33話:飛騨第6層・牛
ウインドボアを初めて討伐した日はそれ以上第6層では戦わずに第4層でロックバイソンとロックボアを倒しては持って帰って買い取ってもらうのを繰り返した。
ウインドボアとの戦闘を1日に何度もやるのは疲れる。
1日だけならともかく、明日以降も戦わないといけないからペース配分は大切だ。
◇◇◇
翌日も昼食で肉が無くなりそうだったので第6層へ向かったが、遭遇したのは再びウインドボアだった。
昨日と同じように丁寧に突進攻撃を受け流して剣で斬り裂いて倒した。
戦術は同じであり、2度目なので落ち着いて対応できたが、やっぱり疲れる。
突進攻撃の衝撃は強いし、斬り裂くのもかなりの力がいる。
1日分の腕の力を一気に使い切ってしまう感じがする。
倒したウインドボアは昨日と同じように美味しくお腹の中に入っていく。
強さと栄養を与えてくれて感謝しかない。
◇◇◇
翌日も食材のために第6層へ。
そろそろ牛系が食べたいな。
モンスターを探しながら稲穂の中を歩いていく。この周りにある分だけで茶碗何杯分の米になるんだろうな。
ドォッ、ドォッ、ドォッ
地面を叩く重厚な地響きが聞こえてくる。
音が違う。これはウインドボアじゃないな。
目を凝らすが、どこまでも続く稲穂の色に溶け込み、敵の姿が全く捉えられない。
徐々に倒れた稲穂の線が伸びていくが、やっぱり姿は見えない。
その線の伸びていく早さがウインドボアより明らかに遅いので、牛系モンスターのゴールドホーンで確定だな。
ネットの攻略情報通り、ゴールドホーンは金色の稲穂に紛れるような金色の巨体で目の前に来るまで気づきにくい。
なら視覚に頼るな、音と稲穂の動きに集中しろ。
徐々に近づいてきた音と稲穂の動きの直後、目前の稲穂が爆発したように弾け、金色の塊が飛び出してきた。
反射的に剣を構え、ウインドボアの時と同じように受け流そうとする。
っ!? 重いっ!
攻撃を逸らそうにも衝撃が一点ではなく、身体全体を押し潰すような面の圧力となって襲いかかってきた。剣を通して伝わる質量は、受け流しきれるものではなかった。
俺は咄嗟に横へと跳んだが、すれ違いざまに奴が首を鋭く振った。
頭部についている黄金の角がプロテクターの隙間である左上腕をかすめ、鋭い痛みが走った。
すぐさま体勢を整えて、数m先で止まった奴と対峙する。
後ろへ流れる巨大な角。あれに当たったわけだ。
左腕の傷の痛みを我慢しながら、俺はゴールドホーンを凝視する。
奴は鼻を鳴らし、再びその巨体を加速させた。地響きと共に迫る。まるで金色の重戦車だ。
また次も避けたら、角で攻撃してくるだろう。
ウインドボアの猛スピードを経験した俺の目にはゴールドホーンの速度は十分に対応できる速さであり、左腕をやられたのは初見の質量に対応しきれなかったのが原因だ。
俺は剣を右手に、左手はフリーにする。
突進の軌道、そして奴が角を振る動作に、全ての集中を注いだ。
ぶつかる直前。先程と同じように横へ飛び退いた。
それに気づいたゴールドホーンが、すれ違いざまに左へ首を振る。
黄金の角が、今度は俺の脇腹を狙って大鎌のように襲いかかった。
ここだっ!
俺は腰をくの字に折るように腰だけをグッと後ろへ引く。俺を狙った角が空を切るのと同時に、ゴールドホーンの頭部へ向けて左腕を伸ばした。
狙いは、後ろへ流れる巨大な黄金の角。
ガシッ、と左手が角の根元を掴むことに成功した。
巨体によるスピードが生み出すエネルギーが、掴んだ左腕を介して全身を軋ませる。腕が持っていかれそうな衝撃だ。
だが歯を食いしばり、強化してきたステータスを総動員し、強引に自分の身体をゴールドホーンの背中へと引き寄せた。
角を支点に、俺の身体が宙を舞う。
ゴールドホーンの背中の上に躍り出ると同時に、右手の剣を逆手に持ち替えた。
奴は俺に背中に乗られたことに気づき、振り落とそうと暴れるが、左手で角を掴んでいる俺は落ちない。
右手の剣で狙うのは首の付け根。
俺は全自重を乗せ、逆手の剣を奴の延髄へと真っ直ぐに、深く突き立てた。
剣が深くまで突き刺さり、骨や筋肉を断ち切っていく。
ゴールドホーンは断末魔の叫びを上げる暇もなく、その巨体を黄金の稲穂の中へと沈めていく。
ドォォォン
巻き込まれないように素早く飛び降りると、そこにはただの重い肉の塊と化したゴールドホーンが静かに横たわっていた。
危なかったな。今までは角で攻撃されなかったから気にしてなかったけど、今後は注意しないといけない。
そして重いと受け流せないか。
まだまだステータスが足りてないんだろうか。
まぁ飛騨ダンジョンは重量級で突進力特化のモンスターが多い感じだし、ここで鍛えていけば奥羽ダンジョンでも余裕で通用するだろう。
そんじゃあ、血抜きしてからレバ刺しとハツ刺しにしますか。
血抜きを終えて階段近くまで持ってきた。
めっちゃ重かった!
内臓もかなりの重さだったし、それ込みだと俺とほとんど重さは変わらないんじゃないかな。
いいトレーニングにはなるけど、モンスターがいるダンジョンではあまりやりたくないな。
さて、安全も確保したのでまずはレバーからいただこう。
ウインドボアのレバーも1kg近くあったが、ゴールドホーンのレバーは更に厚みを増している。
その表面はまるで磨き上げられた赤色のガラスのように輝いている。
塩を軽く振り、一切れを口に放り込む。
舌に触れた瞬間、体温でふわりと融け出す滑らかさはロックバイソンをも凌駕する。だが、特筆すべきはその純度だ。
重厚なコクがあるのに、驚くほど後味が澄んでいる。噛み締めるたびに、上質なミルクのような甘みが溢れ出す。
次はハツ。こっちもウインドボアより一回り大きい。
一口サイズに切り分け、生姜醤油をつけて一気に噛み締める。
ロックバイソンの「ギュッギュッ」とした弾力が可愛く思えるほど、ゴールドホーンのハツは強靭だ。
歯を迎え撃つパチンッという鮮烈な弾力。
それを噛み潰して溢れ出す肉汁は驚くほどサラリとしているが、その一滴一滴に高濃度の栄養が溶け込んでいるような力強さを感じる。
さてさて、次は肉に移るぞ。
切り分けていくのにもすっかり慣れた。
どこから食べようかなー。
よし、たまには最上級から食べるのも悪くないでしょ。
ということでサーロインを網に乗せる。
厚切りにした肉の縁には、良質な脂身が厚く乗っている。
ジュワッ!
網に乗せた瞬間、爆発的な音と共に脂が火へと溢れ出した。
立ち昇る煙は、バターのような芳醇さと熟成した果実のような甘い香りが混ざり合い、食欲を突き動かしてくる。
表面がこんがりときつね色に焼けた所で、醤油をひと垂らしして口へ運んだ。
歯を入れた瞬間、まずは厚みのある脂身が弾けるように口の中で一気に融け出した。
ベタつきは一切なく、ただひたすらに濃厚な旨味の雫が舌の上を支配する。
そして、その奥にある赤身。
巨体を支えた筋肉は、噛みしめるたびに猛烈な主張をしてくる。
弾力はあるが決して固くない。繊維の一本一本から、これまでに蓄えられてきた栄養が溢れ出してくる感じがする。
またどれもロックバイソンとは格が違う。
美味しいだけじゃない、力強さを感じる。
まだまだ肉はたっぷりある。胃袋の限界にチャレンジだ。




