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海のバビロン~淫蕩この上なき堕落の都と半魔の坊ちゃんが捧げる純情の行方~  作者: 初春餅
第6章:人とはなんと愚かな生き物か

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72.聖域での語らい2

「――とまあ、こんなところ……?」


 と、見えていないのをいいことに、だらしなく背もたれに背を預けているレオが肩をすくめた。


「指輪の方では、悪さをした自覚もないと思うよ」


「何とまあ……」


 マリーノが言葉もなく黙り込む一方、反対側では可愛い助手がバウタと同じ顔色になっていた。心情的に女性寄りであるカルミネには衝撃が大きかったのだろう。


 レオは助手の小さな肩を抱き、落ち着かせるようにぽんぽんと叩いた。


 うん……。


 いつもは割と冷ややかな距離感のあるカルミネが、今日は大人しく身を委ねている。


 レオはカルミネの肩を抱いたまま、マリーノの方に顔を向けた。


「獣姦ってさぁ……」


 カルミネがすっとレオから離れる。


「そんなにいいの?」


「試してみれば? 市内にいくつか店があるぞ」


「えっ。認可してるの?」


 さすがヴェネツィア。この世のあらゆる快楽を知る、淫蕩の都の名に恥じない。


 マリーノは咎めるように眉をひそめた。


「おいレオ、滅多なことを言うなよ……。認可なんてできる訳ないだろ。そりゃ衛生管理はするし、バチカンの手入れの情報も流すけど、見つかった時は自己責任だ。共和国は一切関知しない」


 もう本当に、国家元首というより色街の元締めのようなマリーノである。


「で、お前はどっちに興味があるんだ? 入れる方? 入れられる方?」


「興味っていうか、何がそんなにいいもんなのかと……」


「お二人ともいい加減にしてください。礼拝堂でする話じゃないでしょう」


 怒りを抑えたカルミネの声に、罪深き男たちはうなだれて口を噤んだ。


「ん……? お前、見えてるぞ」


 と、マリーノがレオの頬をふにっとつまむ。


「あれ、おかしいな。気分の悪さは紛れてるんだけど」


 頬をつままれたまま、レオが首を傾げた。マリーノとカルミネの二人には、聖域内では体に変調をきたすことと、カルミネがいれば大分紛れることを伝えている。


「体の方が限界なのかもな。まあ、神の家など長居するものではない。私も早々に退散することにしよう」


 悪魔のような台詞を吐いて、敬虔なキリスト教徒で通っている男が立ち上がった。


「旦那、お送りします」


「駄目だ。お前のような子が夜の外出なんて」


 再び気配を消したレオが、これだけは絶対に譲らないという口調できっぱりと断る。


「では、せめて門まで」


「そうしろ、レオ。修道院の敷地内なら問題はない。お前もその方がいいだろう」


「うん……」


 聖域内なら、確かにカルミネがいてくれた方がありがたい。


「じゃあ、行く?」


「はい」


 カルミネが嬉しそうにするので、レオは面映ゆくなって目を伏せた。


 どっちにしろ気配は消しているのだが、この子には見えているような気がしてならない。


 カルミネ本人に今更問いただすつもりはないが、ここまでくると、レオにもカルミネの正体は見当がついていた。


 レオを聖域から守ってくれるのは、ジェルソミーナとカルミネの二人だけ。レオの運命たるジェルソミーナなら、そういうこともあるんだなぁと感激するばかりだが、ではカルミネは?


 ――何故も何も、あの子はアンドレア様の隠し子だろう!


 ――違う。


 僕としたことが。


 マリーノはあの時、カルミネの正体を白状したようなものだったのに。


 カルミネはアンドレア様()隠し子ではない。では、誰の?


 その問いこそが答えであった。


 口にするのも憚られるが、アンドレア様の奥様、ヴァレンティーナ様の、だ――。


 はぁ……とレオは物憂いため息を吐いた。意図せず知ってしまった秘密が重過ぎて。


 隠れていない部分から推測するに、カルミネは父親似のジェルソミーナと恐らく顔立ちも瓜二つ。これはすなわち、ヴァレンティーナ様のお相手が、アンドレア様のご兄弟の誰かということを意味する。


 成程、カルミネの存在は、徹底的に秘匿されなければならなかっただろう。


 今思えば、マリーノは随分と切ない顔で言ったのだ。


 これ以上は訊いてくれるな、と――。


「レオ、当面の間、お前にしてもらうことはない。お前はせいぜい、危機感のないぼんくら坊ちゃんになって、適当にぷらぷらしておけ。万一こちらが負けたとて、御しやすい馬鹿だと思われておいた方がお前は生き残れる」


「分かったよ……」


 魔獣とぼんくら坊ちゃん、どちらに転んでもレオの名誉など地に落ちたものだが、どうやらレオの為に言ってくれているらしいので、渋々ながらもレオは頷いた。


 カルミネがギィと扉を開き、その瞬間から、マリーノはヴェネツィア総督の顔になった。


「待たせたな」と扉の前で控えていた補佐官たちに告げ、慈愛に満ちた父のような笑みをカルミネに向ける。


「お前が話し相手になってくれたお陰で、信仰への理解がより深まった」


 よく言う、とレオは呆れた。


 不適切極まりない会話を咎められただけだろう。きっかけは僕の獣姦発言だが。


「畏れ多いことです」と、卒なく返すカルミネに、


「もし良ければ、休む前に門の辺りを見回っておいてくれないか。我が娘たちの為に」


「喜んで」


 カルミネは楚々と頭を下げ、言い付け通り門に向かって歩き出す。


 その後ろ姿を見送りながら、マリーノに随伴してきた補佐官が、はてと首を捻った。


「あの使い走り(ファットリーノ)が閣下のお話し相手を? いつの間に入り込んだんでしょうか」


 ああ、とマリーノは優しく目を細めた。


「私が来た時にはもう、彼は中にいたようだ。屈んで一心に祈っていたせいで、入り口からはまったく見えなかったが」


「それはそれは、信仰心の篤いこと。子供ながら感心ですな。彼とは一体、どのような話をなさったのです?」


「そうだな……。祈りの場での正しい在り方について、思うところを聞かせてもらった。子供らしいまっすぐな指摘に、心が洗われるようだった」


「成程。無学であるが故に、かえって物事の本質を突くのかもしれませんな」

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― 新着の感想 ―
72話。今までの話で推測を重ねていましたが、最初の事件はそうだったのか、と驚きました。わかりませんでしたが、なるほど~、とすっきり! そして、事件じゃない所で、レオくんの推測が微妙にズレてて……いやそ…
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