36話:リベンジマッチ
稲垣さんとの顔合わせをした翌日。
飛騨ダンジョンからの移動日と合わせて2日間は休みにしたので、今日からは再び奥羽ダンジョンへ潜りに来た。
飛騨ダンジョンが休み無しだったのに2日間でいいのかって感じもするけど、肉が足りている時は半日休んだりしていたからいいだろう。
久々にやってきた奥羽ダンジョン仙台入口。1ヶ月ちょっと離れてたけど、懐かしい感じはしない。
既にここが本拠地というか、俺がメインで挑むダンジョンになっているんだろうな。
ダンジョンに入って、まずは第5層で途中下車。
いきなり第6層に行ってもいいんだけど、2日間休んでたし、念の為の準備運動だ。
ガサガサッ
モンスターを探して竹林を進んでいくと、バンブーポニーが現れた。
さぁ、この1ヶ月間の飛騨ダンジョン遠征の成果を確認する時だ。
そのためにも前と同じように戦う。正面からバンブーポニーの突進を迎え撃ち、剣の腹で真っ向から受け止めた。
ガン!
重いけど、前ほどじゃない。
剣から伝わる圧力を右足の踏ん張りに変え、弾かれる勢いのまま左回りに鋭く一回転。
ザシュッ
加速した刃がバンブーポニーの背中を深く斬り裂いた。
前よりも回転は早く、斬撃は力強く。前は尻に当たっていた攻撃が背中に当たった。
攻撃を受けたバンブーポニーはすぐに崩れ落ち、突進の勢いで地面を滑っていく。
しっかりと強くなっている。自分の成長を感じられた満足のいく戦闘だったな。
その後もモンスターを探して進んでいく。
バンブーベアも倒したいな。
パキパキパキッ
再び竹を割る音が聞こえてくる。
モンスターを待ち構えている所に出てきたのはバンブーベアだった。
こいつも前と同じように戦うべく、振り下ろされる爪に対して剣をぶつけにいく。
ガキィン!
高い金属音が響く。
以前は拮抗していて、大きな金属音が響いたが、今回の音は短く、余裕を持ってバンブーベアの爪を大きく弾き返した。
力もしっかり強化されていることが確認できたな。
弾いて体勢を崩しているバンブーベアに対して、脇を走り抜けるように力強く一閃を放つ。
無防備になった胴体を深く斬り裂き、血が吹き出す音が聞こえてくる。
後ろを振り返ると、ゆっくりとバンブーベアが顔面から地面に倒れていく所だった。
うん、問題ない。先に進もうか。
階段に戻り、昼食を終えてから第6層へ向かった。
相変わらず、目の前には黄金色の絨毯で覆われた田んぼが広がっている。
ベチョッベチョッ
剣を鞘から抜き出し、いつでも戦闘に入れるように準備をして水田の中へ進んでいく。
ベチャッ、ベチャッ
奥から現れたのは、かつて刃を届かせることすらできなかった因縁の相手、マッドホースだ。
ベチャチャチャッ!
こちらを認めた瞬間にすかさず加速。泥水を撒き散らしながら迫ってくる。
リベンジマッチのゴングが鳴り響く。
ズンッ!
正面から激突する衝撃。剣の腹で受け止めた瞬間、腕に強い圧力がかかる。
だがこんなものだったのか? 問題ない、今の俺なら容易く耐えられる。
ここからだ。
剣から伝わる圧力を利用し、弾かれる反動を回転のエネルギーへと変換する。左回りに鋭く一回転。以前よりも鋭く、速い。
遠心力を最大まで高めた一撃が、マッドホースの脇腹へ吸い込まれる。
ヌチャッ!
あの不快な感触だ。泥の汗が刃筋を滑らせ、威力を逃がそうとする。
だが、今の俺は、滑る刀身を強引に押し込む筋力がある。
ガリッ!
わずかに、だが確実に泥の層を突き破り、剣先が皮を引っ掻いた感触が手に伝わった。今の俺なら、この防壁をぶち抜ける。
ヒヒヒィンッ!
傷を負わされたマッドホースが、苛立ちを露わに嘶く。
奴は即座に反転し、強靭な後ろ脚で泥を跳ね上げながら、二度目の突進を仕掛けてきた。
俺は体を半身に開き、突進をわずかに受け流しながら、その勢いを殺さずに再び体を旋回させた。
今度は真横に薙ぐ回転斬りじゃない。
回転の遠心力の方向を真横から斜めに傾けて、飛騨ダンジョンで強化したステータスに自身の全体重を乗せ、円運動の頂点から剣を叩きつける。
ズバァッ!!
泥の汗が弾け飛ぶ。滑ろうとする刃を、上から押さえつける圧倒的な暴力がねじ伏せた。
剣は泥の層を完全にぶち抜き、その下の肉を深く斬り裂いた。
ドシャァッ!!
腰への攻撃によって後ろ脚の自由を奪われたマッドホースは、突進の慣性を制御できず、そのまま頭から勢いよく水田の泥の中へと突っ込んだ。
ズボッ、ズボボッ
泥の中に顔を埋め、もがくマッドホース。
俺は即座に距離を詰め、無防備に晒されたその首筋へ向けて、最後の一撃を振り下ろした。
手応えとともに暴れていた巨体が泥に沈み静まり返る。
静寂の中で、俺は一つ、大きな息を吐き出した。
「うっし!」
思わず剣を手にしたまま、ガッツポーズ。うん、しっかり強くなってる。
第5層でも感じたけど、それ以上にマッドホースを倒せたことは大きな自信であり確信となる。
ここで解体したい所だが、泥の中で解体したら肉が泥だらけになってしまう。
その後で水洗いするとしても、なんか嫌だよな。
俺はマッドホースの後ろ脚を掴むと、そのまま水の抜けた乾いた区画まで引きずっていった。
次に行うのは血抜きだ。引きずっている間にもマッドホースの後ろ足は泥が少しずつ落ちていったので、ジャイアントスイングでぶん回しても滑ることは無かった。
血抜きを終え、ナイフを抜き、慣れた手つきで内臓を取り出していく。
午後だし、少し早いけど帰ってから食べよう。
その場で皮と骨を外して肉にしていき、肉と肝臓、心臓だけを袋に入れて帰ることにした。
飛騨ダンジョンの遠征もあって、解体も慣れたものだ。
「ただいまー」
「おかえりー。肉は?」
「はい、10kg以上あるけど持てるか?」
「少しはレベル上がってるから大丈夫。料理のオーダーは?」
「馬刺しは必須で、他は任せる」
「馬刺し好きだねー」
「味の違いが分かるからな。
あと、今までの倍の2kg使ってくれるか?
4kg欲しいけど、栄養バランスが悪いからダメなんだろ?」
「2kg食べて、それ以外に野菜とか米とか食べられる?」
「2kgなら問題ない」
飛騨ダンジョンでの野営生活を経て、強化された俺の胃袋なら野菜と米を食べたって2kg程度なら余裕でしかない。
「分かった。じゃあ2kg使うね」
「よろしく。瀬奈も食べていいからな。あとこっちのレバーとハツも切っておいてくれるか? 着替えたら刺しで食べるから」
「ちょっと食べていいよね?」
「もちろん」
◇◇◇
祐也が持ってきたマッドホースの肉。
泥臭さとか無いんだよね。泥要素はどこいったんだろう?
まぁ作っていきますか。
先にレバーとハツを刺し用に切っておいて一口。
うーん、このレバーの臭みのなさと瑞々しさ、そして命を感じる濃厚さ。はむっ、ハツのコリコリの歯ごたえもいいね。これが料理人だけのご褒美だね、もう一つずつだけ食べちゃおう。
さて、次は新作で竜田揚げ。
もも肉を一口サイズに切って、生姜、醤油、酒で軽く漬け込む。
片栗粉をまとわせて、高温の油でカラッと揚げていく。パチパチと響く高く小気味いい音はいつ聞いてもいい音だよね。
休ませて予熱で中まで火を通している間に、ナスやピーマンを薄くスライスして、素揚げして、大根おろしを入れた出汁醤油ベースのあんかけを肉と野菜に掛けて、完成!
あとはいつもの定番料理、馬刺しと桜鍋を手際よく作っていって。
◇◇◇
着替えてリビングにやってくると、瀬奈が楽しそうに調理をしていた。
「今日は揚げ物があるのか」
「楽しみにしてていいよ。ちゃんと野菜もたっぷり食べられるような料理にするからね」
飛騨ダンジョンでの1ヶ月の遠征であまり野菜を食べていなかったからか、帰ってきてから野菜を食べろという圧を強く感じる。まぁ仕方ないけど。
「レバ刺しとハツ刺しもらっていくな」
「はーい、どっちも美味しかったよ。特にレバ刺しはなんか命を食べてるって感じでいいよ」
確かに、レバーは特に命というか、表現が難しいけど濃いエネルギーみたいなものを感じるよな。
一口サイズに切られたレバ刺しとハツ刺しをテーブルに運んできて。
いただきます。
まずはレバーから。ニンニク醤油にさっとくぐらせ、舌の上に乗せる。
噛むまでもなく、舌の熱でとろりと溶け出すような極上の食感。それでいてプリッと弾ける瑞々しさがある。ウインドボアやゴールドホーンにも負けない甘み、これはもはや芳醇って感じだ。喉を通った後も、良質な濃いエネルギーを直接流し込まれたような余韻が消えない。
続いて、ハツ。
口に運べば、凄まじい反発力が襲ってくる。
ゴリッ、と音を立てるほどの強靭な弾力と、噛み締めるたびに、繊維の奥に閉じ込められていたエネルギーが溢れ出してくる感じだ。
雑味など欠片もない。ただ清らかで、濃い血の旨味が直接襲ってくる。こっちもウインドボアとゴールドホーンとどっちがいいか悩ましい。好みの問題かな。
「もう食べ終わりそうじゃん。じゃあ竜田揚げをどうぞ」
「サンキュー。他のもできたら食べるから持ってきてよ」
「オッケー。出来たてが一番美味しいからね」
残りのレバ刺しとハツ刺しをさっさと食べて、瀬奈が持ってきた竜田揚げに箸を伸ばす。
箸で持ち上げると、あんかけの出汁と生姜の香りが食欲を猛烈に突き動かす。
う~ん! サクッとした衣の中から、驚くほどジューシーな肉汁が溢れ出す。絶妙な火加減で、柔らかくてジューシーな食感を作り上げたんだろうな。
素揚げされた野菜の甘みと、みぞれあんの清涼感が、更に竜田揚げを食べやすくしている。栄養バランスと美味しさと量を食べ進められるようにと、全部が考えられたバランスのいい料理だな。
食べ進めている間に、馬刺しと桜鍋も用意された。
馬刺しも桜鍋も定番だから味は予想がつくけど、どうかな。
馬刺しを一口。噛み締めた瞬間に、これまでのどの馬肉よりも強く、澄み渡った旨味の奔流が押し寄せてくる。飲み込むのが惜しいほどだが、気づけば吸い込まれるように次の一片に手が伸びていた。
次は桜鍋だ。
甘辛い味噌とマッドホースの力強い旨味が噛み合っている。肉の旨味を吸い尽くしたクタクタのネギが、これまた最高の脇役を演じている。白米をかっこむ手が止まらない。
「あら、もう先に食べてるのね。本当によく食べること。瀬奈ちゃん、私たちも食べましょうか」
「はーい。祐也、今出てる分で2kg使ってるから。どうしてもおかわりが必要なら馬刺しを追加するけど程々にね」
瀬奈に目線で了解と返す。
喋ってる暇はない。ひたすらに目の前にある料理を食べ進めていくだけだ。
美味しいのもあるけど、これが俺が強くなるための戦いだからな。俺の負けられない戦いがここにある!




