダンジョンの入口を抜けた瞬間、肌を焼くような熱気が押し寄せてきた。
これでもダンジョンができる前よりは、夏の暑さは緩和されているそうだ。夏だけじゃなくて、一年中通して少し下がったらしい。それでも暑いものは暑い。
あー、ダンジョンの中の気温は夏でも冬でも一年を通して変わらないのに、ダンジョンの外は真夏で暑すぎる。避暑でダンジョンに潜るのはありかもしれない。
「暑いっす……避暑を兼ねて、来年の夏もダンジョン合宿がしたいっす」
「いいねー。今年は第8層だったけど、次はどこになるかな」




