92.ラ・ベッラ・エポカ2
レオは少し焦れたように、次の標的を探して鼻を蠢かせた。
彼はどこに……ああ、いた。
若い貴族たちの一群の中に、そこはかとなく魔の気配をまとう美男子を見つけ、レオは親しげに歩み寄っていった。
レオが近づくにつれ、彼の周りの貴公子たちは、潮が引くようにさぁっと離れていく。
「あなたがヴィルジリオだね。すぐに分かった」
親愛のこもったレオの声掛けに、相手は応えようともしなかった。もうちょっと心労で痩せているのかと思いきや、金髪のヴィルジリオは顔の下半分に子供のような丸みを残す、体格のよい美男子だった。レオの視線に気づき、彼は禍々しい環をはめた左手小指をさりげなく後ろに隠す。
レオはふっと柔らかく目を細めた。
「今回のことは、あなたも辛かっただろう。あなたの中の魔獣が暴走するなんて、誰にも予想できなかったことだよね」
ヴィルジリオのよそよそしさを物ともせず、レオはまるで、彼の一番の理解者は自分だと言わんばかりに優しく頬を寄せた。
「――祓ってあげようか」
「そこまでだ」
パーリアが鋭くレオを制止した。衆人環視の中、ヴィルジリオに迂闊なことを言わせようとしていたのはお見通しだったようだ。
――ようやくか。今まであなたが何も邪魔してこなかったから、どうしたのかと思ってたんだよ……。
「おっと」
振り向いたレオは、自分に向けられた銃口と真正面から向き合う形となった。
どういうつもりか知らないが、パーリアは脅しではなく、本当にレオを撃とうとしているように見える。
「パーリア殿、まずいですよ、それは……!」
「お考え直しください、相手は仮にもクッキアイオの――」
その行為はヴェネツィア最大の禁忌であり、レオが何も言わずとも、身内から次々と制止の声が上がった。
パーリアは銃口をレオに向けたまま、レオ以外の者たちに向けて言った。
「今の話を聞いていただろう。皆、腹を括れ。ここで殺すか、殺されるかだ」
パーリアを諫めようとしていた者たちは、それを聞いて、はっとその場に立ち尽くした。
――成程、僕に好きなようにさせていたのは、派閥の皆の危機感を煽る為か……。
確かにレオさえいなくなれば、たった今レオが示唆した恐るべき未来は彼らの上に訪れない。
「し、しかし、クッキアイオの血統は――」
「案じずともよい。アルジェント・クッキアイオは彼の責務を十分に理解している」
ああ、と数名の者が安堵をにじませ、あるいは心得顔で同調した。
「そうですな、血統の存続も彼の大事なお役目。怠ってよい訳がない」
「おおそうだ、我らも協力しようではないか。あのケルト女によく似た、血筋の正しい貴族の娘を――」
「責務だと?」
嘲るようにレオが吐き捨てる。
人間たちは途端に縮み上がって口を噤んだ。
「それは本気で言っているのか」
お前たちが弄び、散々に歪めたこの不愉快な盤上で、それでもお前たちの望むままに動く駒であることが、本当におじい様の責務だと――?
レオはハンと笑った。物憂く甘い灰色が、見る間に禍々しい色を帯びる。
気が変わった。やっぱり本当に喰い破って――。
「旦那ッ」
「あ」
その声はぴしゃりと水面を打つ、小気味よい魚の尾のようだった。
その一打ちに、レオは一瞬で人間に引き戻された。
「あ……」
レオがぐっと胸を押さえる。レオの冷たい心臓が、どくんどくんと波打っている。
危ない、ところだった――。
レオを逆上させ、仲間の一人や二人、喰い破らせるところまでをパーリアが意図していたとまでは思わないが、そうなってしまえば相手の思う壺である。
レオは呼吸を整え、カルミネのいる辺りに唇の動きだけで「ごめん」と詫びた。
「――邪魔が入ってしまったね」
苦笑交じりにそう言って、レオはゆっくりとパーリアに近づいていく。
パーリアは銃を構え直した。
「……脅しだと思うか」
「さあね」
撃つしかないだろう。だがレオの方でも、多少の危険を冒してでも、確かめずにはいられないことがある。
レオは立ち止まり、挑発的に首を傾げた。
「撃つ前に聞かせてほしいんだけど……そんな小っちゃな鉛の弾が、どうして僕に通用するって思ったの?」
広間に再び、不穏なざわめきが巻き起こった。
その只中に悠然と立ち、レオは涼しい顔でパーリアの答えを待っている。
さあ、答えておくれ、ニコロ・パーリア。何故あなたは確信している? そんな小っちゃな鉛の弾が、人ならぬこの身を滅ぼすと。
パーリアは忌々しげに顔を歪め、ほとんど吼えるように言った。
「不死の振りは止せ。お前たちとて、撃たれれば死ぬ身であろう!」
「どうして知っているの?」
レオは幼子のように無邪気に訊ねた。
――背中に穴が開いてるのが見えた。




