32話:飛騨第6層
第6層に行く前に念の為、第5層でロックバイソンとロックボアを倒してから向かった。
どちらも第4層よりも大きくなっていたが、第4層での練習の成果、そしてAbsorbスキルでのステータス強化によって、問題なく仕留めることができた。
もったいないけど、第6層に行くことを優先して魔石のある心臓だけを袋に入れて、第6層への階段に向かう。
第6層に降り立つと、目に飛び込んでくるのは金。
お金ではない、金色だ。
降りてきた階段と次の第7層に向かう階段への間以外は、全て黄金色の稲穂で埋め尽くされている。
……キレイだな。これは絶景と言って良い。
しばらくその景色に心を奪われていたが、我に返って第6層のモンスターを探しに行く。
モンスターさえいなければ、一日中眺めていたいんだけどな。
奥羽ダンジョンの第6層と難易度は同じだ。
剣を握りしめ、慎重に稲穂をかき分けて進んでいく。
稲穂の高さは1mちょっとなので遠くはちゃんと見えるのだが、モンスターが稲穂より低いと全く見えない。
稲穂は見えているから視界はいいんだけど、モンスターはその下にいるからそう考えると視界は悪いのか?
この中に何か潜んでいても、すぐには気づけないな。
ザザザザッ!
数十分歩いていくと、左前方から稲穂のなぎ倒される音が響いてくる。
反射的に剣を構え、音のした方へ視線を向ける。
だが、見えるのは激しく波打つ稲穂の頭だけだ。
速い。
第5層までとは比較にならない。
国道沿いで自動車が通り過ぎていくような勢いだ。
稲穂をなぎ倒す何かは勢いよく左脇を通り過ぎていった。
稲穂に紛れて姿が見えない。なぎ倒された稲穂の跡だけが後ろに続いている。
そしてそれはUターンをして再度こちらへ向かってくる。
今度は俺にぶつかりそうだ。
待ち構えた俺の前に飛び出してきたのは、体長90cmほどの猪、ウインドボア。
ロックボアのような石の兜はない。代わりに、スリムな流線型の身体が、猛スピードで俺の腹部を狙ってくる。
ガキンッ!
咄嗟に剣の腹で受け流したが、衝撃が第5層までとは違った。
重さよりも鋭さだ。凄まじい運動エネルギーが一点に集中し、剣を持つ手が痺れる。
受け流されたウインドボアは止まることなく再び稲穂の海の中へと消えていった。
相手が見えないこの稲穂の中で、このスピードは脅威だ。
ウインドボアは止まらず、円を描くように俺から一定の距離を取ったまま旋回し、次の隙を窺っているようだった。
稲穂の動きとそこからの音に集中する。
一定の大きさだった音が急に大きくなり、稲穂をなぎ倒す跡がこちらに向かってくる。
その直後、正面から稲穂を真っ二つに割りながら、ウインドボアの弾丸が飛び出してきた。
俺は一歩も引かず、第4層での実戦を繰り返してものにした受け流しをさらに速く、鋭く意識した。
ガギギギッ!
剣で受けたウインドボアの鼻先を左へ逸らす。
真横をすり抜ける瞬間、強い風圧が頬を打つ。
すれ違いざま、渾身の力で剣を振り下ろす。
が、そこは既にウインドボアが通過した後だった。
一点集中型の攻撃力、スピード、見えにくさ。
厄介だな。やっぱり第6層は強い。
だが対処はできている。
負けることは考えられないな。
再びやってくるウインドボアを剣で受け流す。
ウインドボアの方向がズレたその瞬間。
剣を振り下ろすのではなく、加速しきったウインドボアのスピードを逆に利用するように、ウインドボアの進む先に剣を置くように突き出した。
凄まじい速度の突進が自ら刃に飛び込み、衝撃で剣ごと身体を持っていかれそうになる。
くっ!
持っていかれそうな剣を両手で必死に抑え込み、衝撃を真っ向から受け止める。
両手だけでなく、腹筋背筋脚力の全てを使ってその場に踏みとどまった。
強引に剣をその場に固定し続けると、ウインドボア自らのスピードにより、剣は鼻先から顔面を深々と引き裂いていった。
ドサリ、と激しい音を立ててウインドボアが横転する。
勢い余って数mほど地面を滑り、ようやく止まった。
立ち上がってこないか警戒するが、ウインドボアは倒れたままだ。
それなら近づいていき、首を切り落とした。
はぁー、疲れた。
なぎ倒された稲穂の上に座り込む。
スピードと一点集中のパワーに特化した感じのモンスターだったな。
それでも、第6層のモンスターを倒せるようになったのは大きいな。
よし、血抜きするか。
いつも通りジャイアントスイングで血が首の切り口から吹き飛んでいく。
ロックバイソンよりも重いはずだが、Absorbスキルによるステータス強化の恩恵で問題なく振り回せる。
しっかり強くなってるな。
血抜きを終えたウインドボアを大雑把に切って袋に詰めて階段へ戻っていく。
さてさて、ウインドボアのレバーとハツはどんな感じかなー。
階段まで戻ってきて、早速レバーとハツを袋から取り出す。
今回はハツから。
血抜きした時にも思ったんだけど、今までのハツと比べて明らかに大きい。
いつもはレバーの1/4程度の大きさなのに、これはレバーの半分ほどの大きさであった。
醤油にたっぷりの生姜を溶いて一口サイズにしたハツを潜らせる。
口に入れて噛み締めると、今までのハツよりも更に強い弾力が迎え撃ってきた。
パチンッ、と弾けるような心地よい食感。
噛み締めるたびに溢れ出す旨味は、ロックボアよりも濃密だ。
ロックボアの爽やかさを引き継ぎつつも、その奥底にはあの猛スピードを生み出した圧倒的なエネルギーが凝縮されているようだ。そして、生姜の辛みがその力強い筋肉の味をさらに鮮明に際立たせていた。
次はレバーだ。
塩とニンニクを乗せて口に運ぶ。
噛み締めた瞬間、抵抗なくサクッと噛み切れた。
ロックボアのような清涼感のある香りはそのままに、中から溢れ出す甘みの濃度が一段階跳ね上がっていた。
全くクセのない澄み切った味わい。だが、飲み込んだ瞬間に腹の底から熱い力強さが湧き上がってくるような感覚に襲われた。
さて、次は肉だ。皮と骨を取り外して肉の部位ごとに切り分けていく。
まずはロースだ。
今回は厚切りにして、ステーキでいただく。
網の上に乗せると、瞬時に肉の表面が焼き固められていく。
網の隙間から滴り落ちた脂が火に触れ、音を立てて香ばしい煙を上げた。
表面に綺麗な焼き目がついたところで塩を振り、そのまま豪快に食らいつく。
あの猛スピードを出す筋力がもたらす、歯を押し返すような凄まじい反発力。
そして噛むたびに筋繊維がしなやかに弾け、中から驚くほどクリアで、かつ濃厚な肉汁が溢れ出してくる。
直火で炙られた脂身は、口の中でベタつくことなくサッと溶け、コクを喉に残していく。
飲み込むごとに、レバ刺しを食べた時から続く腹の底の熱が、さらに勢いを増して全身を駆け巡るような感覚。
更に醤油を数滴肉に垂らすと、香ばしい焦げた醤油の香りが暴力的なまでに食欲を刺激した。
ロースもハツもレバーもロックボアよりもちゃんと美味しくなっている。強いモンスターほど美味しいというのをまざまざと実感させられる。
さぁお腹いっぱいになるまで食べるぞ!




