63.夢と踊るワルツ3
――では、お前は僕の助手だ。
「あなたが、そう言ったんだ!」
「ごめん……」
カルミネは拗ねたようにふいとレオから顔を背けた。
「もう駄目かと思いましたよ……。旦那はご令嬢たちを侍らせて、近づく隙もありませんでしたし」
「見てたんなら助けてくれりゃよかったのに」
「助けてほしいようには見えませんでしたね。女の子に囲まれて、嬉しそうにデレデレしちゃって」
「してない」
レオは緩みそうになる口元を引き締め、必死で真顔を保った。その恰好でそんなことを言ってくれちゃっても、可愛い女の子に妬かれているようにしか見えない。
「理由はさっぱり分からないけど、女の子の方から寄ってくるんだよ。嫌な言い方になってたらごめんね?」
カルミネは「ああ、それは」と説明してくれた。
「驚くようなことじゃありませんよ。クッキアイオの嫡男といえば、女性たちの間では、昔から理想の結婚相手と言われているんです。ただひとりの女性を愛し、誠実で、大切にする家系だと」
「へえー」
そんな風に思われていたのか。
クッキアイオの男でなくとも、運命のひとに出会ったら皆そうなるものだろうに。
「だから、ヴェネツィア娘はみんな、一度は夢見るのです。クッキアイオの美しい若君、私はあなたのただ一人の女性になりたい――と」
そう言って、カルミネが儚く笑う。
僕もその一人です――なんて、言わんばかりの切ない顔を、今日は女の子のカルミネがしているものだから。
レオはカルミネの手を取り、優しく唇を押し当てた。
「僕が好きなのはお前だけだよ」
「この女たらし!」
カルミネが警戒心も露わにさっと手を引き抜いた。
「えええー……」
気分屋のカルミナ嬢ときたら、レオは彼女のおふざけに付き合ってやったのに、彼女はレオのおふざけには付き合ってくれないようだ。
「それより旦那――」
カルミネはレオに顔を寄せ、低い声で囁いた。
「のっぴきならない事態ですぜ」
「止めてよ、そんな喋り方……」
せっかくの可愛い恰好が。
こいつは失礼、とカルミネは口先だけで詫び、
「ヴィルジリオ・トゥリパーノが見つかったそうです」
「何だって」
それは良い兆候ではないか。どの辺りがのっぴきならないというのだろうか。
「どこにいたの?」
「リド島」
「リド……」
何でまたそんなところに、というのが率直な感想だった。
リド島はヴェネツィア本島の南東に浮かぶ、長く美しい砂浜を持った避暑地である。夏の間は大賑わいだが、シーズンではない今の時期は閑散としている。
「普段のトゥリパーノなら、絶対に行かない場所に潜伏していた、ということ?」
「それがちょっと違うようなんです」
カルミネはぱっと扇を広げ、レオの肩にもたれかかるように身を寄せた。女の子の恰好でこういうことをされたらドキドキする。
「この島の数少ない住人の一人に、俗世を避けてひっそりと暮らす、人嫌いのドイツ貴族がいるんですが……」
ある日、この貴族の使用人の娘が、砂浜に打ち上げられた、金髪の美しい青年を見つけたのだという。
「ある日、というのは勿論、ミディーカ宮の惨劇があった翌日です」というカルミネの補足は言わずもがな。
高貴な顔立ちや、身に着けていた上質な衣類などから、ドイツ貴族は彼を上流階級の子息と判断し、貴族の習いとして館で保護する。
使用人の娘の献身的な看病により、青年は意識を取り戻したのだが、痛ましいことに彼は記憶を失っていた――。
「聞いて驚け、その青年こそが……」
「何だよ。そのおとぎ話みたいな展開は」
ドイツ貴族はヴェネツィア社交界での交流もなく、本島の醜聞も耳に入ることはなかったから、魔獣事件のことも、ひいてはトゥリパーノのことも一切知らなかった。
彼が保護していた青年はある朝、ヴェネツィア本島の方をぼんやり眺めていた時に突然記憶を取り戻し、自分の名を名乗ったという。
「旦那がご実家に戻って数日後のことです。本島から何らかの合図があったんでしょう」
カルミネが悔しげに続けた。
「彼が夜中にひっそりと島を抜け出すどころか、誰かと連絡を取った形跡もないことはドイツ貴族と使用人の娘が証言しています。トゥリパーノはずっと、起き上がれる状態ですらなかったと」
「しがらみのない第三者の証言か。アリバイとして完璧だね」
「ええ。サン・ポーロで娘たちが襲われている時に、トゥリパーノが遠く離れたリドにいたとなれば、彼は魔獣ではないことになる」
しかも……と、カルミネが扇の陰で悩ましいため息を吐いた。
「旦那のやらかしに気づいたクッキアイオ家が、旦那を連れ戻して謹慎させているという噂もタイミングよく広まっています」
「やられちゃったな」
「やられちゃったな、じゃないですよ」
カルミナ嬢はますます拗ねたように扇で顔を隠した。




